握り飯の記憶8
小さな手で、見よう見真似で作った。
食べたかったんだ、一緒に。
家族でおにぎり食べてるのを何かで見て、きっとこれならって、思った。
「おかあさん…」
差し出した歪な塩むすび、一瞥しただけで無視された。
「おとうさん、これ…」
「食べ物で遊ぶ暇があるなら勉強をしろ。弟に負けて悔しくないのか!」
怒られて、最後に向かった部屋には小さな弟。
「一葉…お腹、空いてない?」
「…空いた」
「いっしょに食べよう?」
「うん!」
見つかったら怒られる。だから押入れに隠れて、懐中電灯を付けて真っ暗なピクニック。
「兄さん…しょっぱくてじょりじょりする…」
「だねぇ。次はもっとおいしいの、作るね?」
「うん。また、来てね?」
「うん!また来る」
小指と小指で、約束した。
二人内緒のピクニック。
一葉は毎回食べてくれた。
嬉しそうに、笑ってくれた。
それがどうしようもなく嬉しかった。
丸く握れるようになった頃、遂にバレた。
「この出来損ない!弟の足を引っ張る気?!」
バシンて音と、頬に熱。
皿が落ちて割れる音。
床に転がったおにぎりは、庭に落ちて黒くなった。
「おか、さん…ぼく…」
一緒に食べたかったんだ。
仲良くなりたかった。だって勉強してて見たんだよ。
同じお釜のご飯を食べると、仲良くなれるんだ。
どうして、うちはご飯を一人で食べるの?
どうして、弟と遊んだらいけないの?
どうして、どうして、どうして…。
「よそのお母さんは、おにぎり作るんだって」
「ふーん。ならぼくのお母さんは兄さんだね!」
「…一葉は、ぼくが来ると勉強の邪魔?」
「そんなことないよ!さみしいからまた来て?本当はね、いっしょに寝たりしたいよ」
「ぼくも、さみしい」
夜中こっそり一葉の部屋に行ったら、一葉が泣いてた。
怖い夢を見たんだって言うから、本で読んだお母さんみたいに隣に寝て、とんとんって、お腹を叩いてあげた。眠くなって、いつの間にか同じ布団で寝てた。
朝起きて、今度はお父さんに怒られた。
「馴れ合うな、強くなれ!ただでさえ負けているんだ。長男のくせに甘ったれるなっ」
痛い、怖い、悲しい。
でも寂しいから、一葉に会いに行く。一葉はいつも、笑ってくれる。
お兄ちゃんだから弟を守る。だけど…生意気だって怒られる。口答えするなって、見えない場所を殴られた。
「一葉の痣、あなたがやったんでしょう?見たって子がいるのよ?」
違う。だから、報復しなくちゃ。
「お前は勉強も出来ないくせに問題ばかり…嫌な奴を思い出す。その目はなんだ?反抗的だな」
痛い、悔しい、悲しい。
「兄さん、もう…来ないで」
「どうして?迷惑?」
「…うん。勉強の、邪魔だから」
なんにも上手くいかない。
仲良くしたかった。
守りたかった。
寂しかった。
それだけだ。
嫌な記憶に、蓋をしよう。
***
「気持ちわる…」
真っ暗な部屋で目が覚めて、頭がぐあんぐあんした。
ベッドボードの上に置いてあるスマホを取って時間を確認したら、まだ夜中の三時。夜はまだ寒い時期だってのに、変な汗を掻いてる。寝直そうにも気持ちが悪くて、水を飲む為に部屋を出た。
冷蔵庫から出したミネラルウォーターを飲んで、多少吐き気は落ち着いた。けどなんだか、気分がどんより重たい。
「…春樹さん?」
眠そうな声。唯さんだ。
冷蔵庫に寄りかかって片手で額をおさえてる俺を、彼女は心配そうに見てる。
「どうしました?」
「喉が渇いたなって目が覚めて…春樹さんこそ、具合悪いですか?」
喉が渇いたっていうから持ってたペットボトルを差し出すと、彼女はこくこく飲んでほっとしたように息を吐く。それでまた、俺の顔をじっと見つめた。
「夢見が悪かったのか気分悪くて…冷たい水を飲んだら大分落ち着きました」
暗い台所で小声の会話。
何かが引っ掛かって、頭が痛い。
「頭、痛いの?痛み止めいりますか?」
側に来た唯さんがそっと俺の頭に触れる。俺は目を閉じて、されるままに撫でてもらう。
「大丈夫です。気にしないで寝て下さい。俺も部屋、戻るから」
「怖い夢は、話すと楽になるって言いますよ」
「あー…それが、内容覚えてなくて。なんだか嫌な感じがしたなってくらいです」
「…添い寝、いります?」
そんなに具合悪く見えるのかな。すごく心配そうに、顔を覗き込まれてる。
「頭、撫でて欲しい」
「いいよ。寝るまで撫でていてあげる」
ふわり笑った唯さんに手を引かれて、二人で俺の部屋に入る。ベッドに入れって唯さんに動作で示されて、俺は素直に従った。
「側にいてあげるから、安心して寝てね」
「俺はガキですか?」
「いいから。目を瞑って下さい」
隣で横になった唯さんに頭を抱えられて髪を梳かれてる。それはすごく心地よくて、少しずつ身体から力が抜けた。
「母親って…こんなん、かな」
「安心する?」
「する。…すげぇ、眠い」
「おやすみ、春樹さん」
「ん。おやすみなさい」
唯さんの手に吸い込まれるみたいに頭痛は無くなって、今度は朝まで、夢を見なかった。




