第1話 ホームルーム
季節は春。俺がリリーディア中央学院のダンジョン攻略科に入学してからおよそ一年の歳月が経過していた。
今は五の月。二年生になってからもう既に一月が経過している。
「……はい。これで背中の傷は完治したわね? ダンジョン攻略科の生徒に言っても無駄だと思うけれど、くれぐれも無茶はしないようにね」
「はい。失礼しました」
そう言って俺は保険医にお礼を言ってから保健室の扉を閉める。
先程、『トランススライム』の吐いた酸によってぐじゅぐじゅになってしまった背中の傷もこの学校の保険医によってものの十分で完治した。
この世界に魔法という概念がなければ俺はすでに何度死んでいたかも分からない。この保健室だって一年の時点で既に常連だ。
俺はプロの「冒険者」を目指して日々努力を重ねる学生の身であった。
プロの「冒険者」を目指す若者は多い。なぜなら一攫千金という夢が詰まっているし、何よりプロの「冒険者」はみんなから尊敬される名誉ある職業だからだ。
しかしながら、今日も俺達は学院から出された課題を失敗してしまった。『トランススライム』なるモンスターに遭遇した事で仲間達の連携が瓦解したのだ。
……いや、まあ今日に関しちゃ俺の所為が大半を占めるところもあるが。
それはそれとして最早「落ちこぼれ」の烙印を押される事にも慣れてしまっていた。
そんな風に気落ちしながら俺は自分のクラスである二年D組の扉を開ける。
「お、カイト。背中の傷はもういいのかい?」
教室に戻ると席に座っていた悪友のコルドが声を掛けて来る。
彼の本名はコルド=ゲラルカ。小柄で細身。髪は茶髪で、眼鏡を掛けている。全体的におとなしそうな見た目をした奴で、俺とはダンジョンを共に潜るパーティーを組んでいる間柄だ。
ちなみにカイトというのは俺の名前で、本名はカイト=サザミヤだ。基本的にカイトと呼ぶ奴の方が多い。
「むしろ背中の傷よりもミアの奴に目潰しされた傷の方が深かった」
「そいつはご愁傷様」
くく、とコルドが笑う。
目潰しされたのはこいつの責任でもあるんだが……。
「今の時間は? フィスティアの奴はどこに行ったんだ?」
俺は周囲を見渡しつつ、担任の名前を口に出す。
俺が知る限り今は帰宅前のHRの時間だ。しかし、伝達事項を伝えるはずの年中ジャージ暴力教師の姿はどこにもない。
「先生ならよからぬアイテムを使って女子の覗きをやらかした馬鹿の粛清をしに行ったよ。と言う訳で今は自習さ」
「ああ、成程……」
フィスティアは普段からサボりを連発する不良教師の癖して校則違反を犯した生徒を見つけると急に生き生きとし始める暴力教師だ。
さすがは「生徒を殴るために教師になった」と公言しているだけはある。HRをきちんとするよりも生徒の体罰の方を選んだのだろう。
「あとやらかしたのはホーク含むいつものメンバーだよ。『スケスケ望遠鏡』なる魔法アイテムをどっかから入手してそれで覗きをしようとしたんだってさ。まあ結局は不良品で爆発しちゃって、それをあのフィスティア先生に嗅ぎつけられたみたいだよ」
「『スケスケ望遠鏡』?」
「なんでも魔法効果によって任意の物を透過する事のできる魔導アイテムらしいよ」
「…………ほう」
それはなんとも夢がある代物だ。
俺がもしも背中に傷を負っていなければ間違いなくホーク達に混ざって覗きに参加した結果、フィスティアのパンチの餌食になっていただろう。
「……カイト。その調子だと君も参加したかったんだね? ほどほどにして置きなよ?」
悪友が俺を非難がましい目で睨めつける。
「随分と優等生然とした事を言うじゃないか、コルド。お前だって参加したかったんだろう? 想像してみろ、任意の物を透過できるんだぞ。そりゃお前制服どころか下着まで透過させれば女子の裸見放題じゃないか。夢のアイテムだ」
「……ふん。僕はそう言う下卑た事に興味がないんだよ」
「ほう。ならそこで立ってみせろ、今すぐにだ」
すました顔を浮かべいるコルドにそう言って見せると、彼は即座に首を振った。
「事情により今は立てないよ」
「このムッツリが」
どうせ件の望遠鏡で女子を覗いた時の事でも想像して色々元気になってしまったんだろうに。
「……いつも言っているが、かがむ必要がある程デカくないだろ」
「ちっちゃくないよォ!?」
そう言われた途端、コルドは血反吐でも吐くかのような表情を浮かべる。
コルドはオークのハーフでありながら短小という負の業を背負っている。俺達の年齢は今年で十七歳。身体的なコンプレックスには敏感な時期だ。
そんな中、コルドは短小である事を過剰に気にしていた。
……まぁオークと言えば精力抜群、息子も大きいってのが常識だ。そんな中でのコルドはかなり珍しい部類なのだろう。気にするなという方が無理と言うものだ。
そんな馬鹿な事をしゃべっている中、クラスメイトがこちらへとやって来る。