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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

彼女は人を超越した美しさを持つ

作者:

 はあ、どうしよっかな。

 テレビに映る、顔の隠れた友人の姿を見つめて、俺はため息を吐く。

 何人もの女性を殺害し、その遺体を無残にバラバラにしたその友人は、俺にある人を預けて警察に逮捕された。

 俺の知っている犯罪者になったやつは石川といって、クラスの中心的人物。

 誰にでも優しく、殺人なんてするわけがないような人だった。

 でもしたんだろうな、と確信をもって言える。

 毛布を被せた石川から預かった人の姿を思い出して、顔を顰めた。

 俺と石川は特別に親しかったわけではない。

 たまに話したり、一度だけ石川と他のやつらと一緒に俺の家で遊んだ程度だ。

 だから彼女を持って来られた時はビビったし、なによりなんで俺なんだろうと真っ先に思った。

 ゆっくりと深呼吸してから毛布をそっとどかして彼女をみる。

 ふわっと香る柑橘系の香水。

 その中に混じる不快な臭いを意識しないようにしながら彼女を見つめた。


 そこにはとても美しい裸の女性が体育座りをしていた。

 腰まで伸びる真っ直ぐな黒髪に、病的なまでの白い肌。

 長い睫毛のついた瞼をそっと持ち上げれば、宝石みたいなブルーの瞳を見ることが出来る。

 小さな唇は薄い紫色ではあるけれど、人間を超越したような美しい顔をしている。

 着物が良く似合いそうななで肩に、少し不釣り合いに思える大きな胸。

 胸の頂上部はピンク色で可愛らしく、お尻は大きめでくびれもしっかりあって、まさに理想の女性の体型だろう。

 太ももはむっちりとしていて、でも足首は細くすぐに折れてしまいそうで触ることが怖い。

 それは腕にも言えることで、でも手を握ってしまいたくなる衝動に駆られる。

 美しい。

 その言葉は彼女のために作られたのではと思ってしまうほど美しい。

 でもそれは異常だ。

 こんなものがあるなんて知らないでいたかったとさえ思える嫌悪感。

 それを感じさせるのは、彼女の異常さ故だ。

 彼女の体には、至る所につなぎ目がある。

 手術の痕とかそういうのではなく、ぬいぐるみのようなつなぎ目だ。

 所々から見えるはずのない赤黒さが、糸の隙間からちらちら見えている。

 捕まる前の友人から聞いた。

 彼が殺した女性たちを繋ぎ合わせて作ったのが、この美しい彼女だと。

 恐ろしいことだと思う。

 人を殺すとか、バラバラにして繋ぎ合わせるとか、それも怖い。

 でも、死体を繋ぎ合わせたものが今俺の部屋にあることが、何よりも恐ろしいんだ。

 死体の臭いは香水で誤魔化しているけれど、それだっていつまで持つだろうか。

 それにこんなものを持っていたら、それだけで捕まってしまうと思う。

 今すぐに警察に持っていき、これを石川から預かったんだと言いたいところだけど、それはしたくない。

 というより出来ない。

 警察に持っていって、万が一にでも美しい彼女がマスコミによって記事にされたら。

 そしてそれが石川に知られでもしたら、あいつは俺を殺しに来る。

 例え刑務所からでも俺を殺しに来ると断言できる。

 だって石川がこの美しい彼女について話しているとき、悪魔のような不気味な愛と毒のような狂った思考を見せられたんだ。

 そして言われた。

 彼女の美しさを全力で守れと。

 警察に彼女を渡したら、この美しさを壊すことになるだろう。

 だから警察には隠さなければならない。

 警察に隠してそれからどうする?

 ずっとここに置いておくのか?

 これを作った彼が死ぬまでは、絶対に隠し通さないと俺が殺されてしまうけれど、この部屋にはたまに俺の家族や友人たちがやってくる。

 隠し通すなんて出来るか?

