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闇児誕生 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 お、つぶらやくん。資料の準備、進んでいるかい? 少子高齢化社会についてのディベート、いよいよ明日だからね。もうだいたいはまとまっているんだろ?

 僕も人口を調べていくうちに出生数が気になってさ、ここ数十年のものを調べてみたんだよ。そしたらこの数十年で200万人から100万人弱にまで減っているという話じゃんか。こりゃあ近い将来、100万人を割るね。間違いなく。

 そもそも人間って、ひとりじゃ子供作れないしなあ。相手がいて、ようやく条件がそろう。そうなると一組あたり2人以上子供を産まない限り、人口は減っていくばかりだ。ベビーブームの時なんかは、4人以上産んでいるケースもあったんだけど、それが今では1.5辺りまで落ち込んでしまっている。

 税の負担とか、人材の育成とか……語弊がある言い方けど、人口の分母が少ないんじゃ有能な分子の数ははじき出せないんじゃないかと、僕は思うんだよね。

 子供は宝だと、昔から言われ続けてきた。その数を少なくしている現代は、世界の外から見ると掘り尽くした金山のようなものかもしれない。だから侵略者も「価値なし」と見て、現実世界にあまり姿を現わさないのかなあ……なんて、考えちゃったり。

 その宝の価値を考えさせる話を、最近、仕入れたんだよ。もう準備ができているようなら、聞いてみないかい?

 

 むかしむかし。まだ日本がひとつにまとまっていなかった時のこと。

 とある領地のお殿様は数十年に渡って政務を執り行うかたわら、四人の妻たちに10人以上の子供を産ませていた。上の子らの中には、すでに城を任されている者もいて、兄弟の中も良好だったとか。

 そしてまた、ひとり。側室のひとりが臨月を迎えようとしていた。すでに二人の子供を産んでいた彼女。そのいずれの場合でも、腹部の膨らみはさほど目立たなかったが、今回は腹を突き破らんとばかりに、極端に服を盛り上げるほどだったとか。

 加えて、季節は夏。暑く太陽が照らす時期だったが、今年の日差しは異常なまでの強さで、領内に降り注いでいた。連日、倒れる者が増えていき、その肌は燃えるように真っ赤だったとか。

 母体に悪い影響を与えてはならないと、彼女が住まう館に様々な「涼み」の道具が用意される。一方のお殿様は、この異様な陽気が何を現わしているのか、見識者達に話を伺うと共に、自分でも調べ物を始めたとか。

 

 結果、代々の領主が使っている書斎の奥深くから、ここ200あまりの間で数回、同じように殺人的な日差しが降り注いだという記録が見つかったんだ。つい最近のものは先々代のお殿様が経験した60年前の記録。今のお殿様が生まれる前の話。

 やはりそこでも多くの被害が生まれて、過去に手がかりを求めた姿が残っている。更に調べていった結果、お殿様はとある易が示した内容に目がとまった。


「この日差し、一族の血より生まれる『闇児やみご』を灼かんと、力を増して照りつけるものなり。退けんと欲するならば、何としても『闇児』を産ませて育てるべし。その闇を持って光を抑えなくば、大いなる厄災を招くものなり」


 その言葉に続いて、闇児というものをいかに育てたかが綿々とつづられており、お殿様は夢中でその記述を読みふけったとか。


 後日。易者たちを自らの屋敷に呼び寄せて、この事態を占うように依頼したんだ。

 例の闇児の話は、誰にも明かしていない。このまっさらな状態から占い、ほぼ同じ内容が出たのであれば、今回もまた以前にあったことの再来。しかるべき行動を取らねばいけない。

 数日にも及ぶ祈祷の後に、もたらされた内容。それは「闇児」という具体的な言葉こそ出てこなかったものの、書斎で見つけたあの記録を、ほぼなぞるものだったらしい。お殿様は心を決めた。人払いを行い、我が子を身ごもっている側室と少数の関係者のみを呼び寄せて、あの記録について話をする。

 全員、沈痛な面持ちを隠せない。特に側室はぐっと口を結び、目を閉じて自分の膨らんだお腹をなでていた。だが、この沈黙の間を破ったのは、他ならぬ側室自身だった。


「――謹んでお受けいたします。それがこの子と、民を救うことにつながるのでしたら」


「済まんな。そなたの命を預かるぞ」


 短くも互いに気のこもった言葉のやりとり。お殿様が高く手を打つと、遠ざけられていた小姓が走り寄ってきて、部屋の戸を開けた。


「これより、『闇児』をこの地に産まれせしめん。至急、用意に取りかかるよう、皆へ伝えよ」


 古来、出産とは穢れが移るものとされ、普段の生活の場から離れたところで行うことは珍しくなかった。お殿様の場合も、皆が住まう屋敷から隔離された別の棟で行うことにしている。

