愛犬の兄を取り押さえました
「大体ね、キールフィン!我々魔界のモノは招かれざるところには入ることはできません!しかしドアさえなければいいじゃないか精神で!ドアや窓をぶち壊して家の中に入る!それが魔界のモノの掟でしょう!」
「これだからゴミクズはっ!散歩の時間は毎日一時間だぞ!?五分も短縮されたら五十五分しか散歩できねぇだろうが!!」
「だからお前はさっきから何の話をしているんですか!?」
ラチがあかない。
散歩が短縮されることしかいわないキールに変わり、私はラファエロに向けて指をさす。
「家に来て数ヶ月……ある日、キールは家のドアを体当たりで壊したんです。そして私は罰を与えました……」
「……ほんとに何の話ですか?」
「それが散歩時間の短縮……土日は二時間以上散歩に行っているとはいえ、超大型犬のキールには辛い仕打ち。二日でやめて、その代わりギッチリと教え込んだんです」
「……え、質問とか受け付けない方式なんですか?」
ラファエロが何かいっているが、私はぐっと拳を作ることを優先する。
「ドアを壊すヤツは許さない、と!私の躾けの賜物か、キールはそれ以来ドアを壊していません!」
「あれは本当にヤバかった」と、キールはラファエロの首元を掴んだままで頷いている。
その時の躾けのことを思い出したのか、白い肌が少し青ざめているように見える。
ヨルイロが目を丸くして固まっている姿が視界の端に見えたが、何故そんな顔をしているのかわからなかったのでスルーすることにした。
「……つまり……何ですか?俺の弟は、次期大魔王は……犬の姿になって……魔力を貯めていたってことですか?」
「大魔王様……犬……?そ、それで……人間ごときが、飼ってた……大魔王様を?」
呆然としたままのふたりがポツリポツリと言葉を漏らす。
実は私はまだよくわかっていないんだけれど。
「とにかく、キールは私の犬ですよ」
キールは私の犬だし、そのキールが大魔王様だというのであれば、私は大魔王様の飼い主だ。
さらりと私がそう宣言すると、ラファエロとヨルイロと、そして何故かキールまでが顔色を変えた。
「俺様はもうテメェの犬じゃねぇよ!」
「そんなことないと思うけど……あっ」
「馬鹿ですね、キール!次はこうはいきませんよ!」
キールが私に気を取られた隙にをついて、ラファエロがありがちなセリフを吐いて逃げ出す。
白い煙に包まれてコウモリの姿に変わったヨルイロがそれに続き、ふたりは脱兎のごとく部屋から飛び出していった。
よし、こういう時こそ……
ずっと訓練していたアレを出すとき。
「キール」
私は短く愛犬の名を呼び、逃げていくラファエロの背中を指差す。
「ゴー!」
「わん!」
その号令と共にキールが弾かれたように駆け出し、ラファエロに飛びかかっていった。
後ろから飛びかかられて、あっという間にラファエロは床に組み敷かれる。
「なっ!?どんな攻撃ですか!これ!」
「ドアと窓ガラスの弁償が済んでなかったから……」
「いま、そういうことじゃなくて!お前が『ゴー』っていったらキールフィンが……えっ!?」
ああ、そっち。
まだ状況が把握できてないのか、焦るラファエロ。
そんな愛犬の兄に向かって、うちの子自慢をするくらいの気持ちで、私は告げる。
「警察犬が犯人を捕まえら訓練を見て、キールと一緒に見よう見まねで特訓したやつです」
「うちの弟に何て芸を仕込んでるんですかっ!!」
ラファエロの絶叫が響く中、兄を組み敷いたままのキールは「身体が勝手に……」と頭を抱えていたのだった。
◆◆◆◆◆
我が家のリビング。
四人掛けのテーブルは満員。
私、隣にキール。
私の前にラファエロ、その隣にヒトの姿に戻ったヨルイロ。
「ヒトのような下等生物のサルが淹れたお茶なんて、俺が飲むと思ってるんですか」
と、いうラファエロの宣言により、彼の前にだけお茶がない。
仲間はずれのようになっているが、本人が飲みたくないといっているんだから仕方ない。
まさかヨルイロまでお茶を飲むなんて思ってもいなかったのか、ラファエロは何か言いたげにヨルイロを見つめていた。
「それで、えっと……」
「わかっていますよ」
ラファエロがヒビの入ったメガネを押し上げる。
「我らが一体何者なのか……どうして犬の姿をしていたのか、何故襲いかかったのか……それを知りたいというのでしょう?」
「あ、いえ。そうじゃなくて」
「え……」
「ドアと窓をいつまでもあの状態ではいれないので、いつ弁償してくれるのかなって」
ちなみにラファエロとヨルイロ本人達の手により、すでにドアと窓は仮として段ボールで塞がれている。
この流れで弁償の話をするのは当然だと思ったのに、何故かヨルイロはやっぱり目を丸くして、ラファエロは言葉を失っていた。
「…………俺が窓まで弁償するんですか?」
「え、だってヨルイロさんはラファエロさんの使い魔?なんだよね」
「…………ヨルイロ!魔法でさっさと直してきなさい!」
「はい!ラファエロ様!」
なんだ……魔法で直せるなら最初から直してくれたらいいのに。
リビングから駆け出して行ったヨルイロを眺めながら、私は紅茶をすすった。
「魔法で直せるなんて便利だね」
「!そうでしょう!そうでしょうとも!我らが何者か気になりますよね!」
「大魔王様とそのお兄さんと使い魔でしょ」
「いえ、そうじゃなくて!そうですけど!何でそうすんなりと受け入れちゃうんですか!?」
「朝、目を覚ましたら人食いと評判の部族の生贄になっていた時はさすがに受け止められなかったけど、たかが魔界の大魔王とそのお兄さんと使い魔でしょ?」
そういうこともあるよね。
キールとラファエロが何故かため息をついた。