 でもやるしかないんだろう。

 出来るだけこの部屋に人を入れない。

 どうしようもなく部屋に入れるときは、そのときの俺に任せる。

 ちゃんと考えるべきなんだろうけど、昨日の今日で結構混乱しているんだ。

 彼女を初めて見たのも、昨日の夜十一時過ぎ。

 それから石川の説明を聞いたし、異様な死体を見て寝ることが出来なかったから、頭が回らない。

 今日から死体がある部屋で過ごさなければならないんだよな。

 喉の奥まで酸っぱいものがのぼってくる。

 美しい彼女を見ないように、また毛布をかけて隠した。

 今週は家族は旅行に行っていて偶然いなかったから良かったけど、帰ってきたら絶対バレるよな。

 死体の臭いは豚の肉でも腐らせて誤魔化すか?

 それも一時しのぎになるだろうけど。

 学校から石川が殺人を犯したせいで休校だという連絡が来ているから、今日はとりあえず家で過ごそう。

 家にいない間に泥棒でも入って彼女を見られたりしないように。

 家を留守にするのが怖い。

 ちゃんと戸締りを確認したけど、怖い。

 誰も部屋に入らないように鍵もつけたい。

 でも何か隠してる感じで変か?

 学校の生徒に殺人鬼がいたから怖くて鍵をつけたって言えばいいか?

 鍵をつけるにしても買いに行くのがいやだ。

 その間に泥棒とか、予定より早く帰ってきた家族とかが家に入ったら?

 ……どうしようもないな。

 でも家族が帰って来る前に鍵はつけておきたい。

 母さんなら掃除をしに勝手に入ってきたりしそうだし。

 もう覚悟決めて鍵を買いに行こう。

 彼女はクローゼットのなかにでも隠そう。

 少なくとも、家族には隠せる。

 泥棒は入らないと思うしかない。

 今まで入られたことないし、大丈夫。

 ネットで鍵について調べてみる。

 補助鍵を買おう。

 内側からも外側からも鍵をかけられるようにすれば、安心だろうから。


 不安にかられながらホームセンターで運良く求めていた鍵を買って、急いで家に帰った。

 誰かが家にきた痕跡はない。

 推理小説でよくある玄関にテープをはるやつをやったから間違いない。

 よし。あとは鍵をつければ一先ず安心だ。



 鍵をつけた。

 あと心配なのは死体の保存方法か。

 美しさを守るためにはどうしたらいい?

 冷蔵庫とかに入れたほうが腐りにくいというのはわかるから、冷房でも入れとくか。

 エアコンを寒い温度でつけておく。

 これくらいかな。

 あとやれることは?

 殺されないためにやらなければならないことは?

 今のところ思いつかない。

 見つからないようになんとか頑張るくらいだろう。

 そうだ。なんかの肉を腐らせて死体の臭いを誤魔化さないと。

 忘れるところだった。

 キッチンの冷蔵庫から昨日買った豚肉を取り出して、袋の中に入れておく。

 袋の口は縛らず開けて、そのまま放置だ。

 もったいないけど殺されるよりマシ。

 でも豚の肉を腐らせたくらいで、誤魔化せるだろうか?

 豚じゃなく鳥や牛、羊とかのほうがいい?

 わからない。

 でも今のところ豚肉しかないから、これでいいか。



〜〜〜〜



 目が覚めたら朝だった。

 疲れたせいかよく眠れたな。

 死体があるのに毛布で隠れていれば、もう気にならなくなってきた。

 人間って意外と慣れるのが早いんだなあ、と軽く自嘲しながら、スマホを手にとって画面をつける。

 メールが届いていた。

 今日は学校があるという連絡だ。

 もっと休みがよかったなーと思うけど、行かないとダメだよな。

 行かなかったらそれはそれで怪しまれそうで怖いし。

 疑心暗鬼になってるのかな。

 大きくため息をついて、俺の悩みのタネの毛布の中をそっとのぞいて見た。

 ……虫が湧いてる。

 え? や、ヤバイ。ちっこい虫が飛びまわってる。

 彼女が美しくなくなってしまうじゃないか!

