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大魔王様は櫻田さんの犬!  作者: 秋実リョウ
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愛犬がヒトになりました

 人生とは時に不思議なことが起こる。


 例えば曲がり道でぶつかった相手が転校生だった、とか。

 幼馴染みが世界の命運の鍵を握っている、とか。


 そう考えると、私の身に起こったことも大したものではないのかもしれない。

 だって。そう。

 飼っていた犬がヒトの姿になるなんて。


「もしかしたらよくあることなのかも」

「よくあってたまるか!」


 私の目の前で、元犬、現ヒトの姿をしたキールが思いっきり叫んだ。

 濡れた銀髪から水が飛び散って、私の顔に当たる。

 どうやら私は不思議なことに巻き込まれてしまったらしい、と映画スターのような外見になってしまったカワイイ愛犬が叫んでいる様を、ぼんやりと見つめながらそう思った。



◆◆◆◆◆



 櫻田ナイ、十七歳。

 昔から「何もないナイ」とか、「いないいないナイ!」とかからかわれてきた名前だけれど、自分では別に嫌いではない。むしろ好き。

 母は幼い頃に亡くなり、父は仕事の関係でほとんど家におらず、1つ年下の弟は寮のある高校に進学したためほとんど独り暮らし。


 そんな私と愛犬キールが出会ったのは三年前、私が十四歳の頃。

 雨が降る満月の夜、私とキールは出会った。


 白に近い銀髪。

 一見するとオオカミのような、もしくはクマのような、どデカイ図体。

 そして真っ赤な瞳。


 最初に思ったのは「デカイ」。

 そして次に思ったのが「カワイイ」。

 私はデカくてもふもふとしたものが大好きなのだ。


 腹ペコだったらしく、私がコンビニで買った袋に飛びついて貪り食うそのどデカイ犬を観察し、首輪がついていなかったので連れ帰った。

 当時は一緒に暮らしていた弟はキールを見て「姉さん、シロクマを拾ってきたの」といってたっけ。


 びしょ濡れのキールをお風呂に入れて、首輪をつけて、警察に届けて、保健所にも連絡して、名前をつけて、数ヶ月「迷い犬」の貼り紙もして―――結局、誰からも連絡がなかったのでキールは私の犬となった。

 そして今も私とキールは一緒に暮らしている。


 そんな私の可愛いキールが、だ。


「まさかお風呂に入れたらヒトになるなんて思わなかったなぁ。ところでヒトになっても、ご飯はドッグフードで大丈夫?」

「呑気だなぁ、アンタ!?」


 一般的な一軒家である櫻田家。

 そのリビングのテーブルにて、私とヒトバージョンキールは向かい合って座っていた。

 のんびりと紅茶なんて飲みながら昔のことを思い出していた私がつぶやくと、険しい顔をしていたキールが叫ぶ。


「大体なんだ!?突然、愛犬が人間になったんだぞ!?それなのになーーにが紅茶だ!」

「ああ、ごめんね。コーヒーの方がよかった?」

「そういうこといってんじゃねぇよ!」


 バン!と、キールがテーブルを叩く。

 私の顔くらいはありそうな大きな手。


 犬バージョンのときも散歩に出かける度に、やれシロクマだ、オオカミだと騒がれたくらいの規定外の大きさだったキール。

 ヒトになってもその大きさは健在で、ザッとみて百九十はありそうだ。

 私が百六十ないくらいなので三十センチは違う。

 そのせいかリビングに入るときに頭をぶつけていた(沽券にかかわると思い、何もつっこまなかった)。


 しかもとにかくガタイがいい。

 アメコミヒーローかと問いたくなるくらいの筋肉。リンゴなんて確実に握りつぶせるだろうし、ペットボトルの蓋を開けてと頼んだらペットボトルごと握りつぶしてしまいそう。


「ペットボトルの蓋を開けてくれるのは助かるけど、飲む前に潰されたら困るかも」

「ちょっと待て、何の話だ!?聞いてなかったのかよ!?」

「何か話してたの?」


 顔をしかめるキールに逆に尋ねると、元愛犬は形の良い眉を思いっきりへの字にした。


「この状況で紅茶を飲めるお前の度胸はどうなってんだ!って言ってたんだよ!」

「ああ、確かにこういう状況ではコーヒーの方がよかったかもしれないね」

「だからそういう話じゃねぇよ!わざとやってんのか、テメェ!」

「でも私、コーヒーはちょっと苦手で」

「いいから、ちょっと黙れ!」


 黙れといわれたからには口を閉ざし、私は紅茶を一口飲んだ。

 キールは何か困ったことがあったのか、銀髪を抱えている。


 それにしても、綺麗だな。

 ヒトバージョンのキールを見ながら、私は素直にそう思う。

 映画スターのようだ、と思ったのはウソではない。だって。


 どう見ても日本人とは違う、ハッキリとした目鼻立ちに深い彫り。

 イケメンというよりはハンサムというか、野生的というか、野獣というか、シロクマというか、オオカミというか。


 こんな何でもない一軒家に、こんな海外の映画スターのような人がいるのは違和感がある。

 不思議なことが起こるものだ、と私は茶請けにと自分で出したクッキーを頬張った。


「……そうだ、これをいうことを忘れていた。そのせいだ、そうじゃないと考えられない……犬がヒトになったっていうのに、こんなノーリアクション……ありえない」


 ブツブツとキールがいっている。

 疲れているのかな、と私は聞こえていないふりをしてあげる。


 バン!

 今度はテーブルを叩いたのではない、勢いよくキールが立ち上がったのだ。

 さっきの大音量はイスが後ろに倒れた音。


 私はキールを見上げた。

 ただでさえ身長差があるのに、座っている私と立っているキール。まるで巨人だ。


「耳をかっぽじってよく聞け!人間!そして畏れおののけ!」


 ごくり、と私はクッキーを飲み込む。


「我が名はキールフィン・A・ド・ビル!犬の姿は仮の姿!真の姿は魔界からやってきた次代の大魔王様だ!」


 ヒャーハハハハハ!とキールが笑う。

 大声で。

 真夜中に近い時間だっていうのに。


 ふう、と私は息を吐いた。


「キール、おすわり」

「わん!」


 仁王立ちしながら高笑いしていたキールが、私の声に反応して瞬時に床にしゃがみ込んだ。

 キールの口から「えっ」と小さな声が漏れる。

 しかし関係ない。私は続ける。


「真夜中に遠吠えはダメ。ご近所迷惑でしょ」

「と、遠吠えじゃねぇ!ていうか、何で、お、おすわり……!?俺、ええっ!?何でだ!?」


 しゃがんだまま頭を抱えるキールは、そのまま叫んだ。大声で。


「俺は犬じゃねぇーー!」


 だからもう、ご近所迷惑だっていってるのに。

 明日お詫びをしなくちゃ、と思いながら私はもう一度告げる。


「キール、うるさい。伏せ」

「わん!じゃねぇ!やめろ人間!!」

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