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いつもの席で珈琲を  作者: よろず
第一章
9/63

縮まる距離4

 昨日の雪は、記録的な豪雪だったらしい。飛行機の欠航、電車遅延、スリップ事故に怪我人の数。朝のニュースは雪の所為で起こった様々な問題を伝えている。

 俺はいつもより早く起きて、陣さんと店先の雪掻きをした。全部端に盛ってカマクラにする予定だ。店の前の道には、電車の遅れを考慮したらしき人達がちらほら歩いている。中には常連さんもいて、雪は参るねなんて世間話をしてから通り過ぎて行ったりもした。店の庭には昨日唯さんと作ったでっかい雪だるま。小さいのや雪うさぎも囲むようにいて、この寒さなら今日はまだ溶けないなと考えて俺は胸を撫で下ろした。

 雪掻きの後はいつもより早く店を開ける。早めに家を出て来た近所の会社の人が時間潰しがてら休憩するかもなっていう目論見。それは当たって、いつもの朝より忙しくて昼のピークを過ぎるまでがあっという間だった。そのお陰で昨日一昨日の暇な分が少しは取り戻せたんじゃないかなって、安堵しながら俺は休憩に入った。


「こんにちは、春樹さん」


 休憩から戻ったら唯さんが来ていた。いつもより早いし、席もカウンターだ。陣さんと話しながらブレンドを飲んでいたみたいだ。


「いらっしゃいませ。今日は転びませんでしたか?」

「大丈夫です。ゆっくり歩く為に早く出て来ました。あの……これ、昨日のお礼です」


 躊躇いがちに唯さんが差し出して来たのは、近所のドラッグストアのビニール袋。受け取って中身を取り出して、思わず俺は噴き出した。


「あ、やっぱり笑われました。マスターにも笑われたんです。でも雪掻きでお疲れかなって」


 俺の手の中には「お疲れのあなたに」と書かれたパッケージ。湿布みたいに貼るやつだ。


「お菓子とかも考えたんですよ? でも本業の方に素人の手作りなんてって思って」


 肩を震わせている俺を見て、眉毛をへにょりとさせて困った顔。彼女なりに色々考えた結果らしい。


「嬉しいです。ありがとうございます。朝から雪掻きをして疲れたので、寝る前に使わせてもらいますね」


 途端にほっとした表情になって、唯さんはほんわか笑顔になった。


「入口の横にあるカマクラを見ました。すごいですね。まるで雪国です」

「中、入ってみますか?」

「入って良いんですか?」

「作った時に俺も入って確認したんで、崩れたりはしないと思います。明日になったら溶けそうだし、今の内ですよ」

「是非! 入りたいです」


 唯さんは頬を紅潮させて興奮してる。それを見て笑みを零していた俺の肩を軽く、陣さんが叩いて来た。


「安全の監視。行って来い」

「陣さん休憩は?」

「まだ大丈夫だ」

「マスター。私は一人でも大丈夫ですよ?」


 首を傾げている唯さんに、陣さんが明るく笑いかける。


「良いから良いから。客足途絶えてる内にさっさと行って来い」


 強引な陣さんに送り出され、俺達は外へ出た。唯さんにはコートを着るよう言ったけど、俺は制服の白シャツと黒のベスト姿。寒いけど、少しの間なら平気だろう。


「中は暖かいんですね。カマクラなんて初めて入りました」


 穴は一人入るのがやっとくらいしか開けていないから、穴の中でしゃがんだ唯さんが俺を見上げた。嬉しそうな唯さんの笑顔のお陰で、俺の胸の中がほかほか温まる。


「ありがとうございます。こんなに雪を堪能したのは初めてです。春樹さんとマスターのお陰です」


 満足して出て来た唯さんが穏やかに笑った。こんな俺でも、彼女を喜ばせて笑顔に出来たのならすごく嬉しい。


「春樹さん、薄着で寒いですよね。中に戻りましょう」

「俺は大丈夫です。もう良いんですか?」

「はい! 満喫です!」


 鼻の頭を赤くして無邪気に笑う唯さんと一緒に店の中へ戻った。


 *


 いつもの席に座った唯さんは窓の外の雪だるまをにこにこ眺めながらいつものミックスサンドを頬張っている。暗くなるまで外の雪景色を楽しそうに眺めて、帰る時の彼女は寂しそうな顔をしなかった。


「ごちそうさまでした」


 会計に来た唯さんが浮かべているのは穏やかな笑み。唯さんが笑ってくれるなら雪も悪くないものだなんて、俺は現金な事を考える。


「帰り、道が凍っていそうなので気を付けて下さい」

「はい! ゆっくり、そろーりと歩きます」


 昨日送った時の歩き方を思い出して、溢れた笑いを拳で隠す。でもバレた。


「また失礼な事考えていそうです。……あ! でもその先はいらないです!」

「あなたが、可愛いと思っただけです」

「い、いらないと言いました」


 真っ赤な顔で俯いた彼女。

 俺の心臓が、存在を主張する。

 あなたの事、もっと知りたいです。でも俺の事は知らないで。相反する気持ちを抱え、俺は彼女に笑顔を向ける。


「また明日、お待ちしています」

「はい。また明日、来ます」


 柔らかに笑った彼女は澄んだ鈴の音と共に帰って行った。

 また明日。彼女の笑顔に会える事が、堪らなく楽しみになった。

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