第3話 いいんちょー
一見して性格に棘がありそうなエルフ耳をした少女だ。
ふわりとした金髪のロングヘアで、ツリ目が特徴的。気品ある雰囲気をした人物だ。
「どうした、いいんちょー? そんなに大きな声を張り上げて」
「サザミヤさん、いつも言っているでしょう!? その『いいんちょー』って呼び名は止めてくださいな! わたくしにはプラチナ=シャルロッテという立派な名前があるのですから!」
尊大な態度で「いいんちょー」ことプラチナ=シャルロッテはそう言ってみせた。胸を張る拍子にその溢れんばかりの爆乳が強調されている。
「分かってらっしゃいますの!? 今は自習時間、つまりは静かに己の研鑽に努める時間ですのよ!? こんな時間に騒いでいたらクラスの規律が乱れるでしょう!? これだから俗物は……」
いいんちょーは胸を大きく張りながらそんな事を口にする。
このいいんちょーは基本的に素行の悪い生徒に対しては誰であっても絡んでいく性格だ。故にトラブルに巻き込まれやすいのだが。
とは言え見た目気品ある爆乳委員長が怒って詰って散々世話を焼いてくれるのだ。このいいんちょーに怒られるという目的だけで素行を悪くする生徒すらこのクラスにはいる。
しかし、いいんちょーの真骨頂はこんなところでは留まらない。
「俗物だって……そいつは聞き捨てならないな」
俗物という言葉にカチンと来たのかコルドが抗議するべくすっくと立ちあがる。
「僕達が騒いでいたのは認めよう! しかし、俗物という言い方はあんまりではないか!」
そう言ってコルドがいいんちょーに向かって指を指す。
――――前かがみになりながら。
まあ察するにいいんちょーの超絶爆乳を見てまたも元気になってしまったのだろう。
そんな中、クラスメイトの一人が「お前、別に前かがみにならずとも目立たないだろう」と口にすると、コルドがそれに向かって「ちっちゃくないよォ!?」と応戦する。それを切っ掛けにしてクラス中にざわめきが広がり始めた。
「ええい! 黙りなさいな、この俗物ども!」
そう言っていいんちょーはクラス中を一括する。
「貴方もいつまでそうやって猫背になっているのですか、ゲラルカさん!? 貴方達『第八班』は今日の課題もまた失敗したのでしょう!? 少しはその落ちこぼれ具合を自覚して今日の反省でもしたらどうなのですか!?」
「……何を偉そうに」
落ちこぼれという言葉に怒ったのか、コルドがそう吐き捨てる。
あ、コルド。お前、そんな事を言ったら――――
「……う、うぅ」
「あ」
コルドがしまった、という表情を浮かべる。
しかし、いいんちょーの目にはうっすらと涙が浮かんだ。
「ぐすっ、わ、わたくしは……ただ、クラスを纏める委員長として貴方達を放って置けなくて……ッ、うぅ……」
「あ、す、すまない、いいんちょー! 僕も少し言葉が過ぎた! 君は委員長としてきちんとやっているさ、なぁ、みんな!」
歯を食いしばりながら涙を堪えようとするいいんちょーに向かってコルドは彼女を泣き止ますべく、みんなに励ましの言葉を求めた。
「ああ、いいんちょーはよくやっているさ! 俺なんていいんちょーがいなかったらどうしていいか分からないさ!」「俺もだ! 日々の清涼剤たるいいんちょーがいないと……」「ああ、そのおっきなおっきな胸とか、あと……胸とか最高だよな!」「素晴らしい……彼女は最高だ! 最高の神パイだ!」「俺なんていつもお世話になっているくらいさ! なんかこう色々と!」「ああ、俺もだ! あの胸は捨てがたい!!」
そう言ってクラスのみんなが口々にいいんちょーを褒める。
……いや、お前ら結局おっぱいの事しか褒めてねーだろ。
「うぅ……みっともない姿をお見せしましたわ……皆様の気持ち、とてもありがたいですわ……」
とは言えなんだかんだでいいんちょーは泣き止んだ。さすがはいいんちょー、細かい事は気にしないし、立ち直りも早い。
これこそがいいんちょーの真骨頂だ。このツンと泣きのギャップは万人に愛される事請け合いだ。さすがは「童貞をもらって欲しいランキング」「土下座したらヤらせてもらえそうランキング」「卒業式で告白しようと思っているランキング」において堂々一位の女。貫禄の魅力で詰まっている。
「それはそうと、サザミヤさん! わたくし貴方達には言っておかねばならない事がありますのよ!」
「え? 何だ?」
泣き止んだいいんちょーがこちらに顔を向けて来る。そして、彼女はびしっと言葉を続けた。
「先程も少しだけ言いましたけれど……。貴方達『第八班』は今日も課題を失敗しましたわ! 一応言っておきますけれど貴方達『第八班』だけですのよ!? 五の月に入ったにもかかわらず四の月の課題を終えられていないのは! 先程は少し言い過ぎてしまったかも知れませんが、『落ちこぼれ』という言葉はそこまで的を外していないんですよ! それを肝に銘じて置くと宜しいかと思いますわ!」
「う……分かっているさ」
俺は少々手厳しい事を言われて狼狽えてしまう。
実際、いいんちょーの言い分は正しい。これ以上このDクラスの足を引っ張る前になんとかしないといけないのが現状だ。
そんな中、俺は後ろから肩をポンと叩かれる。
「カイト君。ちょっといいかな?」
「コハク、どうした?」
「いやね、ちょっと……こういう写真があるんだけれど」
ぴらり、とコハクはどこで入手したのかいいんちょーの爆乳が強調されている体操着写真を見せて来た。体操着のいいんちょーからはどこかいかがわしい色気が感じられ、俺はいつしか財布を手にしてしまっていた。
「幾らだ?」
「ざっとこれくらいでどうかな?」
「うっ……ちょっと高い……いやいけるか?」
「ならこれくらいでどうだろう?」
「買った」
俺はコハクの金銭を渡し、代わりにいいんちょーのマル秘写真を受け取る。
……素晴らしい。さすがはコハク、いい仕事をする。
「くっ、何よ! ちょっと……胸が、いや大分……かなり? 大きいくらいで!」
「ミアさん……」
「いや、コルド! あんたのそれとあたしのコンプレックスをいっしょにしないでよ! なに同情的な視線を向けてるのよ!」
「…………はぁ、先が思いやられますわ」
俺達のやり取りを見たいいんちょーが額を抑えながらため息を吐いた。
いや、俺達だけじゃないのだろう。このクラスには悪い意味で個性的な面々が揃っていた。この騒ぎの中で教室に布団を持ち込んだ上でひたすら寝ている奴や俺と同じくコハクから買ったであろう秘蔵写真を眺めている奴、ここにはいないが暴力教師フィスティアやエロい事への探求心には余念がないホークなんて奴もいる。
俺が言うのもなんだが……まぁいいんちょーの心労はつきないだろう。
そうやって俺は自分を棚上げしつつ、いいんちょーに同情の念を送るのだった。