愛犬と朝をむかえました
誰のことも信用してない
だってみんな俺よりも弱いから。
俺は誰よりも強いから正しくて
俺より弱いヤツらはみんな間違っている。
それなのに弱いから
間違っていることすらわからない。
弱いヤツらと仲良しごっこをしなければならないくらいならば俺は喜んで独りでいよう、と思った。
強いヤツが勝つ。
弱いヤツは負ける。
強いヤツが正しい。
俺は強いから独りでいれる。
独りでいたって強いから。
俺は強いから―――…
「キール……」
聞き慣れた声に、俺はハッとして目を開けた。
何かあたたかいものにぎゅう、と抱きつかれている。
よく知っている匂いだ。
そしてこのあたたかさも、よく知っているもの。
寝惚けながらうっすらと目を開けると、やっぱり。
夜明けが近いせいで薄暗い部屋の中、まるでそこだけ未だ真夜中のような黒い髪。
血管が透けているほどに白い肌を見ているとゾッとする、
冷たそうに見えるのに、その肌があたたかいことを俺は知っている。
なぜならこの3年間、ほとんど毎日抱きつかれてきたから。
「…………ていうか!俺様は抱き枕じゃねぇし、もうテメーの犬でも何でもねぇんだよ!それなのに何で大魔王の俺様が人間風情と一緒に寝てんだクソが!」
毛布ごと眠っているそいつを投げ飛ばしたので、そいつがはっきりと目を覚ますまで俺は簀巻きにされた。
◆◆◆◆◆
「……変わった寝相だねぇ」
朝、目を覚ますとなぜかヒトの姿に変わった愛犬が、布団で簀巻きにされていた。
しかもあの、アメコミヒーローのような、ハリウッドスターさながらのイケメンの顔が布袋に突っ込まれている。
自分で自分を簀巻きにして、顔に布の袋を被るなんて変わってるなぁ。
イケメンじゃなかったら相当の変人だよ。
目覚めたばかりの私が愛犬を見下ろしながらしみじみとそう告げると、袋の中で愛犬がモガモガと何かを叫んでいる。
何をいっているのかよくわからなかったので、愛犬の顔の袋をとってあげた。
口に布まで巻かれて凄い寝方だなぁ……
「テメェ!!覚えとけよ!大魔王の俺様を簀巻きにしてこんな、捕虜みてぇな姿にしやがって!!」
口に巻かれた布を取り外してやった途端、愛犬が吠える。
「キールの趣味かと思ったら……もしかして私のお茶目なの?」
「お茶目もクソも!テメェが寝てる時に俺にくっついて来やがったら投げ飛ばしたら、寝ぼけながら俺のことを簀巻きにして流れるように口を塞がれたんだよ!!」
「寝てる私がやったの?そっか、ごめんね。イギリスで私立探偵の助手をしていた時に、来襲してきた商売敵を捕獲していたクセがまだ抜けなくて……」
「お前ほんと何者なんだよ!?」
愛犬に存在意義を疑われる日がくるなんて。
とにかくキールを自由にしてやろう、とごそごそとし出したところでドアが軽やかにノックされた。
と、思うと同時にドアが勢いよく開かれる。
「ナイ様!おはようございます!ご主人様のために朝食を作ったのですが、朝はコーヒーか紅茶かああ!?朝から何してるんですか!?」
にこやかな笑顔でドアを開けたはずのラファエロが、笑顔のまま崩れ落ちる。
依然として簀巻きにされたままのキールは兄の登場に少し焦ったようで、緩んだ瞬間に強引に出てきた。
「勘違いしてんじゃねぇぞ、このゴミメガネ!俺様は別にこのコケシ女に簀巻きにされたわけじゃなくて……」
「コーヒーと紅茶だったら温めたミルクがいいな、ラフレシア」
「今このタイミングで質問にゆうゆうと答えてんじゃねぇよ、ゴミカス!!とか、コーヒーと紅茶の二択だっつってんのに新しい選択肢出してくんじゃねぇよ、コケシ女!!とか、あいつはラファエロだわクソゴミ!!とか言いたいことがまとまらねぇから暫く息すんな、ニンゲン!!」
そんなことを早口で言いながら、キールはぐい、と私の肩を押す。
