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大魔王様は櫻田さんの犬!  作者: 秋実リョウ
3/11

愛犬の兄に乗り込まれています

「呼んでもねぇのにお迎えたぁ、ありがてぇなぁ!お兄様」


 ギャハハ、とキールが笑う。


「可愛い弟のためです、気にしなくていいんですよ」


 ふふふ、とキールのお兄さんが笑う。


(今日は金曜日だから明日はお休みかぁ)


 そして私は、そっと早寝を諦める。

 日が変わる前に寝たかったんだけど。


 なんとか頰から手を離してもらえたのはよかったものの、キールとキールのお兄さん……

 確かラファエロだっけ……ラファエロと、さっきからそうやって対峙したまま動かない。


 ただし口だけはこうして、お互いを挑発し合っている。

 動くタイミングを計っている、ってやつなのだろう。よくわからないけど。


 ピリピリとした空気が、弟の部屋に冷たい風と共に充満して……ん?冷たい風?

 ちょっと待って。


「ねぇ、キール」

「ちょっとは空気を読みやがれ、人間!今はそれどころじゃねぇんだよ!」


 あることが気がかりで、私はキールの腕を後ろからつつく。

 後ろを振り返ることなくキールはそう言い捨て、赤い目でラファエロを睨みつけた。


 凄く大事な局面だ。

 けれど私だって一大事。

 もう一度ツンツンとキールをつつく。


「悪いんだけど、急用なの」

「…………」

「そこ通してくれる?」

「…………」

「無視しないで」

「………うっせぇんだよ!人間ごときが!」

「キールフィン!」


 無視を決め込んでいたキールが私を振り返った瞬間、ラファエロが短くそう叫ぶと胸元のブローチから真っ赤な剣を取り出した。

 そしてその真っ赤な剣を振りかぶり、キールに襲いかかる。


 しかし剣がキールの頭上に落ちてくるよりも早く、キールも剣を取り出していた。

 手首につけたブローチのようなものから取り出した、真っ黒で巨大な剣でラファエロの剣を受け止める。


「俺に隙を見せるとは!お前も落ちぶれたものですね!」

「クソが!テメェごときが俺様に敵うと思ってんのかゴミ野郎!ハンデだよ、ハンデ!」

「アハハハ!大魔王様!もしかして、その女のことを守りたいんですか〜?」

「ンなわけねぇだろ!目が腐ってんじゃねぇのか!?お兄様!」


 キールは私を守るように剣を振るう。

 巨大な剣は、剣というよりもむしろ盾のようだ。

 主人のいない部屋には金属がぶつかり合う、キンキンとした音が響く。


 本来ならば私は、この場面で悲鳴をあげなければいけない、のかもしれない、知らないけれど、とにかく、そんなことよりも。


「はいごめんね、失礼します」


 白熱する兄弟喧嘩を尻目に、私はさっさと部屋を抜け出た。

 さっきまではキールとラファエロが対面していたせいで部屋から出ることもできなかったのだ、退いてほしいと頼みたかったのにキールには無視されたし。


 部屋を抜け出た私は「あること」を確認し、予想通りだったと嘆いてからまた部屋に戻る。

 部屋を出てすぐには確かに聞こえていた金属音が聞こえなくなっているから、兄弟喧嘩は終わったのだろう。

 少し早い気がしたが、そんなこともあるのかもしれない。


「あああ、ラファエロ様!」


 弟の部屋の近くまで来た時、冷たい風と一緒に聞き覚えのない声が運ばれてくる。

 嘆いているような、怯えているような声。


 また誰かが来たのか、そしてこの冷たい風って……

 嫌な予感を抱きながら、私は弟の部屋を覗いた。


「で、だーーーれが俺様に敵うって?なぁ?お兄様?」


 鋭く尖った歯を見せて笑いながら、キールはラファエロの首を掴んで持ち上げていた。

 キールの身長はラファエロよりも高いらしい、木のような腕に掴まれて、ラファエロのつま先は床についていない。


