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いつもの席で珈琲を  作者: よろず
第三章
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握り飯の記憶5

 目が覚めたら俺はソファで寝てた。頭が重くてグラグラするこれは、二日酔いだ。珍しく記憶が飛ぶ程飲んだみたいだ。


「春樹さん?起きましたか?」


 うーうー唸ってたら唯さんが現れた。俺の天使。グラスで水をくれたから、一息で飲み干す。


「俺、昨夜の事覚えてないんですけど…」

「当たり前です。まるで水でも飲むようにごくごくと日本酒を飲んでいて、驚きました」

「…一葉(かずは)は?」

「春樹さんのベッドで寝てます。お酒は飲んでませんよ」

「そうですか…。気持ちわりぃ」


 起き上がっていられなくてソファに横になる。唯さんが苦笑しながら頭を撫でてくれるのが心地いい。


「昨夜はとても楽しそうでした」

「俺、何か変な事言ったりとかしました?」


 くすくす笑い声が聞こえたからうっすら目を開ける。何かあったのかなって記憶を辿るけど、グラグラしてて思考が纏まらない。


「まるで猫のように一葉くんを可愛がっていて、一葉くんも嬉しそうにしていました」

「…他には?」

「珈琲について、熱く語っていました」

「まぁじかー。すみません」

「いいえ。勉強になりました」


 こんなになるのは陣さんの友達連中と飲む時ぐらいだ。飲め飲め攻撃で潰される。


「もう少し、眠りますか?」

「…風呂、入ります。朝飯作んねぇと」

「私がやりますよ」

「すんません…」

「いいえ。可愛い春樹さんを見られたので、私今ならなんでもします」

「俺、唯さんに何か…?」


 恐々聞いたら唯さんがくすりと笑って、人差し指を唇に当ててウィンクした。秘密です、だって。

 可愛すぎて心臓撃ち抜かれた。



 熱いシャワー浴びたら大分すっきりしたけど、やっぱり昨夜の事は思い出せない。きっと思い出す必要のない事なんだって納得して、台所に向かう。

 陣さんは珈琲飲みながらソファで新聞読んでたけど、歩と一葉はまだ起きてないみたいだ。


「珈琲、どうぞ」

「ありがとうございます。パンケーキ?」

「はい。昨日歩ちゃんが食べたいと言っていたので」


 にこにこにこにこ、なんだかいつにも増して唯さんの機嫌が良い気がする。昨夜、俺は一体何をしたんだ?


「ご機嫌なのはどうしてですか?」

「全く覚えてないんですか?」

「はい…」


 珈琲を飲んで頭をガリガリ掻いてたらキスされた。ふふっと笑って、唯さんはパンケーキをひっくり返す。


「春樹さんがすっごく可愛かったの」

「具体的にどのように?」

「甘えん坊さんでした」

「どんな感じで?」

「ずーっと私にくっついて、手を繋いだりキスしたり、好きって言ってくれたり頬ずりしたり」

「そ、そんなにっすか?」

「はい!もうすっごく可愛かった」


 俺は久しぶりに会った弟の前で、酔って恋人にデレデレしていたらしい。やっちまった…。

 頭を抱えた俺の横では唯さんが鼻歌を歌ってる。これだけ唯さんがご機嫌なら、まぁいいかとも思う。


「今日は、歩と何処か行くんですか?」


 聞いたらきょとんとされた。


「本当に全然記憶がないんですね?今日は一葉くんが春樹さんを独り占めする日です」

「なんでですか?」

「昨夜そう決まりました」

「唯さんは?」

「覚えてないなら知ーらない」


 楽しそうに笑ってる唯さんは意地悪モードだ。くすくす笑って楽しそうにしてるから忘れたら不味い事ではないんだろうけど…この態度は気になる。


「ほらお兄さん?弟くんを起こして来て下さい」

「はーい」


 また一つ、唯さんがキスをくれた。こんなに積極的に唯さんがキスをしてくれるなんて珍しい。

 自分の部屋に一葉を起こしに行きがてら陣さんにおはよって声を掛けるとニマニマ歪んだ笑みを向けられた。あの顔は記憶から消しておこうと決める。碌な事ではないと思う。きっと昨夜の事をからかう気満々だ。

 俺、何したんだマジで!


「一葉ぁ、起きろー」


 自分の部屋に入ったらベッドがこんもりしてた。顔が何処かわからない布団の塊。苦しくないのか心配になる潜り込み方だ。


「一葉、飯!」

「…さむ」


 掛け布団を剥がすと一葉は布団の中で丸まってた。服は俺のスウェットだ。鼻水の服はどうしたんだろ。


「一葉、起きろって」

「…兄さん?」

「なんだ?」

「兄さんだ…」

「うん」

「夢だったらどうしようって思った」


 またうるうるしてる。

 泣き虫だなって笑って、寝癖がついた一葉の頭をぐしゃぐしゃに掻き混ぜた。


「朝から泣くなよ。俺はもう、ここからは逃げない」

「うん!」


 もうすぐ二十歳の男がこんなので大丈夫かって心配になるけど、きっとこいつは一人、俺が逃げた後もあそこで頑張っていたんだ。ならこれくらい仕方ないのかもな。

 一葉を連れて戻ると歩も起きて珈琲を飲んでた。パンケーキの甘い香りがする。


「僕、おにぎりが食べたい」


 一葉にじっと見つめられたけど、額を手の甲でコツンと叩いて嗜める。


「また今度。折角作ってくれたんだ。ありがたく食え」

「はーい」

「おっはー弟くん」


 歩から珈琲を渡されて、なんだか一葉が動揺してる。


「おはよう、猿子さん」

「何?その呼び方定着?あんまり酷いとまた泣くぞ」

「脅すの?良いじゃん。猿子さん呼び可愛いと思う」

「騙されねぇぞ」


 昨夜の内に意気投合したのか、二人でじゃれ合ってる。陣さんはそれを微笑ましそうに眺めてて、唯さんは俺の隣に座って笑う。


「昨夜二人でお話していたみたいです。春樹さんが寝ちゃってからも」

「そうなんですか?」

「はい。どれだけ春樹さんを好きか二人で語り合っていたので、私も参加しました」

「いやいや…冗談、ですよね?」


 まさかそんな話はしないだろうと思ったけど、唯さんはにこにこしてるだけで答えない。


「唯さん?」

「内緒」


 今朝の唯さんは秘密が好きみたいだ。またくすくす笑ってる。

 一葉と歩も喧嘩しながらも楽しそうだし、陣さんも子供が増えたみたいな顔してる。どんどんうちが騒々しくなっていくなって思ったら俺も笑えてきて、唯さんが作ってくれた朝飯を満たされた気持ちで腹一杯食べた。

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