ぼんやりと愛犬を見上げていた私は、軽く押されただけだというのに半歩後ろによろめいた。
倒れたりはしない、キールがすぐに腕を掴んでくれたから。
キールは「何見てんだよ」とか「言い過ぎたか?謝んねぇぞクソ野郎」とかいいながらも、何故か少しだけ眉を寄せる。
「なんか、朝からよく喋るなぁと思って」
「あぁ!?ナメてんのかテメェ!?」
「そうですよ、朝から!!」
キールが私の頭を叩いたところで、崩れ落ちたままだったラファエロが声をあげた。
いま気づけば、しゃがんだままの姿勢でぶるぶると小刻みに震えている。
「朝からそんな!大魔王様である我が弟を、ただの人間風情が、大魔王様の命を狙っている俺の前で簀巻きにするなんて!」
「あ?何だよ、ゴミが。人間ごときに簀巻きにされる俺様は大魔王に相応しくねぇってか?朝からケンカしようっていうのか?」
キールがラファエロを睨みつけて凄む。
ラファエロは赤い髪が乱れるほど勢いよく上体を起こし、叫んだ。
「キールフィンだけズルくないですか!?俺だってナイ様のペットなんですから、朝から簀巻きにしてください!骨が折れるほど強くお願いします!さぁ!」
どういうわけだか上の服を脱ぎ、目をキラキラとさせるラファエロ。
何故「ズルい」という思考にいたったのか、何故自分もやってほしいと思ったのか、全然理解できない。
しかしその異様にキラキラとした眼差し。
細く見えるけれど実は筋肉質な身体……
そんな何でもないことに嫌悪感を覚え、私はラファエロを見下ろしながらいった。
「え、意味がわかんないし気持ち悪い」
「ありがとうございますっ!」
なんでお礼?
◆◆◆
「つーか、何でクソメガネまでこのキノコ女のペットとかいう枠になってんだよ」
私にお礼をいった瞬間、キールに殴られたラファエロが作った少し黒い朝ごはんを文句を垂れ流しながら食べてからキールがいった。
ちなみに私は料理についての好みは「胃で消化できるものなら何でも好き」しかないので、ほぼほぼ真っ黒のパンを食べていたらラファエロには悲しまれた。
「お仕置きしてほしかったのに」といっていたのはどういうわけだろう。
キールには「マジでお前どういう生き方してきたの」と呆れられた。
そういう話は置いといて。
キールの発言に、食べ終わって食器を片付けていた私と紅茶を飲んでいたラファエロが首をかしげる。
「いつの間にペットという枠になっていた、とは?」
「キノコ女って誰のこと?」
「……テメェは俺を殺しに来たんだろうが。何で人間ごときのペットに成り果ててんだよ!」
ちら、と私に視線をやるだけやってスルーされた。
なるほどね……私がキノコ女ってことね。
髪型がボブの全人類に謝ってほしいけど、もしかしたら私の顔からキノコを感じるのかもしれないから黙っておこう。
「3年間もナイ様の犬になっていたキールフィンちゃんにはいわれたくないですねぇ」
「好きこのんで俺様が犬になってたと思ってんじゃねぇぞ!」
「あれ?好きこのんでやってたんだと思いました。だって大魔王様であるキールフィンくらいの実力があれば、魔力が戻ったらすーぐに魔界に戻って来てもいいはずなのに3年間もナイ様の側にいたんですからね。え?もしかしてラブですか?こんなサルでキノコでちんちくりんのナイ様にラブですか?それなら理解できますーーーあの大魔王のキールフィン様が人間に恋をした、なんて恥ずかしくて魔界に帰ってこれませんもんねぇーー」
「死ね。いや、殺す」
キールがラファエロの横っ面をぶん殴る。
倒れたラファエロに蹴りやらでさらなる攻撃をくわえながら、キールは吠え立てていた。
「俺様だってとっとと人間界からおさらばしたかったに決まってんだろ!クソみてぇな勘違いしてんじゃねぇぞ、ゴミメガネが!!なんかわけわかんねぇ首輪で封印されてたんだよ!!このゴミキノコ女に!!」
「首輪?封印?私が?」
え?
なんの話?