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Chield -シールド-   作者: でーりぃ
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1話 ザクロ、華堕つ

1話 ザクロ、華堕つ


瞼に白がうつる。

開けていないのに、眩しい。


ああ、こんなの起きたら光に殺されるな


なんて思いながら結局目を覚ます。


思い通り、目が痛い

痛いくらいの、白

全面からの反射

僕を刺す



「木留さん」


左前方、扉が開く。

いつものナースだ。


ちなみに僕は彼女が嫌いだ。

黒髪が肩くらいまで垂れてる、綺麗な髪。

手にはプレートが持たれている、ああもうそんな時間かとそれを見て気付く。

朝食、8時。

決まった時間に届く食事はいつも変わり映えのしない肉料理に付け合せの野菜、白米に味噌汁。

僕は食事が嫌いではない、が、食事の時間は嫌いだ。

食材を味わって口に染み渡らせることを愛する生物的な本能は持ち合わせているものの残念ながら無尽蔵の胃を持たない。

正直、ここの料理は量が多い。

何度か交渉はした、しかし規定された量でないといけないらしい。これだから病院は。


さて、僕が食事の時間が嫌いな理由だ。


「すいません、もう満腹なので下げてもらえませんか?」


が、許されない。


「どうして残すんですか?体調が悪いんですか?」


単に食欲がない日も気分が乗らない日もどんな日だって許されない。


挙句のはてに


「もしかして、ご家族の件をまだ──」


なんて、

だから、僕はこの人が嫌いだ。









そんな下らない日々に、ひとつの楽しみができた。

それは9月の半ば、ようやっと部屋からの外出を許された頃だった。


「辛気臭い顔してんな」


「おっ、怖い目するなぁ。そんな睨まないで楽しくいこうぜ」


それが、テツとの出会いだった。


うるさいヤツだった。

面倒なヤツだった。

しかし、僕を笑わせてくれたのは彼だけだった。


悪夢を見ない日はなかった。

指を噛まない日はなかった。

涙が止まってくれる日もなかった。


しかし、彼と出会って変わった。

少しずつ、変わった。

僕が、僕を取り戻した気がしたんだ。





なのに?







