20-白い空間で
気が付くと、わたしは白で塗りつぶされた空間にいました。何もない空間でした。そもそも視界がすべて白で覆われているため、奥行きがあるのかもよくわかりません。空間ですらないのかもしれません。
少しの間、果てしなく続く白を眺めていたのですが、違和感を感じました。
「か、体がない……?」
そうです。わたしの体がないのです。通常、人は自分の視界にはどこかしら自分の体の一部が映し出されています。試しに自分の視界を確認してみてください。どこを向いても自分の鼻だけは必ず写るはずです。しかし、今のわたしにはそれすらも視界には入ってきません。下を向いても有るはずの体がいっさい見えないのです。
予期せぬ事態に混乱していると、
「やぁ、気が付いたようだね」
どこからか声が聞こえました。
わたしは辺りを見まわしますが、声の主らしき物体は確認できませんでした。そもそも体がないので見回すという行為ができているかも疑問ですが、見回しているという感覚は有るのです。不思議なものです。
話がそれましたが、誰かがいる様子ありません。
「イメージして。僕の姿を描写することで見えるようになるはずだよ」
またどこからともなく声が聞こえました。
イメージする? 描写? 唐突な言葉にわたしは困惑しています。
いったい何のことを言っているのでしょうか。さっぱりわかりません。
沈黙を続けて、と受け取ったのか、声の主はさらに言葉を続けます。
「僕はどんな形をしている? 色は? 服装は? 言葉にして」
クイズなのでしょうか。わたしは尋ねました。
「クイズなの? そんなの急に言われてもわからないよ、ヒントとかないの?」
そもそもここはどこで、あなたは誰なんだろう。問いに答えないと出られない場所なのでしょうか。確か似たようなのはどこかの小説で読んだことがあります。タイトルは思い出せませんが。
「これは別に答えがあるものじゃないんだよ。別になんだっていいんだよ。人でも動物でも無機物でも。君がイメージして描写したモノが僕になるだけでそれは本質じゃない」
わたしはさらに混乱しました。いきなりの出来事に頭がついていきません。この人の言いたいことがいまいちつかめません。
そもそもわたしは誰なのでしょう? 何でここにいるのです? 素朴な疑問が頭の中を駆けめぐります。
しかしそれに対する答えは得られません。なぜならその記憶がないから。
黙っていても仕方がないのでいままでの疑問をすべて声の主に投げつけました。
「ねぇ、ここはどこなの? あなたはだれ? あとわたしのからだがないんだけど……」
声に出してみれば、かなり変な状況だと言うことが解ります。
体がないんだけどとか、普通に生きていて使う言葉なのでしょうか。
体がなくても意識はあるし自分というモノを感じられる。我思う故に我あり的な。あれは確か、あらゆるモノの存在を疑ったとしても、何かを疑う存在は確実にある。というモノだったはず。
「混乱しているようだね。これじゃ話が進まないから、先にこの世界の説明だけしておくね。この世界は君が創造して描写して初めて形が与えられる。いわば君は神様なわけ」
わたしの混乱具合が通じたのか、声の主は説明してくれた。ありがとうでも全然解決していないんだ。むしろ悪化したみたいな。
「体がないのは君がイメージしてないから、形がないのは君も例外じゃない。君という存在は有ることは確かだけどね」
相変わらず訳の分からないことを声の主は続けるのですが、正直あまり頭に入ってこないです。哲学はあまり詳しくないわたしはどうしていいのか解らず呆然としてしまいます。
しばらく沈黙が続きました。そういえばここは雑音すらもないんですね。普通は微小なりとも音は聞こえるはずなのですが、ここではいっさいないです。吸音材をこれまでもかと敷き詰めた部屋のように無音です。頭おかしくなりそう。ただこのまま黙っていても話は進まなそうなので、何か言いましょう。
