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いつもの席で珈琲を  作者: よろず
第三章
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たくらみごと1

 柔らかな温もりに包まれての目覚めはその日一日がいい日になる、そんな予感が湧いてくる。そっと抱き付いてみたら頭を撫でられて、彼女も起きたんだってわかった。


「か、可愛すぎます…」


 緩んだ顔で見上げると唯さんの顔が真っ赤に染まる。俺の恋人は朝から元気みたいだ。


「唯の方が可愛い」

「し、心臓がっ…。録画して保存しておきたい可愛さです」


 胸元に顔を埋めて甘えてたら唯さんに頭抱え込まれた。柔らかくて良い匂い。


「寒くなかったですか?」

「甘えん坊はおしまい?」


 答えの代わりに質問が返って来た。


「…ならもう少し、甘える」

「はい。…寒くなかったよ。春樹さんが温かいから」

「唯も温かいし、良い匂い」

「同じ物を使ってるのにね」

「でも違う。すげぇ好きな匂い」


 身体を上にずらして白い首に鼻を寄せてみる。同じシャンプーやボディソープ、洗濯洗剤を使ってるのに何か違う。女の人の香りだ。


「あぁもう可愛い!一体何種類の顔を持ってるんですか!」

「よくわからない」

「わからなくて良いです。この春樹さんは一番レアでお気に入りです」

「なら、こういう俺は?」


 きゅうきゅう抱き締めてもらうのも好きだけど、赤い顔の唯さんを見下ろすのも好き。組み敷くように体勢変えて微笑んだら、彼女は真っ赤になって狼狽えてる。


「目、逸らすなよ」


 囁くと唯さんが俺を見上げて頬を膨らませた。


「可愛い春樹さんを返して下さい」

「やだ」


 膨らんだ頬を甘噛みしてから舌で撫でてみる。柔らかくておいしい。


「唯。やばい…したい」

「い、いやいやいや!お仕事がっ」

「キ、ス」


 触れるだけのキスしてから身体を離して、俺は笑う。身体震わせて笑ってたら殴られた。


「もう!もう!もう!バカっ、意地悪っ」


 またもうもう(うし)の唯さんだ。唯さんの殴り方は手加減されてて痛くないし、可愛い。けどさっさと謝らないと一日ご機嫌斜めは辛い。


「ごめん。でもしたいのはほんと」


 抱き締めて、エロいキスで怒りを封じ込める。


「あまりにも大切だからどうしたら良いかわかんない。…ヘタレでごめん」


 静かになった唯さんは、俺の腕の中でじっとしてる。答えが返って来なくて少し不安になって、顔を隠してる髪を耳にかけてみると現れた耳が真っ赤だった。


「…照れてる?」


 とん、て胸を叩かれた。肯定の返事かな。


「心臓、口から飛び出ちゃう」

「実は俺も。こうして腕に抱くだけで、ドキドキしすぎて心臓痛い。多分この先に進んだら、もっと痛い」

「ほんとだ。すごく速いね」


 俺の胸に耳を当てた唯さんがくすくす笑った。この笑い声にさえ、俺の心臓は痛い程に反応するんだ。

 しばらく抱き合って、そのあとでキスをして、俺たちはお互い機嫌良く朝の身支度をしに部屋を出た。


 *


 夕方に一葉が店に来た。

 カウンター席で珈琲を頼んで、にこにこ俺の手元を眺めてる。


「飯は食ったか?」

「うん!ごちそうさまでした」


 一葉が出したのは洗ったタッパー。昨日持たせたおにぎりやおかずは綺麗に食べきって、ちゃんと洗ってから持って来たらしい。


「初めて食器を洗ったよ。褒めて」

「偉い偉い」

「食器洗いって面倒臭いね。一々みんな計るの?」

「計る?」

「うん。洗剤の裏に書いてあった」


 中性洗剤の容れ物の裏側なんて読んで使った事ないな。一葉には教えてくれる人がいないから、読んで悩みながらやったのかなって想像したら可愛くて笑えた。


「普通は適当。目分量だよ」


 ことり、コーヒーカップをテーブルに置いた。

 一葉はふーんって呟いて、珈琲の香りを楽しんでから一口飲む。


「…おいしい」


 綻んだ顔を見て、俺は優しい気持ちになる。


「今日も夕飯、食ってくか?」

「んー…食べたいけど、今日は帰る」

「なら、今何か作ろうか?」

「うん!おにぎりが良い」

「ここは喫茶店だ」


 苦笑した俺を見て一葉は不貞腐れた。おにぎり以外は浮かばないからなんでも良いって言われて、俺は何を食べさせるか考えながら厨房に入る。

 陣さんに相談して、ランチで余ったハンバーグプレートに決めた。


「肉、やだ」


 一葉は我儘言って顔を顰めてる。でも俺は優しくないから聞いてやらない。


「昨夜は肉食べてたじゃねぇか。食えるって」

「やだ」

「うまいから、一口食ってみろ」


 断固拒否だ。

 昨日の経験で、こんな時どうすれば良いかはわかる。仕方ないなって溜息吐いて、俺はカウンター越しに手を伸ばしてフォークを持った。


「おら、食え」

「あふい…」


 俺がフォークにぶっ差したハンバーグの固まりを口に入れて、一葉がはふはふ言ってる。飲み込むと顔が輝いたから、気に入ったみたいだ。陣さんのハンバーグは美味いんだよって内心で呟いて、俺はフォークを一葉に渡す。今度は素直にフォークを持って、にこにこしながら食べ始めた。

 文句言いながらも綺麗に完食した一葉は、満足そうに息を吐く。


「昨日も思ったけど、兄さんって料理上手だね」

「そりゃどうも。でも全部、陣さんのお陰だ」

「ふーん…叔父さんね」


 チラリと、厨房から顔を覗かせてる陣さんに一葉が視線を向けた。不満そうで、だけど何か複雑な色が含まれた表情。


「…一昨日、何か話したのか?」

「叔父さんと?」


 俺が頷くと一葉は珈琲のおかわりを要求してくる。

 唯さんが空になった皿を下げてくれて、一葉は唯さんの事もじっと見てた。その視線に、俺は何故か不安になる。


「叔父さんに言われたんだ。会いに来る事を選べた僕は、兄さんの過去を救えるって。…面白い事を言う人だね?」


 疑問形だったけど、一葉は俺の答えを求めていないのがわかった。口元が笑みの形。でも目が、笑ってない。


「一葉…?」

「なぁに、兄さん」


 俺に向けられる一葉の笑顔は本物だ。嬉しそうに、飼い主を見る犬みたいな瞳。

 こいつはそうだ。坂上の家の人間なんだって、俺は唐突に思い出した。

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