 ただし、今回は場所が違う。側室は大きなお腹を抱えたまま地下牢へと通される。空洞に手を入れて作ったといわれるこの牢屋の床や壁には、ごつごつとした石が並んでいた。

 明かりはひとつもついていない。お殿様からの指示だ。闇児は文字通り、闇の落とし子。わずかにでも光が当たれば、たちまちのうちにその力を失ってしまうものらしい。

 付き添う者に手を引かれながら、一番近い牢の中へ導かれる側室。そこにはござと用を足す時に使う樋箱の他、部屋の中ほどを貫く石の柱がある。

 いよいよお産という段になったら、この柱に捕まって「いきみ」、この場で産み落とす必要があった。その段になって待機する女たちが、闇児を取り上げるんだ。そして闇児は光を知らないままに、育ち続けなくてはいけない運命を背負う。

 光の当たらぬ生活。それは母となる側室にとっても辛いものだった。一日、一日と時間が過ぎていくうち、覚えていた空腹感がなくなり、手足の感触も鈍ってくる。まなこを潰されているのと変わらない状態故の異常か、それともこれから産まれ出んとしている子が、光に当たりたいと願う訴えかけか。いずれにしても、あの場で決心してより、逃げることは許されなかった。

 一方の地上では、日差しがますますその勢いを増していたそうだ。建物の屋根から火が出たり、外側の柱に焦げた穴が開いて、家が大きく傾いたりと、異様な状態が続く。人ならば、たちどころに黒焦げになってもおかしくないはずの熱。なのに人間は倒れるのみで住んでいる辺り、等しく地上を照らすべき太陽の姿とも思えない。

 普請に動く者たちは、汗をだらだらと垂らしながら各々の仕事を進めていく。そして日が沈むと昼間の疲れから、泥のように熟睡。そんな日々が続いていった。


 地下牢から産声が上がったのは、半月後のこと。これもまたその瞬間を知るのは女達のみで、男達は牢から出てきた女達の報告によって知ることになる。

 闇の中で母達に抱かれる赤子。その顔を陽の下で見ることは許されず、手探りで授乳を初めとする、あらゆる世話を焼いた。熟練の経産婦たちにとっても初めてのことで、暗闇の中、赤子はその身体を多くの手にまさぐられることになる。

 そして、彼女らの感覚に間違いがなければ、赤子は恐ろしい早さで身体を大きくしていたらしい。生後10日を迎える時には、すでに女三人がかりでも抱えきれない大きさとなり、重さも成人した男並みにあったという。いずれも、「闇児」が順調に育っている兆しとのことだ。


 そして子供が産まれてひとつきが経つ。すでに多くの男手を借りなくては運べない大きさでありながら、言葉もまともに口にできない闇児。その身体は横倒しにされ、上から大きくて厚い風呂敷を被せられ、ついに地下から出ることとなる。

 すでに領地の中でも2割を超える建物が崩れ、住まう人々も半数近くが日中に倒れる経験をしていた。更にはこの一ヶ月あまりの間、雨が全く降らなかったため作物たちも完全にしなびている。

 すでにお殿様は屋敷からやや離れた広場に、四方をしめ縄で囲った結界を作っている。予め聞いていた大きさに基づき作成したため、皆が運んだ闇児は余すことなく、結界の中へと入ることができた。

 赤子の泣き声は、牢を出たばかりの時に比べれば、いくぶんか弱々しくなっており、目立った動きも見せない。その間に香が焚かれ、呼ばれていた僧によって、短い経があげられる。四半刻(約30分)にも及ばない時間だったが、数人が体調を崩し、木陰へと避難せざるを得なかった。お殿様を初めとする他の立会人たちも、自然と汗が噴き出して服の袖を冷たく濡らす。しかし、その湿った跡さえもあまりの暑さに、ほんのわずかな間しか、服の表に姿をとどめなかったという。


 読経が終わる。すでに闇児の動きは止まっており、声もしない。指示を受けた者たちがふろしきを取り払ったところ、そこにいたのは巨大な赤子ではなかった。すっかり焼けた木片が残すような炭の塊らしきものが、うずくまっていたんだ。

「おぎゃあ」と塊から幼い声がすると、何かに引っ張られているかのように、中心の一部のみがらせんを描きつつ、空へ舞い上がっていく。みるみるうちに太陽を覆い、空の全体を覆い、その動きに伴って闇児の身体は小さくなった。あたりが完全に闇に閉ざされる時、もはやその姿は視認することはできなかったという。

 目を閉じているかのような景色は、しばらくののち、ふっと消え去った。鋭い者は、闇が舞い上がっていく様を、何倍も早く逆流させ、今度は形作らずに地面へ吸い込まれていったのを見たらしい。

 太陽は相変わらず照っていたが、先までの驚異的な暑さはすっかり損なわれていた。儀式の片付けが済んだ翌日には待望の雨に恵まれて、普請こそ遅れてしまうが、人々は飢えていた喉と心を、存分に潤したという。

 かの闇児は一族とは別に墓が設けられ、運んだ際に扱った手ぬぐいがその下に埋められたらしい。お殿様の一族は紆余曲折があったものの、現代に至るまで血をつないでいるとか。


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