閑話休題〜櫻田ルクの日記より抜粋①〜
◯月△日
『キールが人間になったの』
久しぶりに姉さんから連絡が来た!
と、喜んだらこれ。
寮に入り、姉さんから離れちゃったせいで毎日泣き暮らし、時間があればルームメイトに姉さん自慢をしていた僕に久しぶりに届いた姉からの連絡が、これ。
さすがにこれはちょっと酷くない?
意味不明だし。
「キール」ってあれだよね、姉さんが飼ってる、あのシロクマのような超巨大イヌ。
あのね、姉さん。
そりゃあ入学式当日に「超ド級のシスコン」と2つ名がついた僕だってね、理解できることもできないことがある。
姉さんのことはなんだって理解してあげたいよ?
でもさすがに、あの巨大イヌが人間になったなんてどう考えても寝ぼけてる。
姉さんが寝ぼけながら僕に連絡をよこしたとか考えただけで可愛すぎて吐血しそうだけど、ここは心を鬼にして、僕は姉さんに返信することにした。
「ちゃんと寝た方がいいよ」
本当は「えっ本当!?姉さんが可愛いからイヌも人間になっちゃったのかな☆ところで僕は、姉さんに会いたすぎて入学して三時間で胃に穴があいちゃった☆えへっ!」とか送りたいよ!?
でもダメだこんなの!気持ち悪い!
僕は姉さんを愛でてる!
かわいい!大好き!
だからこそ冷静に、頼りがいのある大人のふりをしなくちゃ……いざってときに姉さんに頼ってもらえるように。
まぁそうやって大人ぶってたせいで、僕はこうして寮生活になっちゃったわけだけど、それはひとまず置いておこう……
ちなみに姉さんから連絡が来て二十秒後には返信してた。
しかし……キールか……
姉さんがアレを拾ってきたとき、僕が思わず「元の場所に戻してきなさい」とかいっちゃったものだからキールは僕のことをすっごく嫌いなんだよね。
というか、ナメられてるというか……
見透かされているというか……
僕が「姉さん好き好き!ラブ!愛してる!かわいい!食べたい!」みたいに思いつつ、表面ではキリッと冷静に「姉さん」とかいっていると、キールは毎回鼻で笑うし。
イヌってあんなに表情豊かで、人間の言葉を理解できる動物なんて思ってもなかった。
なーんて思っていると、姉さんから返信が来たことを覚えている。
姉さんの返信は、こうだった。
『最近枕を変えたんだけど、この枕がすごくいいからルクにも紹介するね。まず写真を送るから写真を見て』
そして枕の写真が送られてきた……
と思ったと同時に、いくらスクロールしても変わらないくらいの長文で枕の良さを語る文章が投げつけられる。
僕はほんと……
姉さんのこういう、意味のわからないところ大好きでね……最高の夜かよって思ったね。
姉さんにここまで愛されている枕に少しヤキモチを妬きつつ、枕の良さを語る文章をすばやく読んだのはいうまでもない。
もちろん、頭の中では姉さんがこれを語ってくれている妄想なんてしてたよね!
姉さんに会いたいな!
そんな妄想をしていると、追加で姉さんからメッセージがきた。
まだ僕が返してないのに珍しいな、なんて思った。
『ドアと窓から人が侵入』
え、ただの緊急事態だ!
枕の話からどうしてこうなった!?
僕は思わず、姉さんに電話をしたので思い出して書いてみる。
「姉さん、大丈夫!?」
『大丈夫だよ。侵入してきたの、キールの兄さんなんだって』
「え?キールの兄さんってことはイヌってこと?つまり、野良犬が侵入してきたってこと!?全然大丈夫じゃないよ、それは!」
『あとアサシン』
「暗殺者が家に侵入してきたなんて、わりと一大事だよ!?」
『いざってときは取り押さえるね』
「無理せずに警察呼んでね」
『警察なんて……信用できないから……』
「過去に何かあったみたいな言い方やめよ?確かに色々あったけど」
『あ、アサシンとキールの兄さんが逃げる。捕まえてくるね。バイバイ』
電話の内容はこんな感じ。
その後、姉さんからは「捕まえた」って連絡と「ドアと窓を完全に直させた」ってきたから……
僕の愛しの姉は、我が家に侵入してきた野良犬とアサシンを取り押さえて弁償させたっぽい。
とんでもない強さだよね、知ってた。
こんな夜遅くに大変だな、大丈夫かな。
やっぱり僕はあの家を出るんじゃなかった……
なんて、既に何度目かわからない後悔をしていた僕に、姉さんから「おやすみなさい」という連絡が届いた。
おやすみの連絡をくれるなんて姉さん優しい!大好き!
そんな大好きな姉さんからの連絡には、画像が添付されていたのだった。
また枕の画像かな?なんて、楽しい気持ちで開いた画像は…………
『キールと寝ます。おやすみ』
姉さんのベッドで。
アメコミヒーローみたいなイケメン銀髪外国人と姉さんが。
一緒に寝転がっている画像だった。
僕はその夜、生まれて初めて泡を吹いて倒れた。