たくらみごと2
無性に煙草が吸いたくて堪らない。
考えが、纏まらない。
自分の部屋の窓を開けて、ひんやりした空気を招き入れながら俺は、右手でライターを弄る。
一葉は食後の珈琲を飲んだ後、また来るって言ってすぐに帰って行った。あいつが俺を慕ってくれてるのは本心だと思う。だけど何か、裏があるような気がして仕方ない。
弟を疑うなんて最低な兄貴だとは思う。でも一葉が今いて、俺もいたあの家はそういう場所だったんだ。
自分の目的の為に他者を利用する。平気で傷付ける。
一葉が唯さんへ向けた視線はまるで、利用価値があるのか値踏みしているみたいだった。だけど俺や唯さんを利用する事が、あいつにどうプラスになるのかがわからない。一葉は本当に、俺に会いたいだけでここに来たんだろうか。
自分の考えが嫌になって、溜息を吐いた。
煙草の代わりを求めた俺は、手の中のライターを机に置いて部屋を出る。向かったのは隣の部屋。ノックしたらすぐに返事があった。
「春樹さん?どうかしました?」
唯さんは、自分の部屋で壁に寄り掛かって本を読んでいたみたいだ。
「抱き締めに来ました」
「は?え?」
真っ赤になって、唯さんは動揺してる。
部屋に入ってドアを閉めて、唯さんの目の前に屈んだ俺は彼女の温もりを抱き寄せた。すっぽり腕の中におさまった身体から、胸にじわじわ安堵が広がる。
「…勉強が進まないんですか?」
「少しこうしてて、良いですか?」
「やだって言ったらどうします?」
「やだは拒否します」
くすくす笑った唯さんは、俺の背中に手を回して抱き返してくれる。
彼女の髪に頬を寄せて、俺はまた一葉の事を考える。
起きてもいない事を心配するよりも、俺はちゃんとあいつを知って、交流してみるべきなんだろうな。例えあいつが望んでくれても、俺はもうあの家には帰れない人間。だからもしあいつに何かあるんだとしても、外からしか助けられない。
こんなどうしようもない俺に、何が出来るのかはわからないけど。
「春樹さん?」
「はい」
「悩み事?」
「…はい」
「聞きますよ?お役に立つかはわからないですが」
「こうして、あなたの時間を俺に奪わせてくれるだけで十分です」
「そうですか。私も、あなたの時間が私で一杯になるのは好きです」
顔を覗いたら唯さんはほわりと笑った。俺も微笑みを返して、でも不満を一つ。
「最近、あんまり翻弄されてくれませんね」
「成長です」
胸を張りたそうな唯さんの声と表情に、笑みが溢れた。更に身体を寄せて少しだけ、俺は唯さんに体重を預ける。
「勿体無い気もしますが、これはこれで好きです」
「ふふっ、なら良かったです」
「なんだか元気が出ました」
ありがとうの気持ちを込めてキスをした。触れ合った唇が温かい。
すぐに離れたら、目を開けた唯さんが蕩けるみたいにゆっくりと微笑んだ。その顔を見たらもう一回したくなって、軽く音を立ててキスして離れる。
「何かあったら、また来て下さいね」
「はい。お邪魔しました」
最後に彼女の額へキスを落として俺は自分の部屋に戻る。
机に向かってみたら、不思議と勉強が捗った。
*
一葉は毎日店に来た。珈琲飲んで、客として店で夕飯を食べて行く。勉強をしていたり俺や唯さんと話したり、楽しそうに過ごしてる。
ただ、子供の頃にこんな事があったって一葉が言った事を俺は思い出せなくて、そうするとあいつは寂しそうに笑うんだ。それがなんだかすげぇ申し訳なくて、でもいくら考えても思い出せなくて、焦る。
小学生の頃の記憶は朧げで、そこより昔になるともっと曖昧になってるみたいだ。でもまぁ、散々喧嘩で殴られたりゴルフクラブを頭に振り下ろされたりしたからその所為かもしれないな。
金曜は歩も来て、一葉と二人で仲良さそうに話してた。唯さんや陣さんがたまに呼ばれて会話に参加して、なんだか楽しそうにしてる。一葉がちゃんと溶け込んでる様子に俺は胸を撫で下ろした。
閉店後、唯さんは歩と一葉と三人で出掛けるって言って、何故か俺の同行は断られた。でも、俺も用事があったから丁度良い。
夕飯は外で適当に食う事にして、俺は一人電車に乗って買い物に出た。
明日はホワイトデー。だからバレンタインのお返しを買いに来た。水族館に行くからそれで良いかと思ってたんだけど、陣さんにダメ出しされたんだ。恋人へのお返しはアクセサリーだろだって。そういうの、俺はよくわからない。わからないから、陣さんのアドバイスに従う事にした。
「ホワイトデーのプレゼントですか?」
アクセサリーショップに入るとすぐに寄って来た店員に、はぁまぁって適当な相槌を打つ。店員が相談に乗ってくれて、予算だとかを聞かれた。
「あ、これ…」
「ご覧になります?こちらは周りの小さな石がダイヤ、淡いブルーの石はアクアマリンを使用しておりましてーー」
ダイヤって言われてビビったけど、値段見たら予算内だ。
唯さんのイメージピッタリのネックレス。気に入ってもらえるかなって考えたらそわそわして、小さな紙袋ぶら下げて帰るのがなんだかくすぐったかった。




