渾身のドロップキック
信じがたい、いやまさか。
そう何度も疑ってかかり、何度も目を擦り続けた。
強く強く擦り続けたが、目の前の景色は変わらなかった。
これは夢ではない。
と、いうことは…。
「異世界転生!」
思わず口に出し、喜びを噛み締める。
念願の異世界転生がまさか現実のものになるとは。
アニメにまで見た、小説にまで見た、夢にまで見た異世界転生だ。
そしてさらなる事実が、おれのテンションをさらに上げた。
背中に剣を背負っているのだ。
柄を握って抜いてみると、銀色に輝くやや厚めの刀身が目に入った。
柄も鍔もセンスがあって格好良いではないか。
そして服装も、他の凡人と比べて明らかに強そうだった。
まだこっちに来てから人を見てないからなんとも言えないのだが…。
しかし心配はいらない。
人になら今すぐにでも会えそうだ。
理由は簡単だ、おれの眼前には今、街がある。
壁に囲まれた街で、多分円状だろう。
俺は今はその街の外にいるわけだが、中に入れば人に会えるだろう。
まだ太陽も真上にあって絶好調ってな感じだから、時間帯的には問題ない。
あとは俺のコミュニケーション能力の問題だが、その点も大して問題はない。
俺はコミュニケーションに関しては得意だからな。
「お前…!」
突然背後から男の声がした。
振り向いて見てみると、何やら俺を見て顔色を変えているおっさんがいた。
畑仕事帰りなのか、手一杯に持っていた芋のようなものをボロボロとこぼしていた。
「おい、芋がこぼれ落ちてるぞ」
「ゆ、勇者…」
その言葉に俺の耳は反応しないわけにはいかなかった。
「勇者?…俺のことか?」
「…ああ」
ナニコノスゴイテンカイ!
興奮しか覚えないな。
元の世界で大した才能もなかった俺は誰からも慕われることなどなかった。
何をしても中途半端で、凡人の中の凡人だった。
そんな俺が勇者となったわけだから、それはもうテンションも上がりますよ。
勇者と言えば、英雄、尊敬、崇拝、最強…色々な単語が連想される。
「いやぁ、勇者なんだねぇ〜、俺」
「ああそうさ…お前は勇者……六魔王の一人を討伐し、この国に帰ってきた…」
六魔王!?
やっぱり俺ってすごいのか。
「その後、暴飲暴食を重ね…庶民に対する態度は豹変、度重なる重税、女への接近、国王への無礼……遂には庶民に手を出し傷を負わせた。そんなこんなで今や事実上国を追われた身となった……偽勇者が!!!」
えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!
黙って聞いてた俺が馬鹿だったのかもしれないが、思わず聞き込んでしまったわ!
なんだその黒歴史!
「お前はあの街より東に足を踏み入れるのは禁じられている筈だろう!?」
「は?そうなの?」
「惚けるな!…すぐにでも騎士団を呼んでやってもいいんだぞ!?」
騎士団?
何やら強そうな単語が出てきた。
正直俺は勇者だから、騎士団なんて実際相手にはならないだろう。
だがここは一旦状況整理ということで、身を引こうじゃないか。
「わ、分かった俺が悪かったよ」
俺はそのまま街とは逆方向に後ずさりをする。
途中、足に当たった芋を拾い上げる。
「ほら、お前が落とした芋だぞ」
「うわぁぁ!触るなぁ!」
芋を渡すやいなや、あり得ないほど助走を付けて男がドロップキックをかましてきた。
それをもろに顔面で受け、吹き飛ばされる。
「いってぇ!何すんだよ!俺は勇者…」
もう男の姿はなかった。
大きく溜息を吐き、芋を持ったままその場に座り込む。
一体全体どういうことだ?
「ぷっはぁぁぁ!!」
突然の声の直後、胸元から何かが顔を出した。
小動物のようだ。
小動物はキョロキョロと辺りを見回した。
「ん〜、時間かかったなぁ」
「なんじゃお前は…」
「む?君が新しい勇者の中身の人だね?」
喋る小動物でしたとさ…。