「さす、が。大魔王、様っ」


 真っ赤な剣はすでに床に落ち、マントは切り裂かれ、ボロボロになったラファエロはそれでも笑う。

 キールが少しでも力を入れると、ラファエロの首はもっと締まってこのままでは死んでしまうだろう。

 そうじゃなくとも既にラファエロの顔は真っ赤なのに。


「キールフィン様!大魔王様!どうか、どうか……!」


 そしてそんなキールの足元にすがりつく、真っ黒い影。

 よく見るとそれは真っ黒な髪を三つ編みにした男性で、私が知らない第三者のようだ。

 さっきの声はこの人の声かぁ、と思いつつ、私は部屋を見渡す。


 冷たい風。

 見知らぬ第三者。

 ああ、やっぱり。


「ギャハハ!こんなゴミクズの使い魔になってテメェには同情するぜ、ヨルイロ!俺様の使い魔になってればよかったのによぉ!」

「くっ!ヨルイロ、お前だけはっに、げろ」

「大魔王様!ラファエロ様、命だけ!お助けを!どうか!」

「ねぇところで。窓ガラスを割ったのは誰?」

「えっ?」


 私の声に、全員の動きが止まる。

 私はス、と窓を指差した。

 窓ガラスは割れている、ものの見事に。


 冷たい風。

 見知らぬ第三者。


 私が部屋を抜け出して確認しに行ったのは玄関だった。

 ということはつまり、あの第三者は玄関から入ってきたのではないことは確実で、そして何故か窓が割れている。

 私が部屋を出る前には割れていなかった窓が。割れている。


「あの窓ガラス。割ったのは、誰?」

「…………」

「誰なの?」

「…………あ、自分です」


 キールの足元にすがりついていた男性が、困惑しながらも手をあげる。

 細い目、小さな鼻と口。三つ編み。頭の先からつま先まで真っ黒な服。

 アメコミ映画スターのようなキールや、執事のようなラファエロとはまた違う。アサシンのような雰囲気。


 なるほど。

 やっぱり窓を破ったのは見知らぬアサシンか。


「それで名前は?私は櫻田ナイです」

「え、あ、自分、ヨルイロです」


 名前を尋ねるにはまず自分から。

 さらりと私が名乗ると、アサシンはその空気に流されたのか同じくさらりと名前を告げる。

 そんな私達を呆然と眺めているばかりだったキールが、慌てて叫んだ。


「待て!何の話だよ!今こっちは重要な話をしてんだよ!見てわかんねぇのか、この人間ごと……」

「私の家の窓が壊されて、全然知らない人に不法侵入されているんだけど、兄弟喧嘩とどっちが優先されるべきだと思う?」

「は、はぁ!?これが、きょ、兄弟喧嘩!?テメェの目ん玉は一体どうなってんだよ!これはどう見たって殺し合い……」

「しかもあなたが掴んでいるそのお兄さん、我が家のドアを壊した疑いがあるんだけど」

「はぁ?ドア?」

「そう。今確認しに行ってきたの」

「マジか……ドア壊したのかお前」


 「ドアが壊された」と聞いて、キールが途端に慌て出す。

 そんな弟の姿に、ラファエロはまさにビックリといった感じで口を開けたまま私とキールを交互に眺める。

 全てを察したらしいキールに、私もうんと頷いた。


「さっきあなたのお兄さんが部屋に入って来た時、冷たい風を感じてね。確認しにいったら、そりゃもう見事なくらいにドアが壊れてた」

「お前、マジか?マジでドア壊したのか?」


 キールはラファエロを床におろし、ガクガクと前後に揺さぶる。

 何とか息を吸うことができたラファエロは揺さぶられながらも、答えた。


「そ、それが何だっていうんですか!確かに俺はドアを壊した!人間ごときがドアに鍵をかけるなんて生意気ですよ!なんていったって俺はラファエロ・M・ド……」

「このゴミ野郎!ドアを壊したら!一週間散歩が五分短縮されんだよ!!」

「………………何いってるんです、あなた?」

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