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いつもの席で珈琲を  作者: よろず
第三章
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たくらみごと4

 水族館ではイルカやアシカのショーを観たりクラゲを眺めたりしてから昼飯食べた。全部回り終わって外に出ても、まだ三時過ぎ。


「釣り堀があるみたいですね」


 ぐいぐい唯さんが俺の腕を引いて向かったのは、水族館の近くにある公園。唯さんが釣りに興味があるとは知らなかった。


「釣り、やりたいんですか?」

「はい!」


 うーん…。唯さんの服装を見て、俺は無言で悩む。


「明日か、また来週にしましょうか。折角可愛いのに濡れたり汚れたら勿体無いです」


 釣り具は全部レンタル出来るけど、今の唯さんの服装と釣り堀は合わない。靴も、滑るかもしれないから危ない。


「まさかこんな所に釣り堀があるとは…事前に調べて、服装を考えれば良かったです」


 やたら悔しそうな唯さん。そんなに釣りがやりたかったのかな。


「釣り、好きなんですか?」

「やった事ないです。でも春樹さんが釣りを好きだと聞いたので、やりたいかなって」


 毎回デートが唯さん好みの場所ばかりなのが気になっていたらしい。気にしなくても良いのに。でも気遣いが、嬉しい。


「俺は唯さんとなら歩いてるだけでも楽しいんです。でも、釣りに興味があるなら今度一緒にやってみますか?」

「…やります」


 赤い顔で擦り寄られた。

 釣りは今日は断念して、散歩がてら釣り堀の近くまで行ってみる事にした。休日だし、カップルや家族連れが多いみたいだ。


「ここ、バーベキューも出来るみたいですね」

「釣った魚を食べるんですか?」

「いえ、釣り堀とは別みたいです。釣った魚はリリースするんですよ」


 陣さんとは海釣りに行く事が多い。でも初心者で海釣りは退屈だろうな。


「釣った魚を食べたいなら、ちょっと遠いですけどそういう所もあります。でも、釣れるかはわからないですけど」


 休憩でベンチに座って、スマホで調べてこんな感じってのを見せてみる。興味を持ったみたいで唯さんの顔が輝いた。


「私にも出来るでしょうか?」

「どうかな。教えます」

「はい!よろしくお願いします」


 釣りもやってみたい事の一つだったんだって。それなら一緒に行ってみるのも良いかもしれない。唯さんの提案で、帰ったら陣さんも釣りに誘ってみる事を決めて今度は駅に向かって歩き出す。

 次の目的地は東京タワー。

 ずっと都内に住んでる唯さんだけど、いつか行こうと思い続けててのぼった事がないんだって。俺もないからのぼってみる事にした。

 展望台に付いたのは夕暮れ時。オレンジ色に包まれた景色が、すごく綺麗だ。日が沈むのを窓に張り付いて眺めて、眼下に星みたいな灯りが広がってからもう一つ上の展望台に行く。