 慌てて殺虫剤を吹きかけた。

 数匹の虫が床に落ちる。まだまだ虫がいるけれども。

 っていうか殺虫剤も一応毒だよな。

 彼女が早く腐り始めるとかないよな?

 虫が死ぬほどだしあるのかもしれない。

 そう考えると体中の毛穴からどっと汗が流れ出てくる。

 どどど、どうしよう!

 そういうのはネットで調べるとして、とりあえずタオルで彼女を拭いておく。

 虫は学校の帰りに虫対策グッズを買うくらいしかないか。

 家にある虫除けのスプレーに吹きかけておくけど、効果あるか?

 でも今はこのくらいしか出来ることがない。

 あとは学校に行く前に何をすべきだろう?

 眠っているかのような彼女を見る。

 ……こんな人が恋人なら、どんなに良かっただろうか?

 美しい彼女の頬を撫でる。

 冷たい。それが少し残念だと思った。

 黒髪をそっと触ってみる。

 でも数本髪が抜けてしまって、慌てて触るのをやめる。

 危ない危ない。

 この女性の髪はもう生えてこないから大切にしないと。

 折れてしまいそうな細い腕を撫でる。

 冷たく美しい白い肌が素敵で……あれ?

 なんか昨日より肌が緑っぽい?

 気のせい、だろうか?

 思った以上に腐るのが早いのか?

 比較のためにスマホで彼女の写真を撮っておく。

 これで死体の様子の変わり方がわかるだろう。

 腐らせないようにエアコンの温度をさらに下げておく。

 家族が帰ってきたら怒られそうなほど、電気使ってるな。

 でも俺の命のためだ。

 ゴメン。母さん父さん。


 部屋のドアの昨日つけたばかりの鍵をかけて、学校に向かう。

 綺麗な彼女にかまけていたせいで、朝食は食べられないし、結構急がないと学校に間に合わないかもしれない。

 だからと言って彼女を腐らせたりしたら、逮捕されたあいつに殺されるから、これは仕方ないことなのだろうか。

 はああ、と深いため息を吐く。

 スマホの画面で時間を確認した。

 ……よし。走ろう。




 息を切らせながら自分のクラスの教室に駆け込んだ。

 なんとか間に合った。

 ぐったりしながら自分の席で机に突っ伏す。

 呼吸が整ったら、顔をあげて水分を補給した。

 ああ、疲れた。

 でもこれから彼女のことを全ての人から隠して過ごさなければならない。

 だ、大丈夫。

 いつも通りに過ごせばいい。

 それだけだ。


「おはよ成瀬」


「あ、おはよう大滝」


 声をかけてきたのは中学からの友人、大滝。

 この学校で一番仲がいい友人と言っていい人物だ。


「成瀬なんか臭うぞ? 風呂入ってないのか?」


「え?」


 一瞬思考が停止した。

 だって臭いの原因と言えば、彼女しかいない。

 慌てて答えを絞り出す。


「失礼な。風呂は入った。でも食べ物を腐らせたからその臭いが服に染み付いたのかも」


 誤魔化し方を用意しておいて良かった。

 まさかこんなに早く使うとは思ってなかったから、戸惑ってしまったけれど。


「腐らせたのかー。そりゃ最悪だな」


 俺はこくりと頷いてから俯く。

 やばい。

 クローゼットに彼女を入れたのが間違いだった。

 いや同じ部屋に置いてたなら、どうせ同じことになってたのか?

 石川はどうやって彼女を隠していたんだろう。

 預けていくなら、その辺も教えてくれれば良かったのに。


「なあ大滝。俺そんな臭うか?」


「んー。近くにくると臭うくらい?」


「そうか」


 あの部屋でばかり過ごしたせいで、鼻が可笑しくなっているのか?

