17-手紙
はらりと、1通の手紙が床に落ちる。
落ちた手紙の表には、『ちいちゃんへ』と汚いが、なんとも愛嬌のある文体で書かれていた。
「こんなところにあったのか、なつかしいな」
私は整理中のアルバムを床に置き、代わりにその手紙を拾う。
そして私はそのへたくそな字で書かれた『ちいちゃん』という文字を見つめた。まるで、自分の宝物を見るように。
私がちいちゃんに初めて会ったのは、今から20年ほど前のこと、小学校に上がる前の事だったと記憶している。
当時、私は珍しい病気にかかっていた。病名は長くて思い出せないけれど、確か、どこかのヒーローの必殺技のような名前だった。その検査のため、地元では有名な大学病院に入院していた。別段、命にかかわる病気ではなく、症例が珍しいので研究のために入院していたらしい。ここら辺は後から聞いた話で、その当時の私はあまり理解していなかったのだが。とにかくその病院内で、私とちいちゃんは出会った。
「えーん、えーん!」
院内学級に子供の泣く声が響き渡る。またか、と私は思った。その頃の私は他の子供よりも早熟しており、いっぱしの大人気どりだった。子供ながら背伸びするのが好きなお年頃。泣くという行為を嗜まない、むしろ嫌悪している私にとって、泣く子供は一種の騒音源でしかなかった。
そんな子供たちをあやすのは、看護婦でもお医者さんでも保護者でもなく、私より少し年上の少女、ちいちゃんだった。
「よしよし、大丈夫、怖くないよー」
そう言って、ちいちゃんは泣いている子供を抱き締める。そうすると不思議と泣きやんでしまう。
「えらいねー、おねいちゃんと一緒にあそぼっか?」
「うん」
ちいちゃんと子供は遊び始める、そこに他の子供たちが加わり輪が広がっていく。ちいちゃんは人気者だった。いつも笑顔で元気な姿はみんなを明るくさせる。病院という空間は気分を沈滞させやすいのでそういう人物は珍しい。
でも、ちいちゃんにはある秘密があった。それは病室が一緒な私だけが知っていた。
泣くのだ。普段は明るくて元気な彼女なのだが、夜になると、ひっそりと泣くのである。誰にも聞かせたくないように、布団にくるまり泣くのだ。その姿と普段見慣れてる姿に私は戸惑った。なんて声をかければいいのかわからなかった。
結局声をかけられないまま私は退院し、日常生活に戻った。しかし私はちいちゃんのことが気になって手紙を書いた。大人っぽく書こうと、辞書を本棚から引っ張り出して描いた。散らかしすぎて怒られたのは今でも覚えている。
完成してポストへ放り込んだので、私はずっとそわそわしていた、郵便配達のバイクの音がするたびに郵便受けに見に行った。ちいちゃんから手紙が来てないと知っては落ち込んでいた。
そうして幾日かたったとき手紙が届いた。ちいちゃんのではなく、私が出したものだった。その頃の私は名前を書けば手紙が届くと思い込んでいた。当然名前だけでは届かない。手紙の裏に自分の住所を書いていたのでかろうじて返ってきたのだった。
残されたのは1通の手紙。私は普段の背伸びをやめて等身大の子供として泣いた。泣きわめいた。今思うととても恥ずかしいくらい泣いていたと思う。何事かと近所の人が集まっていたので相当なものだったようだ。
「ちょっと! ぜんぜん片付いてないじゃない!? なにしてんのよー」
とあの頃を思い返していると、後ろから声が聞こえた。私の妻だった。
「もう、引っ越しまで時間がないのよ、わかってる」
「あぁ、ごめんね、はいこれ、プレゼント」
そういって私はその手紙をちいちゃんに渡す。彼女はその手紙を読んで満面の笑みを浮かべてこういった。
「ありがと」
なんか消化不良。恋愛ものはむつかしい……




