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いつもの席で珈琲を  作者: よろず
第三章
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たくらみごと3

 悩んだ。小さな箱を机の上に置いてすっげぇ悩んだ。それで決めた。


「唯さん。これ、バレンタインのお返しです」


 朝飯の後で着替えてから、唯さんの部屋に行って淡いブルーのリボンが付いた小さな白い箱を差し出す。

 本当は、出掛けた先で雰囲気のある所で渡すのが良いぞって陣さんに言われたんだけど、バレずに持って行く方法が思い付かなかったんだ。

 俺は鞄を持たない。財布もスマホも全部服のポケットに突っ込む。春先で、上着のポケットに隠そうにも不自然に膨らんだ。だから出掛ける前。出来れば付けてくれないかなって願望込めて渡す事にした。


「可愛い…」


 ブラウニーもらって夜景にも連れて行ってもらったんだからよかったのにって、唯さんは困った顔してる。でも頬が、ほんのり染まってた。

 緊張して見てた先で箱の中を見た唯さんの口元がゆるりと緩んで、なんだか落ち着かない気分になる。


「これからの季節に微妙かなとは思ったんですけど、唯さんといえば雪かなって。だから、雪の結晶」


 六つの小さなダイヤと淡いブルーの石がキラキラした雪の結晶。

 付けてくれって唯さんから強請られて、ドキドキしながら俺の手で、唯さんの首元を飾り付ける。キラリ揺れる小さな雪の結晶。やっぱり彼女に似合ってる。


「可愛いです。気に入りました。すっごぐ嬉しい」


 自分の部屋の鏡で確認した唯さんの喜びようが、俺も嬉しい。こんなに喜んでもらえるのなら、陣さんのアドバイスを聞いて買いに行ったのは大正解だ。


「似合ってます。良かった」


 溶けるんじゃないかってくらい、俺の顔は緩んでる。にやけた口元を見られるのが恥ずかしくて、片手で覆って隠した。



 デートで向かうのは都内の水族館。だから電車を使った。都内を動き回るのは車より電車の方が便利だ。

 手を繋いで隣を歩いてる唯さんがやばいくらいに可愛い。淡いブルーのショートトレンチとふわふわのスカート。足元はパンプスで、露出してる脚が綺麗だ。大人可愛いファッション、最高。


「春樹さんは気付いていましたか?今年はバレンタインもホワイトデーも、両方土曜日なんです」


 手を繋いでいない方の人差し指を立てて、唯さんが楽しそうに笑う。


「そういえばそうですね。デート出来て、丁度良いです」

「ですね!水族館なんて子供の時以来です」


 スキップでもし始めそうだ。見てみたい。でも、してくれないかな。


「何やら意地悪なお顔ですね?」

「そうですか?…唯さん、スキップ出来ます?」

「出来ますよ?ほら」


 くっ…可愛い。

 躊躇いなくやってくれた。きょとんとしながらも三回跳ねた。パンプスが鳴らす音までクソ可愛い。


「なんですか?なんでスキップですか?なんの悪戯ですか?」

「いや、ただ唯さんのスキップが見たくて。ありがとうございます」

「…春樹さんもやって下さい」

「嫌です」

「えー、見たいです。水族館に浮かれて下さい」

「浮かれてます。だからスキップなんて発想が出たんですよ」

「よく考えたら私、バカな子みたいじゃなかったですか?なんて事をやらせるんですか」

「可愛かったです」


 唇尖らせて赤い顔。

 あー…可愛い、楽しい。この人と歩くだけでも俺、楽しくて堪らない。

 電車に乗って、唯さんの手が離れたのが残念。それぞれ吊革掴んで窓の外を眺める。


「毎朝私、この電車に乗ってました。ぎゅうぎゅうで、乗るのも降りるのも一苦労」


 去年の暮れまでの生活を思い出してるのかな。でも唯さんの表情は穏やかだ。


「俺、朝のラッシュに電車乗った事ないんです。すごいんですか?」

「すごいなんて物じゃないです。押し込まれます。ある程度身を任せていないと死んでしまいます」

「そんな状況で、身を任せて良いんですか?」

「下手に踏ん張ったり押し返したりすると報復されたりするんですよ。戦いに勝てる気がしないので、私は脱力する事を覚えました」


 なんだそれって思ったけど、すごく大変なんだってのはわかった。乗りたいとは思わない。

 実家にいた時、通学は徒歩だった。少し遠くに移動する時は車。一葉は遠い所に通ってたから毎日車で送り迎えされてたなって話したら、唯さんの目がまん丸になった。


「運転手付きですか?世界が違います」

「両親は自分達の事で忙しかったですから。雇われた大人はたくさんいましたけど誰も、俺らと会話しようとはしなかったですね」


 特に俺は荒れてたし、誰も関わって来ようとはしなかった。一葉も家の中ではむっつり黙っているか俺を睨んでた事くらいしか覚えてない。

 昔の事を考えてたら、唯さんの手が俺の手に触れた。

 隣を見ると心配そうな顔。

 微笑んで、俺はその手を握り返す。


「あなたに会えて、良かったです」

「な、何故こんな所で…」

「すみません。唐突に言いたくなりました」


 耳まで赤くなった唯さん。降りる駅に着いたから、俺は黙って手を引く。改札を抜けた所でぼそりと、私もですだって。唯さんが真っ赤な顔で照れてるから俺も照れる。口元隠そうとしたら手を掴まれた。隠すなって事らしい。


「見ないで良いですってば」

「私ばかり見られて悔しいです。可愛いです」

「ほらもう、行きますよ!」


 顔を逸らしてぐっと手を引いたら、唯さんがくすくす笑う。

 コツコツついて来る足音。

 ペース速くないかなって振り向くと目が合って、微笑まれた。腕に唯さんが抱き付いて来て、彼女は楽しそうに笑ってる。腕に絡みつく温もりと重みが心地いい。

 これまで行きたいと思った事はなかったけど、にこにこしてる唯さんと一緒に回る水族館は想像以上に楽しかった。

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