 これはマズイな。

 部屋の臭いも結構やばいのかも。

 絶対に部屋に人なんて連れてこれない。

 香水じゃダメだ。

 消臭剤とか沢山必要だ。

 それでも臭いそうだな。

 腐らせないというのが一番か……。

 それはそれでキツイ。

 俺は医学とか全然詳しくないし、腐らせないようにとか凍らせるくらいしか思いつかない。

 でも人を凍らせることの出来る場所なんてない。

 彼女を預かってからいろいろ考えることが多すぎて、頭がパンクしそうだ。



 なんとか学校を乗り切り、食べ物と虫対策グッズを買って家に帰ってきた。

 真っ先に美しい彼女のもとに行く。

 鍵も閉まってるし貼ってあったテープも剥がれていないのを確認した。

 ドアを開けて中に入り、部屋の窓も確認。

 異常なし。

 彼女にかけてあった毛布をどかしてみる。

 やはり虫が湧いている。

 学校の休み時間、スマホで調べて殺虫剤は人体に影響がないらしいから、使っても大丈夫だと思うのでもう一度使っておこう。

 その他の殺虫剤、防虫剤、虫除けスプレーなどのいろいろなグッズも使ってみる。

 効果があるのかわからないけど、やらないよりマシなはず。

 虫の活動は結構落ち着いてるのが救いだろうか。

 寒いからあまり動かないのか?

 それとも殺虫剤などの効果がもう出始めた?

 まあどっちでもいい。

 あとは様子を見ないと。

 彼女の頬を撫でる。

 ……水分が抜けたのか、少し老けて見える気がする。

 それでも美しいのだけど、不安になってきた。

 まだ大丈夫だけど、もしこれを石川に見られでもしたら、恐ろしい。

 あいつが大人しく刑務所にいてくれればいいけど、彼女のために脱獄とかしかねないし……。

 いつ来ても大丈夫なように、殺されないように、頑張らなければ。



 その日の夜。

 俺はもう絶望していた。

 預かってから約二日。

 それなのに、彼女の腕に蛆虫が湧いているのを見つけてしまった。

 腕のつなぎ目からうにょうにょと動く白いものをピンセットで摘み、悪いと思いながらも潰していくけど、全く減る気配がない。

 ああ、もうダメかも。

 俺、殺される。

 死体とか蛆虫とか蝿とか臭いとかストレスとかで、吐き気がしてくる。

 なんとか我慢は出来てはいるけど、結構キツイな。

 まだ綺麗な彼女の顔に触れる。

 すると驚くことにつうっと一筋の涙が、彼女の目の端から流れ落ちた。


「……生きてる?」


 いや、そんなわけがない。

 自分の呟きを自分で否定した。

 だって相変わらず彼女の体は冷たいし、ピクリとも動かないし、蛆虫も湧いてるし、少しずつ腐ってきている。

 生きているはずがない。

 でもなんで彼女の涙で、こんなにも胸が締め付けられるのだろう。

 ダメだ。これは。

 涙は見なかったことにしないと。

 そうしないと、なんか、ヤバイ気がして。

 もう寝よう。そうしよう。

 彼女の涙をタオルでそっと拭ってから、俺は彼女に毛布を被せた。

 美しい彼女がボロボロになっていく。

 俺はいったい、どうしたらいい?

 どうすればいい?

 もう何も考えたくない。

 ぐったりとベッドに横たわる。

 彼女みたいに布団を頭まで被って俺は眠った。



〜〜〜〜



 いつもの一日が始まった。

 学校に行き、友人と話して、授業を受ける。

 普通の生活だ。

 でもどこかいつもとは違う。

 学校の休み時間を使って、美しい彼女が涙を流したことについて、死体について、腐敗について、虫について、美しさについて。いろんなことをスマホで調べてしまっている。

 彼女が流した涙。

 死体が涙を流すことは絶対にない、というわけではないらしい。

 腐敗が進むと涙のように液体が流れたりするそうだ。

 頭ではわかった。

 わかっているのに、彼女が涙を流した時のことが、頭の中から離れない。


 彼女は悲しんでいるんじゃないか?