「ねえ、神様ってなに。あっ、意味は分かるんだけどさ。もし私が神様なら何をすればいいの?」
せっかくなので一番頭に残ったワードを返しました。新世界の神になるとかいうあれでしょうか。でもここにはわたしと彼? 以外居ないですが。
「ここではイメージされず描写されないモノは形を持たないし、存在もできない。まぁ僕の存在は例外だけど。それ以外は君が自由に想像できるんだ。だから人の世界でいう神様と同じ。ただ、何をしてもいい。世界を作って眺めるだけでもいいし、手を加えてもいい」
うーん、さらに疑問が増えました。
「よくわからないけど、ここは何なの? なんでわたしはここにいるの? あなたは誰?」
「その質問に答えるのは後にして、そろそろイメージしてもらえるかな。声だけだと何も進まないし。この世界の役割から見ても意味がない」
ちょっといらついたような感じで、声が響く。いらついているのはわたしもなんだけど。
「このまま描写もせずに会話しているだけだと何もないし、描写しくれないかな」
「どうやって描写したらいいの?」
「君はそれを知っていると思うけど?まぁ、最初だからしかたがないか。じゃぁ僕が質問していくからそれに答えてくれる?君はイメージしなければならない。体がなければ不便だから動作もできない。ではまず君の体をイメージすることから始めよう」
そういうと質問をいくつも問いかけられたので、それに答えていく。
「男性? 女性?」
「えっと、女性」
「君の年齢は? 身長は? 体重は?」
「高校生くらいで、155 cmくらい、……48 kgくらい」
「髪は、顔は、目は?」
「黒い髪でストレート、長さは肩くらいまで。顔立ちはまだ幼さを残した平均的な日本人顔。クリクリとした黒い瞳」
どんどんと矢継ぎ早に問いが投げかけられている。
そしてわたしがイメージして答えてると何もない空間にわたしが現れる。何もない空間からどんどん私が出てくる。裸で。
「えっ何で全裸!?」
「だって服をイメージしてないでしょ。じゃあいくよ 服装は?帽子は?靴は?」
「白いワンピース。麦わら帽子。裸足」
また質問が飛んでくるので、それにこたえて描写すると、服が現れた。よかった。
そして改めてくりくりとした目でわたしの姿を見てみる。手もあるし腕もある。鏡がないから顔は解らないが自分が創造して描写したとおりなのだろう。わたし、白いワンピースに麦わら帽子。どこかの浜辺に居そうな恰好。
「一応それで君の完成。どう? 少しは落ち着いた? 落ち着いたなら次は僕を描写してほしいんだけど」
さっきよりも冷静になったわたしは、それに応じる。なので、逆に質問を投げかけてみる。
「あなたは何なの?」
「この世界の説明役であり、君をこの世界の使い方を教える道案内人ってところかな。君にとってのその役割を持った姿をイメージすればいい。さっきも言ったけど別に答えなんてないよ。さあ僕は何?」
その言葉をきっかけに、わたしのなかで、色々とイメージが湧き出ては消えていき、形になっていきます。
そして、イメージが固まった後に目を開けると、そこには灰色のウサギのぬいぐるみがいました。チョッキを着たウサギ。シルクハットと蝶ネクタイがチャームポイント。木でできたカギ型のステッキを持っている。懐中時計が胸元でゆれているのがとてもおしゃれです。かわいい。
こんな不思議な空間の案内人と言われたら、不思議の国のアリスのウサギが思い浮かびました。そこから自分好みに想像した結果がこれです。
ウサギさんはしばらく自分の姿を眺めてました。
「うさぎ? やたらファンタジーっぽいね。まぁそれが僕のイメージってわけだ。まぁこれからよろしく」
そういうとウサギは小さな手をこちらに向けてきました。握手のお誘いでしょうか、こちらも手を差し出します。
「こちらこそよろしく。小さな案内人さん」
と言って、ぬいぐるみの小さな手を握りました。
「それで、ここで私は何をすればいいのかしら」
「それはまたおいおい、今回はここまでだね」
いったん完結。