逆戻り。

五年かけて辿り着いた迷路のゴール。

その光が見えたところで、ふりだしにもどる。

それじゃあ、もう1回、あそべるね。

なんて、巫山戯。


真っ赤に染まった床に突っ伏す。

喪うことばかりの世界がそこに映っていた

から、涙を零した。

少しでも、こんな世界が薄まればいいのにって。

でも、赤の水たまりは少し黒くなっただけだった。

ああ、そうか。

僕の涙が黒いのか。

人殺しの涙だもんな。

そんなモノで世界が清まってたまるかってか。


クソみたいな気分を引きずってあたりを見回す。

竜が爪で引っ掻いたかのような太い傷跡が壁をなぞっている。

勿論、眼前で息の根が止まっている彼女─エレミアさん─の身体にも。

激しく、執拗に、怨念のように、血痕が辺りに散っていた。


「はは、ははは」


人殺しに堕ちた僕は嗤う。

嗤わないと、やってられない。

どうやって殺したかも分からない、彼女の最期の言葉も知らない。

僕が知っているのは、己の罪だけだ。


「──帰ろう」


愛すべき自分に呟く。

ドアノブに手をかけて緩やかに回す。

金属のしっとりとした冷たさが手に伝わる。

じんわり、手にこびりついた血が溶けるような気さえする。


一息に、引く。


暗澹たるこの罪も一緒に飛んでいきやしないかと、願って、勢いよく引き開けた。

風が舞い入る。

爽やかで清らかな罰を知らない味の風。

が、虚しく、吹き抜ける。

罰を知らない風に、罪を吹き飛ばすことなど適わない。

彼らはただ惨劇を舐め荒らすだけ。


振り返ったカウンターには風に抱かれる死体だけがあった。



























どれくらい経っただろうか。

気が付くと夜のシャッター街を酒でも飲んでいるかのようにおぼつかない足取りで進んでいた。

強烈な吐き気がずっと胸で燻っている。

臭いが、鼻にこびり付いて剥がれないからだ。

錆びた鉄棒みたいなあの臭い、思い出すと思わずむせ返った。


季節は10月、昼はともかく草木も眠るような時間帯は冬とさして変わらない。

凍える風が肌を打つ、鳥肌で全身総毛たっている。


その寒さに身を委ねつつ、歩を進める。

気温に不相応な薄いパーカーを染み透って伝わる冷気が吐き気を薄めてくれる。

──何ならこのまま凍死でもすればいいのに。

まだ到底その願いを叶えられぬ秋空にそんなことを漏らす。


「だって…だって僕は人殺しだもんなぁ」


嗚咽に混じって震えた声。


その声が鍵になったか、フラッシュバック。

先程の光景が瞳に写される。


「嫌だ──嫌だ──」


辺り一面が紅く染まっている、差し込んだ夕日よりずっと。

その禍々しいまでの色は僕の服にも飛び散り、何より僕の手にはべったりと貼り付いていた。

広がる紅い海の真ん中に倒れている女性を僕は知っている、知っていた。


──僕がやったんだ。

そうとしか考えられない。

僕が警察の鑑識とやらであればDNA鑑定やら指紋検査やらの前に状況証拠だけで判決を出すね。

そのくらい決定的だ。


「僕は…人殺し」


「でも、彼女はテツを殺したって言った!」


「そうだとしても何だよ、僕が殺したことに変わりはないだろ」


「自分の大切な人を傷つけられた、だから殺したんだ。間違ってるか?強さじゃないか」


「違う、僕の欲しい強さはそうじゃない──人殺しにならないまま誰かを守りたかった。」


「じゃあ、じゃあ殺さずに、殺さないでどうしろって言うんだ!どうしようもないじゃないか──」


「──それでも、そうだとしても。僕は人殺しと同じにはなりたくないんだ。」



瞬間、燻っていた吐き気が激しくノックを始める。

ぎゅる、ぎゅる。

自分の裏表がひっくり返されるような感覚。

内蔵は全部ぶちまけられて、眼は外を写さない。

人でなくなるような──文字通りの人でなしになってしまう。

堪えられない、喉元で催促のノックを続ける吐き気に負けを認める。

倒れ伏し、電柱の根元へと嘔吐、それでも吐き気は収まる様子を見せない。


──彼女を殺したのは悪いことなのか?


全身が溶けるような不快感に薄れゆく意識の中、声が聞こえた。

焦点が合わない、これが誰かに話しかけられてるのかも分からない。

霞む、脳まで溶け始めた感じがする。

──別に誰だっていい、答えは決まってる。

ぼんやりと、しかしようやく思考に細い線が出来る。


「何度も…言わせるな……僕は、人殺しと同じは嫌だ─」


──刹那、体を駆け巡っていた不快感は霧散する。

と、同時に肩甲骨が伸びて羽根になったような感覚。

体が、軽い。

何処までも飛べそうな微睡みの中で、不意に闇影から声をかけられる


「大丈夫?」


意識の霞はもうその影すら認識出来ず、ただその声だけが頭に響いていた。








──柔らかい、良い香り。

暖かくて、気持ちがいい。

目を覚ますと、そこは羽毛布団の中だった。

見たことの無い天井、ここは何処だろうか。


「おはよう」


周りを見渡そうとした時に眼前のドアが開き声が投げられた。


「あ──君は…」


彼女だ。昨晩意識が飛びゆく中、僕に声をかけてくれた少女。


「その…昨日、あの後助けてくれたのかな」


人と目を合わせて話すのが苦手なのだが、そんなことは言ってられない。

彼女を見上げ、その瞳まで視点をスライドさせる。

──綺麗だった。

エレミアさんは北欧の血が混じっていると言ってたように肌は真っ白、髪も金に近いブロンズ。差し詰め神話の妖精のような可憐な美しさを持っていたが、対してこの少女は気品ある艶やかな黒髪と、黒地に黒を塗ったような深く染まる瞳を持っていた。