 もしかして蛆虫に食べられているから痛いとか?

 食べられていくことが怖いのかも。

 それとも美しさが失われることが嫌なのかな。


 ありえない。

 ありえないことだと自分に言い聞かせているのに、あの涙を思い出してしまう。

 そのせいで次から次へと彼女のことを心配する気持ちが俺の心を埋め尽くした。

 寝ている間も何度も夢で見てしまったくらいだ。

 だからだろうか。

 彼女を守りたいと思い始めた俺がいる。

 殺されたくないから、守るのではなく。

 守りたいから、守る。

 似ているようで、全く違う二つの理由。

 おいおい、冗談だろう?

 自分の変化に自分で動揺した。

 だってだって、こんな簡単に気持ちが変わるわけないじゃないか。

 違う違うと、否定する。

 自分の心から目を背ける。

 認めたくない。


「成瀬くん。顔色悪いよ。大丈夫?」


 俺の隣の席に座る花園さんが、声をかけてくれる。

 俺は慌てて平然を装った。


「ああ、ちょっと寝不足なんだ」


「ちゃんと寝ないとダメだよ」


 会話しながら花園さんの腕をみる。

 白くて細くて美しい彼女に負けないくらい、綺麗な腕だ。

 いいなあ。

 そう思ってから、我にかえる。

 俺は今、何がいいんだと思ったんだろうか。

 普段、胸とか尻とか太ももとか、そういうところに目がいってしまって、慌てて見ないようにすることは多々あった。

 でも腕を見るのは、腕組みをして胸を強調するときか、握手するときくらいなものだ。

 俺の性癖的にそうなってしまう。

 でも俺は今、腕に惹きつけられている。

 それは何故だ。

 ふと、美しい彼女の蛆の湧く腕が脳裏を過った。

 あの腕と花園さんの腕を交換したら––、

 そこまで考えて口元に手を当てる。

 これは、ヤバイな。はははっ。

 なんてことを考えついたんだ。


 その日、俺は早退した。



〜〜〜〜



 自分が可笑しくなっていく様子が、自分でわかるなんて、なんて地獄だろう。

 普通は自分が変わっていくことなんて、気がつかないものだろうに。

 彼女を見つめながら思う。

 薄暗い部屋。彼女はまた、涙を流していた。

 やはりその顔は、悲しそうで、苦しそうで……。

 ああ、そんな顔をしないでくれ。

 涙を流す君もとても美しいけど、俺の気持ちも悲しくなってくるから。

 君は美しい。誰よりも美しい。

 でも少しずつ、君の美しさが消えていく。

 皮膚から謎の液が流れてしっとりとしたその腕に、そっと触れてみた。

 皮膚が脆くなっていたのか、ズルリと皮膚が滑り、剥がれる。

 そこにある黒っぽく変色した肉と白い蛆のコントラストが、とても気持ち悪かった。

 美しい君には相応しくない腕だ。

 だから、ゴメンね。

 ちょっと痛いかも知れないけど、我慢してね。

 軍手をした手で彼女の腕を食っている蛆を軽く払いのける。

 それから腕を繋ぐ糸をハサミでチョキチョキと切った。

 蛆も一緒に切ってしまうこともあったけど、もう罪悪感なんてない。

 腕を取り外した。

 傷口からべちょりと蛆虫が落ちる。

 ねばねばしたよくわからない液体も垂れ、臭いも酷いものだ。

 気持ち悪いものだけど、不思議と吐き気はしない。

 むしろ安堵感が心を満たしていた。

 いらない腕は袋に入れておく。

 これ、どこに捨てようかな。

 ……まあ、あとでいっか。


 まだ彼女を食べている蛆虫は一匹ずつピンセットで殺していく。

