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勇者と精霊

小動物は胸元から出てきたように見えたが、実際は俺が首にかけているペンダントのようなものから出てきていた。

緑色の縦長の宝石がはめ込まれている。美しい。


小動物の正体はリスだった。

隠しきれないほど大きな尻尾が特徴的だ。

大きいと言っても、体のサイズに比べて、という話だ。

実際は俺の手のひらレベルだ。


「お前…」


リスは俺の肩に乗って、当然の如く座っていた。

な、なんて可愛らしいんだ…。


「僕はプッチ。君の精霊さ」

「はい?」

「君の名前はネロだよ、覚えておいたほうがいいよ」


何を言っているのかいまいちわからない。

というか俺が転生した勇者というのは、元々この世界にいた存在なのかもしれない。

でなければさっきの男が俺を見ただけで反応を示す筈がない。


「俺はネロなんて名前じゃないぞ?」

「むむ?じゃあ名前はなんていうの?」

「俺の名前は…」


…あれ、なんだっけ?

なぜだか知らんが、名前が全く思い出せない。

名字すらも思い出せない、なんだっけ?


「ほらね、思い出せないでしょ!」

「どういうことだ…」

「君はもうこっち側の世界の人間だからさ。君は今日からこの勇者ネロなのさ」


中身だけが入れ替わったということか。

転生だな、本当に。


「あーそれよりリスカス!」

「僕はプッチだよ〜」

「プッチ!この…勇者ネロって奴は一体何をしでかしたんだ?」

「しでかした?…魔王の一角を倒したのさ」

「そのあとだ!」


魔王を倒したことも隅に置けない事実ではあるが、今はそれよりも気になることがあった。

なぜ男が本来尊重されるべき勇者という存在を忌み嫌うような態度をとったのかということだ。


「そのあとは、改革だァーって言って色々やってたみたいだね。僕はやめた方がいいと思ったんだけどね〜」

「じゃあなんで言わないんだよ!」

「精霊は主の判断に逆らっちゃいけないっていうのが鉄則なのさ。だから僕は見ていることしか出来なかったのさ」


くっ、なんだか腹が立つ。


「じゃあなんで俺は今この身体に?」

「さすがの僕も勇者という存在が人々からの信頼を失くすっていうのは見過ごせなくなってね…こっそり異世界の君とネロの中身を入れ替えたのさ」

「そんなことができるのか」

「簡単には出来ないさ。何日もかけて準備をしていたしね」


この話の流れだと物凄く嫌な予感しかしない。


「精霊が勇者につくことは掟の一つで、僕はネロについた。まあ僕に見る目が無かったってことが一番悪いんだけどね〜」

「お前、まさかとは思うが…俺はこの世界でネロとして生きていかなくちゃいけないのか?」

「当然さ〜。ネロのお尻拭きは君の仕事だよ」

「尻拭いな!」


これは本当にマズイことになった。

もっとまともな勇者であれば喜んで引き受けていたが、こうも信頼性の無い勇者だとリスクが高すぎるぜ。


「…国の奴らに謝ればいいんじゃねえのか?土下座でもして詫びれば許してもらえるかもしれねえぞ?」

「それは無理さ」

「なんでだよ!取り返しのつかないことでもしたのかよ」

「したさ。君がさっき出会った男が知らなかっただけで、君は取り返しのつかないことをしている。それはお金にも食べ物にも命にも代えられないことさ…」

「命にもって…俺は一体何を…」

「これ以上教えると掟違反になっちゃうんだ、ごめんね」


急に怖くなってきて、嫌な汗が噴き出してきた。

俺が思っている以上に、この勇者ネロはクズなのかもしれない。

人でも殺したのか?いや、プッチの言い方だともっとタチが悪そうだ。


「じょ、冗談じゃねえ。なんで俺がそんな奴の尻拭いしなきゃいけねえんだ。掟違反?そんなの知るか!」


俺はプッチを掴み、思い切り投げてやった。

プッチは体を宙に浮かせて体勢を立て直す。

俺はプッチに背を向け、街の方へと歩を進めた。


「待ちなよネロ〜」


プッチの声には耳を貸さない。

俺一人で謝ってやれば済む話だ。

後ろ指さされて生きる勇者などに、成りたくはない。


その時、俺は足を止めた。

胸を押さえる。

痛い、痛い、痛い…!

急に胸のあたりが痛み出した。

ペンダントがドス黒い光を帯びているのが分かった。

心臓を握られるような痛みが襲い、俺はその場に倒れこんだ…


しかしすぐに痛みは引いた。

呼吸を整える。

俺の目の前に、プッチが舞い降りた。


「勇者が精霊から離れられると思わないほうがいいよ〜」

「はぁ、はぁ、はぁ……どういうことだ?」

「勇者と精霊の関係さ。この二つが契約を結んだ瞬間から、勇者は精霊の"力"の源になり、精霊は勇者の"命"の源になるのさ」

「命…」

「そ、だから君が僕から離れると、勇者精霊間の繋がりが薄れて、君は死ぬことになる。僕は力を失うだけで済むけどね。精霊は死なないから」


不都合なことばかりだ。

街より東に進めば煙たがられ、逃げようとすれば命を落とす。

俺には選択権が無いと言っているようなものではないか。


「僕は本当に君が大事なんだ。勇者が大事なんだ。だから僕は君の味方だ。それは忘れないでほしいな」

「俺はこれからどうすればいいんだ?」

「やることはいくらでもある。でも決めるのは君だ。僕はついていくまでだよ」


俺は膝を立てて立ち上がった。

逆境からのスタートなど同情の余地も無いが、慣れていないわけじゃ無い。

やってやる。


「プッチ、俺についてこい。俺はやってやるぞ」

「本当?」

「ああ。だが俺がするのはネロの尻拭いなんかじゃねえ。俺は俺のしたいことをする」

「構わない。僕は君についていくよ」


俺はそのまま、西の方へと歩を進めた。

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