愛犬の兄に惚れられました
「本当に、ほんとーーーに俺達のことが気になりませんか!?犬が大魔王様で、俺のような見目麗しい男が大魔王の兄で、コウモリ人間ですよ!俺のような見目麗しい男の正体!気になるでしょう!?」
「魔界にもナルシストがいることにビックリはしてるけど」
「そういう話じゃないんですけど!?お前の飼い主、おかしいですよ!」
「はーーー!?誰が俺様の飼い主だよ!俺は大魔王様だぞ!飼い主なんてもんはいねぇよ!」
「キール。真夜中なのに吠えないで。おすわり」
「わん!じゃねぇ!」
何だかどうにもこうにも、ラファエロは経緯を説明しなければ落ち着かないみたいなので、私は「そんなに話したいなら聞くよ」といってみる。
ラファエロは思い切り顔をしかめ、何かをいおうと口を開いた……
が、結局何もいわずに、代わりに溜息を吐く。
「では人間様のお言葉に甘えて、説明させていただきます」
「はい、どうぞ」
「……皮肉も効かないんですね」
「え、皮肉だったの?ただの負け惜しみだと思ったから、相手にしたら可哀想かなって」
「傷口を抉るのやめてください」
「?ごめんなさい」
「ギャハハダッセ!」と大笑いするキールが落ち着いてから、ラファエロはゆうゆうと説明しだした。
簡単にまとめると……
この世界には私達が住む「人間界」の他に、天使が住む「天界」、悪魔が住む「魔界」がある。
悪魔は生まれつきランクが決まっていて、その強さはアルファベット順に評価される。
Aが一番強くて、Zが一番弱い。
魔界を支配しているのは大魔王。
大魔王は代々受け継がれているもので、ラファエロとキースは大魔王の一族。
ちなみに先代大魔王の子どもは十二人いるらしい。
魔界は絶対的に力の差がモノをいう世界。
だから次の大魔王も生まれた順ではなく、一番ランクが上の人がなる。
それまでBやCのランクの悪魔は大魔王の子にもいて、その人達の誰かが次の大魔王だと思われていたが……
最後の最後、十二番目に生まれたキールフィン(つまり我が愛犬キール)はなんとAのランクの悪魔だった。
「それでキールは先代大魔王が亡くなった後、大魔王となったのです」
「そうなんだ……そんな大魔王様に、ドッグフードを食べさせててなんか、ごめんね」
「テメェ、くだんねぇことそれ以上いうと喉を切り開くぞ」
「ドッグフード食べてたんですかwwww」と今度はラファエロがゲラゲラと笑う。
しかしキールがたまたま手元にあった羊羹を、丸々一本ラファエロの口に強制的に突っ込んだのであっという間に静かになった。
ふと、私は視線に気づく。
ドアと窓を直し、座席に戻ったヨルイロがじーーーっと私を見ていた。
(なんだろ、何かいいたいことがあるのかな?)
細い目をしばらく見返したが、ヨルイロは何もいわず、そのうち視線をラファエロにやったので、私も何もいわなかった。
まるで見定められてるみたいだったな、なんて。ありえないか。
「えーーーそれで……可愛い弟のキールフィンが大魔王になったのです。けれどそれは……激しい争いの始まりでした」
「末っ子が大魔王になったから気に入らなかったとか」
「その通りです。私含めて、ね。キールフィンさえ亡き者にすれば自分が大魔王になれる、と……もはや魔界対キールフィンです。激しい戦いの末、キールフィンは三年前に姿を消した……」
「私の愛犬として楽しく暮らしてたよ」
ちらり、とラファエロは意味ありげに私を見る。
メガネの下の金色の瞳が、ギラリと輝いた。
その金色の瞳は、それまでにも一度、私に向けられていた。
憎らしいような……「妬ましい」ような。
「無敵のキールフィン。俺の可愛いキールフィン。多勢でなんとか抑え込んだものの、無限の魔力を持つ強い大魔王様……そんなキールフィンの唯一の弱点、それが―――……」
ラファエロが金色の目を剥き、私の首に向けて手を伸ばす。
くだらない話だ、とアクビをしていたキールの反応が少し遅れた。
テーブルにのぼったラファエロの顔は私のすぐ前にあって…………
「こら!行儀が悪い」
私は無意識のうちに、ラファエロの頰にビンタを張っていた。
バチン、という乾いた音が響く。
私が避けたので、行き場を失ったラファエロの手がそのまま叩かれたばかりの自分の頰に行く。
「た、叩かれた……!」
「叩いたのは謝るけど、まずテーブルの上にのぼるなんてダメでしょ!おりなさい!」
「え、あ、はい」
呆然として呟くラファエロにたたみかけると、彼は慌ててまた席につく。
「あと首をしめて殺そうっていうなら、前からいくんじゃなくて後ろから!前は抵抗されるし避けられるでしょ!」
「え、あ、はい……」
「体格差的に素手でいけるだろうけど、ヒモとか使うと跡が残らないから!その後に自殺に偽装することもできるし、もっと考えて!わかった?」
「は、はい……」
「いや待て、そういうことじゃねぇだろ!?」
キールの声に、私はようやく我に帰った。
あたりを見渡すと、どうやらラファエロの加勢をしようとしていたらしいヨルイロが細い目を丸くしている。
「ご、ごめんなさい!あまりにもストレートな手口だったから……」
「いやそういうことじゃねぇし、詳しすぎてこええわ!」
「私がひょんなことから暗殺者集団に所属していた経験が活きてしまったね……」
「どんな人生だよ!お前の人生エンターテイメントか!?」
犬バージョンの時はテレビっ子だっただけあって、キールときたらツッコミにキレがあるなぁ。
感心しているばかりの私をしりめに、ラファエロは叩かれた頰に手をやってぶつぶつと何かをいっている。
もしかして打ちどころが悪かったとか?
「大丈夫ですか、ラファエロ様!」
「大魔王の血筋である俺の頰を……下賎なサルであるヒト科のメスが……叩いて……俺に説教……大魔王の血筋である、俺に!大魔王の双子の兄の、俺に……」
はははははは、とラファエロが急に甲高い声で笑った。
ラファエロは今度はテーブルに乗ったりせず、ただ身を乗り出して私の手を握る。
「ヒト!名前は!?」
「櫻田ナイです」
「ナイ……いえ、ナイ様!」
「ナイ様?」とヨルイロが小さく聞き返すも、ラファエロの耳には届いてないようだ。
ラファエロはキラキラとした目を、メガネの下から私に向けてくる。
ついさっきまで私に向けられていた「妬み」はもう、その金色の瞳にはない。
「どうか俺のこともペットにしてください!ナイ様!厳しい躾をよろしくお願いします!」
ぎゅう、と握られる手。
キラキラと輝く金色の目。
ああ、やっぱり打ちどころが悪かったんだなぁ。
「え、ヤです」
「ああああナイ様ぁ!その冷たい眼差しがたまりません!ありがとうございます!」
ラファエロの名前に入ってるの「M」はランクじゃなくて性癖のM。
近いうちに、それは魔界の事実となるのはまた別の話。
「え、ほんとに気持ち悪い」
「人間ごときが俺にそんなことを……ありがとうございます、ナイ様!」