 死骸は腕と同じ袋に入れていき、彼女を綺麗にしていく。

 俺はもう迷うことはなかった。

 最初から俺は彼女の虜だった。

 その美しさに惚れていて、毎日彼女に触れていた。

 死体である彼女をすぐには受け入れられなかったけど、もう受け入れられていた。

 愛する人がどんな存在でも受け入れられる。

 そっと彼女の瞼を持ち上げてみた。

 目が乾燥してきて気持ち悪いことになっている。

 目玉も交換しないとな。

 彼女の目は青いから外国人の目玉かな。

 せっかくだから、俺の好みの姿になってもらおうかな。

 もっと美しくなってもらおう。

 そのほうがきっと彼女も喜ぶさ。

 想像するだけでどうしようもなく嬉しいのに、これはいけない感情だとわかる。

 死体に恋するとか、彼女のためなら何でもできそうとか、絶対やってはいけないこととかわかっているのに、もうこの感情が抑えられない。

 君には永遠の美しさと永遠の愛を捧げよう。



〜〜〜〜



 いつも通り、でもいつもよりもキラキラと輝く世界の中の学校にやってきた。

 彼女の体は少しずつ腐っていってしまう。

 どうすればいいか。

 そんなの簡単なことだった。



 隣の席の綺麗な腕の女子生徒の花園さんが、休み時間になって席を立った。

 どこに行くんだろう?

 トイレに行くふりをしてついて行く。

 人気のない階段の踊り場。

 そこでちょっとびっくりすることが起こった。


「好きですっ! 付き合ってください!」


 花園さんの声が聞こえる。

 花園さんは恋の告白をしていた。

 それも、同性である女子生徒に。


「ご、ごめんなさい。花園さんのことは友達としか見れないの」


「そ、そうだよね。ごめんね。三森さん」


 隠れながら三森という生徒を見る。

 彼女はとても綺麗な顔と花園さんよりも素敵な腕をもっていた。

 そうだ。

 花園さんをやめて三森さんにチェンジしよう。

 俺は三森さんのことは全く知らないし接点もないから、これからやることの発覚も少しは遅らせることが出来るかも。

 三森さんの顔を覚えて、教室に戻る。

 あとはどうやって三森さんと接触するかだ。

 でも三森さんだけじゃダメだよな。

 他にも女性が必要だ。


 俺は美しい彼女のために恥を捨てて、いいと思った女性をナンパしまくった。

 学校でも、帰り道でも、駅でも他のいろんな場所で。

 家族に連絡して帰ってくるのが予定通りの日とわかったので、その日までになんとかするんだ。



〜〜〜〜



 準備が完了した。

 必要な女性たちと同じ日にこの家で待ち合わせるという約束を取り付けられたんだ。

 なんて喜ばしいんだろう!

 彼女をそっと撫でる。

 腐敗が進み、変色し、酷い臭いをしている彼女は、それでも美しい。

 皮が破れ、蛆やゴキブリが這い回っているけどそれさえ気にならず、たまに踏み潰してしまう程度だ。

 俺はゴーグルとマスクをしながら彼女を眺める。

 目に染みるほど臭いがきついから仕方ない。

 おかげで学校に行くときは、朝早くに風呂に入らないといけなくなる。

 それでも臭いが落ちているのか怪しいけども。

 でもそんな生活も今日でおしまいだ。

 ナンパした女性たちが来るのが楽しみで仕方がない。

 ゴーグルとマスクを外して風呂に入って女性たちを待つ。

 ピンポーンと間抜けなチャイムの音が聞こえた。

 さっそく一人目だ!