「すごい…バレンタインの時の夜景も素敵でしたけど、ここも最高です」


 夜景が見えるようにだろう、周りは薄暗い。窓に張り付く唯さんを後ろから囲い込んで密着した。

 ホワイトデーだからか周りはカップルが多い。そいつらは夜景とお互いのパートナーに夢中。だから唯さんも、じっと俺の腕の中にいてくれる。


「こら」


 ぺしりとおでこを叩かれた。耳にキスくらい許してくれる雰囲気かなって思ったんだけど、ダメだったみたいだ。


「外では嫌です」

「すみません。我慢出来なくて」

「我慢して下さい。顔が赤くなって、明るい所に行けなくなっちゃう」

「赤みが引くまで、ここにいれば良い」

「そうも行きません。そろそろ帰らないと」


 夕飯は家で食べる事になってる。店の暇な時間に陣さんが何か作るって言ってた。時計を確認したらそろそろ帰る時間だ。


「唯さん、また来たいですか?」

「はい!でも他にも行ってみたい場所があります」

「なら色々、回ってみましょう」

「楽しみです」


 近くてすぐ行けるけど、相手がいないと行こうとは思わないような場所。次は何処に行こうか話しながらの帰り道、唯さんも俺も笑顔で楽しくて、家までがあっという間だった。


 *


 俺今日、誕生日だった。


「忘れてたんですか?」


 きょとんとしてる唯さん。

 俺は苦笑いで頷く。


「デートとか唯さんへのブレゼントをどうしようって考えてたら、すっかり頭から抜け落ちてました」


 俺の誕生日は三月十四日。ホワイトデーなんて今まで無関係なイベントだったし、誕生日と言っても陣さんと酒飲んだりするくらいで、これといって特別に祝った事なんてなかった。だけど今年はすごい。


「まだまだ二十二か。ガキだな」


 義雄さんだけじゃなくて、俺によくしてくれてる陣さんの友達が全員。仲の良い店の常連さんもいて、一葉も歩もいる。まるで喫茶店での貸切パーティー状態。


「昨日こそこそしてたのってこれですか?」

「そうです。サプライズパーティーです!」

「本当にサプライズですね。ありがとうございます」


 家に着いたら陣さんがいなくて、唯さんが店に見に行くって言ったんだ。リビングで待ってた俺を唯さんが呼んだ。呼ばれて下りたらみんなが勢揃いしてて驚いた。

 誕生日おめでとうって言われてやっと俺は、今日はホワイトデーで俺の誕生日でもあったんだって事を思い出したんだ。


「兄さん、こんなに知り合いがいるんだね」

「全部陣さんがきっかけくれた知り合いだけどな。みんな、良い人達だよ」


 ふーんって呟いた一葉は寂しそうにしてる。まったくうちの弟はって笑って、俺は一葉の髪をぐしゃぐしゃ撫で回す。


「ありがとう、一葉」

「ぼ、僕は何も…」

「会いに来てくれた」


 俯いて泣きそうになった一葉を連れて、集まってくれたみんなにお礼を言って回る。俺の弟だって紹介したら驚かれた。俺が陣さん以外の家族の話を全くしなかったからだ。


「ひょろい坊主だなぁ。飯はちゃんと食ってんのか?」


 源三さんも来てくれてて、常連の爺さん婆さんが一葉の食生活を心配してる。キヨさんは来られなかったからって、源三さんが預かったって言ってビニール袋を渡してくれた。中身はおはぎ。キヨさんのおはぎは最高にうまいんだ。


「顔は似てるかしら?」

「あらでも春樹ちゃんの方が男前よ」

「若いからまだまだこれからね」


 おばさん達に囲まれて、一葉が困ってる。坂上の家に来るおばさん連中をあしらうのは上手いくせに、気を使ってるのかな。

 一葉を救出してから来てくれた人達への挨拶回りを終えた俺は、陣さんの所に戻った。


「二十二歳、おめでとさん」

「ありがと、陣さん」

「企画は歩ちゃんと唯ちゃん。協力は一葉。料理は俺」


 俺に隠れて連絡取り合ってたんだって。一葉はいつの間にか歩と繋がってたらしい。無理矢理スマホを奪われて登録されたんだって剥れてるけど、実は嬉しいのかもしれない。俺とも交換するかって試しに聞いてみたら、しばらく悩んでから頷いた。


「バレない名前で登録する」


 スマホの中身、見られるのかな。…見られるんだろうな。

 たまに一葉は寂しそうに、何かを考えてる様子で黙り込む。どうしたって聞いてもなんでもないって言うから、それ以上は俺も踏み込めない。

 それならと思って、俺は歩を呼んで一葉をバカみたいに笑わせた。

 酔ったオヤジ連中にも絡まれ始めたら余計な事を考える余裕はなくなったみたいで、一葉は楽しそうにしてる。


「こんな楽しい誕生日、初めてです」


 酒飲んで、陣さんが作ってくれたうまい飯食って、みんなが笑ってる。感謝を伝える俺を見上げた唯さんも、俺の好きなふんわり優しい顔で笑ってくれた。

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