千台宗悟(センダイソウゴ) 男 35歳
千台宗悟 男 35歳
裏千家家元である千台家の次男
茶道教室を開いていた義姉の代わりを務めることになり彼女と出会う
①月曜日
本日より講師を務めます、千台宗悟と申します。
今までの講師は私の義姉にあたりますね。産前休業のため暇を賜りますので、その間私が代わりに参りました。
皆さんの日頃熱心に学ばれている姿はよく耳にしております。あまり気を張らず、今まで通り稽古に励んでいただき、わからないことがありましたら私のもとへいらっしゃってください。
現時点で質問のある方は?……はい、どうぞ。……なるほど、私の侶伴の有無が、貴女の稽古にどのようにして影響するのか定かではありませんが、質問の「質」を明確にしていなかった自身の錆でしょうね。私にそのように呼べる者はおりません。
まず、本来であれば畳縁を踏む時点で貴女にこの茶室に入る資格はないと言えますが、……まあいいでしょう。私としても義姉の可愛い教え子を初日に減らすわけにはいきませんから。
ああ……失礼。それでは初めに本日のお花をお伝えしようと思いますが……因みにあの花が何か、ご存知の方はいますか?はい、どうぞ。……ええ、そうですね、花みずきを中心に春のお花を生けています。茶道は華道の知識も多少は必要になりますので、皆さんも少しずつ覚えるようにしてください。さ、他になければ早速始めましょうか。
②火曜日
(電話)義姉さん、一体どういうことです。一般に向けた習い事とはいえひどすぎます。
何度か稽古を重ねていますがあまりにも基本がなっていない。襖の開閉の方法も知らないんですよ?礼に種類があることはどこまで説明したんです?
はあ……(ため息)、僕としてはとても信じ難い状況ですが……わかりました。義姉さんが戻られるまで、という約束を承諾したのは僕です。どうにかやってみます。
(電話を切る)……ふう…、あ、……どうされましたか?……ああ、袱紗の忘れ物ですか?ええ、ありましたよ、少し待っていてください。
これで間違いありませんか?……良かった、気をつけてくださいね。はい、それでは……
……待って。もしかして聞こえましたか。……そのさっきの。ああいえ、良いんですよ。入り口から聞こえる場所で話していたのは私ですから。
貴女、確か初日に花みずきを答えた方ですよね?……もちろん。他の方々と比べても動作が綺麗ですし、お点前の覚えも早い。聞かれてしまったので正直にお話しますが、ただの習い事ですので和菓子や抹茶をいただけるという理由で参加される方も多いんですよ。その中で真面目に取り組む姿は私の目によく映ります。貴女はよく勉強されていますね、そのまま精進なさってください。
あと、これを。……今日の和菓子の余りです。今日のことはご内密にお願いします……ね?
③水曜日
さて、皆さんには今までお箱を練習していただきましたが、本日より私が習得されたと判断した方には炉を使ったお点前を学んでいただきます。
お箱とはまた違った作法になりますので最初の方は私が直々お教えしますね。対象の方にはお声掛けしますのでそれまでは今まで通りのお稽古を続けるように。
では早速、……貴女、こちらに座っていただけますか?
ありがとうございます、まずは……、え?……そうですよ、貴女はもうとっくに習得されていますし、むしろ私が教えてもよいと思える人は貴女しかいないんですよ。
(小声)ご存知のとおり、俺は厳しいのでね。……さ、いいですか?