 ウキウキしながらドアを開けて招きいれる。

 この人は駅でナンパした女性だったはず。

 とても美しい脚が魅力的で、何度も何度も声をかけたんだ。


「ねえ、なんか臭いませんか?」


 美しい脚の女性が聞いてくる。

 消臭剤を沢山おいてあるのにやっぱダメかー。

 リビングにいてキョロキョロしている女性の背後に立つ。

 そして思いっきり頭をバットでぶん殴った。

 何度も何度も頭を殴る。

 ぺちゃんこにする気で殴り続けた。

 いたるところに血肉が飛び散っているけど、もうどうでもいい。

 息をしていないことを確認してから、服を脱がして体を見ていく。

 胴体の部分は生きているときには見れなかったから、これから来る女性たちと比べてその中の一番素敵なものを使おうという作戦だ。

 この胴はダメだな。

 変なところにほくろがある。

 でもとりあえずはとっておこう。

 先に脚を包丁で切断しておいた。

 この脚はとても綺麗だ。

 風呂場にいってその脚から汚れを流す。。

 すべすべしていて、色白で、何度見ても素敵な脚だ。

 でも足首から先の形が満足できなくて、そこは切り取ってゴミ箱へ。

 水で綺麗にした後は、母さんの保湿クリームを塗ってあげる。

 この足を美しい彼女のもとへ持って行った。


「おまたせっ!」


 急いで美しい彼女の足を取り換えてあげる。

 ほら見て。

 また美しい足に戻ったでしょう?

 美しい姿に戻るためにまた体を持ってくるから!

 俺は彼女に笑いかけてそう誓って見せる。

 心なしか彼女も嬉しそうにしてくれてる気がした。


 次に来たのは夜の公園にいた女性。

 胸が俺の好みの大きさだから来てもらった。

 大きすぎず小さすぎない張りのあるその胸は、やはりいいな。

 笑顔になるのが抑えられないよ。

 彼女も殺して服を脱がす。

 でも彼女の体は最悪だった。

 背中に、胸に、太ももに、誰かがつけたキスマーク。

 公園にいたのは、そういうことするための男探しってところだろうか。

 胸は使えそうだと思ったのに無駄なことしちゃったという怒りで女性の体をぶん殴る。

 肋骨が折れた音がした。

 怒りが落ち着くと女性の足に目が行く。

 足はとても可愛かった。

 小さな足を切り取り洗ってから、美しい彼女のもとへ向かう。

 そして脚と足を縫い合わせた。

 完璧だ。


「どう? もとの美しい脚に戻ったよ。これから別の場所の美しさも取り戻していこう」


 それから何人もの女性を殺害した。

 悲鳴をあげさせないように殺すのはなかなか難しかったけど、今のところは上手くいってる。

 隙をついて背後からバットでどんっ!

 首を折ってしまえばあとは簡単なことに気が付いたから、そこを狙ってやっている。

 美しい彼女の胴体と脚と眼球と髪の毛は確保したからあとはそう。三森さんの頭と腕さえあれば全てそろう!

 あまりの喜びに興奮して、俺は落ち着きなく歩き回った。

 今なら石川の気持ちがわかる。

 どんなことをしても、彼女を守りたい!

 そういう気持ちを抱いていたんだ。


 待ち望んでいたチャイムが鳴った。

 三森さんかな!?

 ドキドキしたがら玄関に行く。

 そしてドアを開けた。

 そこにはやはり三森さんがいた!


「いらっしゃい! 待ってたよ。さあ、あがって」


「お、お邪魔します」


 やっぱり綺麗な顔と腕だ。

 足がちょっと太いのが残念だけど。

 今回は頭も大切なので包丁を使う。

 そして三森さんの背中を突き刺し、声を上げる前に背中をずたずたにした。


 三森さんの頭と腕を切り取って彼女の一部にする。

 三森さんの目もくり抜いて、先に殺しておいた外国の人の青い瞳に交換した。

 完成だ!

 ああっ!

 美しい!

 彼女を抱きしめて俺は涙する。

 また美しい彼女が帰ってきた!