黒の瞳は孤高の証──哀しみさえ感じるほどのその深みの底は見えなかった。


「ベッド貸してただけ。」


貧血みたいよ、と言葉を付け足して彼女が言う。


なるほど、貧血か。

それなら一応昨晩の症状にも理由が付きそうな気がする。


「さて──」


立ち上がる。


「もう行くの?」


問いかけられる。


「うん、お世話になりました。」


一礼。

ドアに向かって歩を進める。

もう目眩はない、昨日の揺れる世界が嘘のようだ。

ドアノブに手をかけ、捻ろうとした時


「お礼とかはいらないわ。」


と後ろから声を投げられる。

そうは言われても、と苦笑する。

僕も仮にも大学生だ。介抱してもらってお礼もなしともいかない。

また夜にでも来て少しオシャレなお菓子でもプレゼントしよう。


そうだ、そうなれば名前だけは聞いとかないと。










「朽梨 沙羅。」


彼女の声が頭蓋骨にこだまする。

清流のような透き通った声だった。







「さて、オシャレなお菓子ってどこに売ってるのかな。」


意識をぐっと引き戻し歩を進める。

いつ捕まるか分からない身、このお礼だけは済ませておきたい。


此処はデパ地下、僕の住むエリア3の中でもそこそこの高級デパートの地下スイーツコーナーにいる。

周りを見渡せばチョコレートが数個入った詰め合わせが5桁の価格を指している。


「流石に…無理だな。」


財布を開いて口角が引き攣る。

女の子への贈り物だ、そのような経験が今までないとは言えある程度の値段の覚悟はしていた。

だが、これは、余りにも──


「──舐めてたかぁ。」


財布の中の野口英世に向かって嘆息。

3人しか連れてこないのは失策だったか。

さて、どうしたものかと思っていると


「お兄さん、もしかして彼女へのプレゼント探してる?」


軽い調子で肩を叩かれる。

振り向いてみれば、知った顔。


「ってあれ、ザクロちゃんじゃん。こんな所で何してんの?サボり?良くないな~って俺もだけどな。」


軽い声に良く似合う軽い服装、派手な装飾。

赤のメッシュを混じえた長い茶髪を後ろで括っている。

黒を基調とした服にギラギラとアクセサリーが光る。

一昔前のヴィジュアル系バンドかと言いたくなるようなこの男、同期生である。


「ああサボりだよ。彼女じゃないけど女の子へのプレゼント選び中だ。」


名は薊 八薙。見ての通りチャラチャラした奴だ。


「へー、お前が。ザクロちゃんが彼女でもない女への。隅に置けないじゃん。」


ちなみに、ザクロちゃんとは僕のことである。

木留──榴。名付けの時に狙ったものではあるのだろうが、僕の名前コトドの漢字を引っ付けるとザクロという漢字になる。

だからあだ名はザクロ、大学の知り合いは殆どがその呼び名を使う。


「別にそんなのじゃないよ。ちょっとした感謝の印。」


何があった、とは言わない。


「ふーん、その子何歳くらいなの?」


そう言えば聞いてない。

容姿からするに恐らく同年齢くらいだとは思うが──


「なんだ、そんなことも聞いてねぇのか。次で20歳なんだから、もしその子がまだ16とかなら早めにしとかねえと捕まっちまうぞ。」


ニヤニヤしながら腰をバンバンと叩いてくる。

僕より背の高い彼に叩かれると、結構痛かった。


「そんなんじゃないって……」






その後も、何だかんだと話しながら結局最後まで付き合ってもらった。

慣れているからか、彼のセンスはとても良くて三千円ピッタリかつ女の子ウケしそうなチョコレートの詰め合わせを選んでもらった。


「いいっていいって、気にすんな。」


そう言って去っていった彼の背中を見ながら、少しだけ憧れを感じた。

違う世界に住んでいることが分かっているからこその、憧憬。

多少顔を見知った程度の仲の奴の買い物を2時間も付き合えるものだろうか。

その憧れは、不良に庇ってもらったいじめられっ子の心情によく似たものだった。


「助けられる人間…か。」


ポツリと口から零れる。

どんな事でも、誰かを救けるという行為は僕にとっていつも英雄的だった。

目指して、届かない、世界。


──デパートの大きな正面出口が見える。

その先に覗く外の景色は少し紅く染まっていた。


慌ててスマホを取り出し時間を確認する。

少しだけ溜まった着信履歴を消去すると17:05と表れる。


「着信履歴…少ないな。」


警察からの着信が無かっただけ良かったが、講義を無断欠席した上何も連絡無しなんて。

今までであれば少なくとも十件は着信履歴があった。

全部鉄から。


「───」


なんとも言えない気分になった。

悲しいのか、怒っているのか、何なのか分からないけど。

とても、寂しかった。






18:15

あの子の家に着いた。


──お礼とかはいらないわ。


「まあ、そんな訳にもいかないよな。」


それにしてもその日中にお礼とは、少し急ぎすぎた気もしなくはないが。

とは言え、大学に行く気分でもないしそもそも人前に顔を晒せない以上することもない、早くて悪いものではないしいいだろう。


インターホンを、押す。


───返事はない。


念の為、もう一度。


──返事は、ない。


しかし、ないのは、返事。


そう、返事だけがない。

逆に言えば、何かが、ある。


二回目のインターホンを押した時、物音がした。

勢いよくイスでも引き倒したかのような、軽いけど激しい物音。


──マズい。


そう感じた時、僕の手はドアノブを握っていた。


──頭の中で最悪が巡る。


ドアノブを捻る。


──なんで。


鍵はかかっていなかった。


──だとしたら、僕は。


勢いよく押し開く。


──人殺しどころか、疫病神か?




「ああ、ああ──」


昨日から、何度頭蓋を叩いたかも分からないワードがある。

それは──


ドアの奥、広がるリビングに倒れる少女。

リビングは、紅く染まっていた。


──「なんで。」













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