いつも行っているように棗と茶杓を清めて……そう。そうしたら……ちょっと失礼。(ヒロインの背中側に近づいて座る)
私が動かしますから、貴女は軽く持ってください。……手に触れますよ。
では柄杓を畳と平行に横にして、節の元を押さえた左手に右手をすすめて……、ふ…(少し笑う)
……ああ、すみません。手が少し濡れているので上手く進まないなと。……もしかして緊張されてるんですか?(小声)へえ……可愛いところもあるんだな。……このまま続けますから、今のうちに慣れておくように。
④木曜日
急に呼び出してしまってすみません。折り入って貴女にご相談があるんですよ。
1ヶ月後に茶会があるんです。全国の茶人やそのお弟子さんが参加するもので、うちのようなところからも一人選出をするんです。
…ええ、そのまさかですよ、貴女にお願いできないかと思いまして。大勢の前でお茶を点てる機会なんて滅多にありませんから。私と貴女とで2時間ほど移動しますが、着物は現地で着付けることも出来ますし、ラフな格好で来ていただければ結構です。ああ、日帰りですからそこは安心してくださいね。
……何を萎縮することがあるんです?この私が貴女がいいと言っているんですよ?私はこの家柄何人もの人を指導してきましたが、貴女の佇まいや作法は特別に惹きつける美しさがある。当然この一ヶ月は私が貴女の稽古に付き合います。私にすべてを委ねてくれればなにも心配はいりませんよ。
……(ため息)まったく強情な人だな。てっきり俺に気があるのかと思っていたから、2人きりのデートと聞けば喜んでついてくるとおもったんだが……、ふっ(笑う)その顔、あながち間違ってるわけでもないのか。まあ、そういうのも嫌いではないよ。君に出たいと言わせればいいだけの話だろ?覚悟……しておいてくださいね。
⑤金曜日
おはよう、待たせて悪かったね。荷物は後ろに乗せて。……え?…君は前に決まっているだろ?早く乗って。
……なに?俺の顔が何か?……ああ、私服が珍しいのか。いつも着物を着ているときにしか会ってないしね。2時間も2人きりなんだしあんまり気を使わないでくれよ、……それにもうそんな仲でもないだろう?……はは、冗談だよ。ただ俺も不思議には思っていたんだ、君とは歳もだいぶ離れているように見えるし、やりにくさを感じてもおかしくないんだけど。……つい素を出してしまうんだよな、なんていうか、いじめたくなるっていうか、ね。
それ、そのすぐ赤くなったり手汗滲んだりするところがわかりやすくて可愛いよ。
はあ?……誑しって俺のことか?言うねえ、ま、誑し込んだとすれば君にだけ、だと思うけど。俺に対してそんなこと言えるやつもなかなか居ないから新鮮っちゃ新鮮だな。
なんでって?初日の俺を忘れたのか?……残念なことに俺顔だけはいいから。あとはなんだろうな、着物マジックっていうの?……いい男に見えんだろうけど、口を開けばああだからな。誰も怖がって近寄ってこねーのよ。で、それが侶伴の有無にも影響してるってわけだな。
君はほら、隠す暇もなく最初に聞かれちゃったのが大きいんだろうな。あとは君自身の魅力か……、なんてな。まだかかるから寝とけ。茶会中に居眠りしたらどうなるか分かってるだろ?
⑥土曜日
お疲れ様。……疲れたか?……そうか、当たり前だ、今回の茶会は俺が参加した中でもだいぶ規模が大きかった。人数も桁違いだったし、俺でも多少気を張ったかもな。
テレビも来てたらしいぞ?あとから聞いた話だけどな。まさかそこまでとは思わなかったから、ちょっと無理させちまったかもな。悪い。もうしばらくここに座ってろ。何か飲み物買ってきてやる。
どうだったか?君がってことか?……俺が指導したんだぞ?良いに決まってるだろう。……っていうのは半分で、も半分は君自身の力だな。俺の知らないところでも稽古してたんだろう?……お見通しなんだよ、稽古ってのは裏切らない。重ねれば重ねるほど上達するからな。
贔屓なしで、君のお手前が一番綺麗だった。驚いたよ。
そうか、来てよかったと思ってもらえたなら俺も嬉しいよ。やっぱり君を選んで良かった。
それから……義姉さんにも感謝しないとな。ああ、もちろん、講師をさせてもらえたことで君と会えたし、それもそうなんだが……実は延ばしてもらってたんだよ、期間。
もう復帰できる状態だったんだが、君をここにつれてくるために無理を言ってね。
……ああ、そうだな。……結果は大成功に終わったし、俺も後悔なくこの仕事を終えられるよ。
⑦日曜日
ということで、私の指導は本日をもって終了となります。
短い期間ではありましたが、家元として、そして講師の立場として幸甚の至りです。ありがとうございました。次回からは前の講師に戻りますが、皆さんが引き続き茶道に触れ楽しんでいただけることを心より願っています。
……最後まで残ってどうされましたか?今日は特に忘れ物等はありませんが。早く帰らなくては暗くなってしまいますよ、気をつけて……
……っ、な、んで泣いてるんだ、……ちょっと待て…!くそ、指で拭ってもきりがないな…どうしたんだよ。…ん……?なに……?違う、俺は君を突き放したわけじゃ……いや、そんなつもりはなかったんだが…、そう捉えられてもおかしくないか。すまない。
そうだな、最初から君みたいにわかりやすく、素直に言えばよかったか。
茶道の講師としてしか君と会っていなかったから、最後までそうであるべきだと思ったんだ。でもこの場所が、…立場がなくなれば、会う理由がなくなってしまう。それが……俺は惜しい。……このまま君と離れるのが……嫌なんだ。……だから、……(少し笑う)この手が濡れてる理由は涙?それともまたいつもの緊張?……どっちにしろ本当にわかりやすくて可愛いよ、君は。