 あとは彼女を警察に渡さないために隠す。

 そして誰かに託そう。

 もう俺は家族が帰ってきた時点で警察行きだ。

 臭いだけでももう駄目だろう。

 だからリビングで人を殺したし、死体もそこに放置してある。

 じゃあ誰に彼女を託すか。

 それはもう決めてある。

 夜になれば、託しにいく。


 時間が来た。

 俺は彼女に母さんの服を着せてから背負う。

 そういえば石川も俺と同じようにして彼女を運んだのだろうか?

 背負ってきていたような気がするけど、そのあとの彼女の異様な美しさで、記憶が吹っ飛んでいるな。

 まあ刑務所にいったら聞いてみればいいや。

 背負った彼女の冷たさを感じてドキドキしてくる。

 こんなに長いこと彼女と密着したことがないから。


 彼女を背負ってやってきたのは、三森さんに告白していた花園さんの家。

 花園さんなら彼女の美しい姿を愛してくれるだろう。

 花園さんは珍しく女子校生でアパートで一人暮らしをしているから親の心配もない。

 チャイムを鳴らしてみるとすぐに出てきてくれた。


「花園さん。こんばんは」


「こ、こんばんは。成瀬くん。……え? 三森さんも一緒にいるの?」


 俺が背負っている彼女の顔を見て言っている。

 うん。

 顔と腕は三森さんだったけど今は違うよ。

 顔も腕ももう彼女のものだ。


「彼女は三森さんじゃない」


「え?」


「説明してあげるから中に入れてよ」


「わ、わかった」


 部屋にいれてもらえたので、彼女を椅子に座らせてあげる。

 優しく髪に触れて、肌に触れて。

 やっぱり美しい。


「ちょっと、女の子に何してるのよ!」


「彼女は俺を愛しているし、俺も彼女を愛しているからいいんだよ」


「……恋人、なの?」


「確かに俺は彼女を愛しているけど、彼女は沢山の人に愛されるべきだから俺一人のものではない。恋人といってもいいけど、彼女には俺の他にも恋人がいると思う」


「……何言ってるの?」


「ねえ花園さん。彼女はとても美しいでしょ?」


「……うん。綺麗な人だね」


「彼女のために、頑張ったんだ。彼女の美しさを保つために」


 そっと彼女の服を脱がしていく。

 花園さんは慌てて止めようとしてくるけど、その前に彼女の体をみた。

 花園さんの顔が青ざめていく。


「なに、それ」


「彼女のために綺麗な人の体を繋いであげたんだ。この写真が最初の彼女なんだ。綺麗でしょ? でも今も素敵だよね?」


 写真を見せて俺は笑う。

 彼女の魅力を余すことなく伝える。


「石川から預かった時はビビったけど、今なら感謝できるよ」


 しばらく俺は話し続けた。

 花園さんも最初は受け入れられない。

 でも少しずつ受け入れられるようになるさ。

 今の俺みたいに。


「花園さん。彼女の美しさを全力で守ってね?」


 真っ青な顔の花園さんは、それでも頷いてくれた。









 日が昇り雲のない青い空が広がっている。

 彼女の美しさを祝福しているような素敵な天気だ。

 やはり世界は美しい彼女を中心に回っているのだろう。

 警察署へ向かいながら俺は美しい彼女を思い出す。

 彼女の美しさは永遠に続く。

 姿は変われど、全ての人に愛される存在なのだ。

 だから、またいつか会いに行きたい。

 もし刑務所から出られることがあったら、絶対に会いに行く。

 無理でもどこかに彼女がいるというだけで幸せだ。

 家から持ってきた殺した女性たちの頭を見せびらかしながら、俺は笑う。

 警察署に入り、女性たちの頭を警察の人たちに掲げて見せた。


「人を殺したので自首しに来ましたー!」


 美しい彼女のためなら、なんだってしてみせる。

 彼女を見れば、その美しさに誰だって惚れるさ。

 彼女のために生きられることに喜びを感じる。

 怯える人々を見ながら、俺は心の底からこの幸せを噛み締めた。



《完》

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