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Chield -シールド-   作者: でーりぃ
6/8

4話 行先は

四話


可笑しく、過ごして、どれほどか。


目を覚ませば、誰もいない部屋にいた。


冷たくて、さみしいへや。


目を覚ませば、というよりは気を取り戻せば、と言い表すべきか。


ともかく僕の自覚がそこに再び咲いた時、僕はひとりであった。


ふと壁を見遣れば秒針が刻まれている様子が瞳に映る。


コッコッコッ、コッ、コッコッ


機械仕掛けは、はたらきを止めない。


それを、うごかない僕が眺め続ける。


千六百十三…千六百十四…千六百十──五


カチリ


調和の音が奏でられる。


いちばんふとくて立派な針が、重い腰を上げた音だ。


今まで微動だにしなかった彼が、千を超える下の働きを受けてようやく、1歩だけ、動く。


その威風堂々は、さながら、カノジョのようで。


「あ……」


微かにドアが、開いた。


僕はそこから抜け出す、だろう?


この狭い部屋では何か狂っている?


狂っている?何か?




「──迎えに来た」




何かは、何だ。



「」


「なぜ逃げたの?」


「それは──」


君が、と告げかけて口を噤む。


「あの仮面の…化物は…アレは──何なんだ。」


咄嗟に嘘をつく。

僕が怖いのは、アレもそうだけど、君なんだ。

なんて、言えないまま。


「……外に出ましょう、お巡りさんお時間取らせてしまってごめんなさい」


彼女の後ろに突っ立って欠伸をしていた巡査に一礼をして朽梨が出ていく。


「あの、すいませんでした、ご迷惑おかけしました。」


「ああうん、何があったのか知らないけどまあ頑張れよ」


背中をバンバンと叩かれる。

きっと無責任な激励だ。

彼の記憶にはもうしばらくすれば僕はいまい。

しかし、その乱暴な励ましが、少しだけあたたかかった。



夜道、丑三つも遠に回った傾く月の元で2人。

途切れ途切れの街灯を跨ぎながら歩く。


扉をくぐって10分程、先に口火を切ったのは朽梨だった。


「あれはペルソナと呼ばれるモノ。アーキタイプがその身に宿した運命に耐えきれなくなった結果リビドーとタナトスがせめぎ合う〝エス器官〟を以てその肉体の牢獄を打ち壊しイデアを掴むべく仮面を被った姿。」


──え?

思考停止、続いて、歩調停止。

並べられた単語をひとつひとつ解きほぐす。

つまりは、


「人がストレスに耐えきれなくなって進化した姿、と言えばわかりやすい?」


そうなるか。

内容の理解はできないが、文章の理解には至った。


「なら、なんだ。あいつらが人間の進化なのは分かった。突然消えたりするし。けどじゃあなんで朽梨を襲ってきたんだ。わざわざ家までつけてきてたんだろう。」


「昼間に私がヤツの抹消に失敗したから。」


「あいつらも人なんだろ?じゃあ殺さなくてもいいんじゃないのか?進化ってならそれこそ──」


「進化、しきれないから始末するの。」


「人は愚かだから、人の枠を超えた途端に寂しくなるの。だから人を襲う。そうじゃないと癒されないから。」


彼女がそう呟いたのはちょうど彼女のマンションへ辿り着いた時だった。


──悲しい存在。


ポソッと囁いて歩を進めた彼女の、背中を


僕は追えなかった。











部屋で1人、考えた。

三日ぶりの我が家は相変わらずの殺風景で僕を迎えてくれた。

本を読む気にもならなかった。

カラカラに乾いた洗濯物を取り込む気にもならなかった。

どうにも頭が回らなくて、でも眠れない。

くる、くるる、くる。

きゅるり、きゅり。


「化物ってのはほんとにいるんだな…」


3時間かけて紡いだ言葉はそれだけで

顔を見せた朝日に向かってこだました。








大学は、行けない。

あまりの衝撃に忘れかけていたが僕は人殺しだ。

正直に言ったところで励まされただけだったが、事実僕は人を殺した。

未だに鼻にこびりつく臭い。


「──僕も、か?」


フラッシュバックしたのはカフェに咲く血の花ではなく仮面の大男。


「リビドーとか─タナトスとか──」


残念ながら僕は倫理履修者じゃない。

だから本で読んだ欠片程度の知識しかないが


「リビドーは生への欲求──即ち自分自身の命を守り、その遺伝子を残そうとする性欲求。」


「反してタナトスは破壊欲求。リビドーが個として存続を願う人の身の欲求ならこちらは宇宙の規則。自他問わず存在そのものを朽ちさせようとする概念。」


記憶の断片を集めて唱える。


早くも時計は9時を指す。

腑抜けたまま少し眠ったようで脳は正常に働いていた。


「エス器官──ってのは知らないな」


初めて聞く言葉だった。

恐らくこの世に存在して間もない、詰まれば彼女延いては周辺の人物が作った言葉であろう。

リビドーとタナトスという相反する概念によって形作られると彼女は謳った。


「…わからないな、いつも、世界は。」


本のように結末まで見通せれば。

自分が総覧者として見守る立場にあれば。

そう願わずにはいられない。


幼き日の、惨劇の夜を思い返しながら囁いた。




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