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いつもの席で珈琲を  作者: よろず
第二章
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大人で子供の俺たち9

 朝、歩も唯さんも酷い顔してた。軽く二日酔い。そりゃあれだけの地獄絵図だったんだ、当然だろ。


「おら、水飲め、水」

「さんきゅー…」

「すみません…」


 唯さんは酔い覚ましの意味も込めて、アパートまでの散歩に連れ出した。歩の方がグロッキーで、リビングのソファで唸ってた。


「昨夜、ランニング途中で智則らしき人影を見ました。何か被害がないか見て下さい」

「待ち伏せ、怖いですね」

「ですね。唯さんがアパートにいたらって考えるとぞっとします」


 怖いよなって思って唯さんを抱き寄せて歩く。俺を見上げた唯さんは、何かを言いたそうな顔してる。


「どうしました?」

「…いえ、あの…昨夜は私、また…」

「あぁ。…唯さんが好きです。俺は歩に答えません」


 記憶無くならない人なんだよなって思い出して、唯さんのこめかみにキスをした。唯さんは結局何も言えなくなったみたいで、赤い顔で黙って歩く。

 罪悪感とか感じてるのかな。でもそれは俺らではどうしようもないって思う俺は、冷たい奴なのかな。

 智則からは新たな手紙が一通。会いたくて待ってたけど帰って来なかったからまた来るって。

 来るなよストーカー。


「この人本当、何がしたいのでしょうか」


 眉間に皺を寄せて、唯さんが困惑してる。


「あんな時間、彼氏でもない男が家の前で待ってたらホラーですよね」

「本当です。そういえば昨夜、知らない番号からの着信があったんです。酔ってたから出なかったんですけど…」

「智則の可能性、ありますね」

「です、よね。また携帯の番号変えようかな…」


 大きな溜息。

 メールアドレスや電話番号は、一緒に合コンに行った共通の知り合いから漏れたんだろうっていうのが唯さんの見解。まぁそれ以外には考えられないなって、俺も思う。

 男側はきっと、智則が既婚者だって知ってて一緒に合コンに参加したんだろうから、モラルの薄い奴らなのかもな。


「でも私、あの時の男の人側には変えた番号を誰にも教えていないはずなんです。だからきっと漏れるなら女性側からで…」


 人間不信になりそうだって唯さんが肩を落とすから、抱き寄せた。


「うちにいる事も"坂の上"で働いてる事も、誰にも言ってないんですよね?」

「はい。誰とも連絡、取ってませんから」

「ならとりあえずうちは安全って事です。しばらく知り合いにも、居場所を知らせるのはやめておくのが無難ですね」

「そうですね。…ご迷惑、お掛けします」

「いいえ。逆に俺は、一緒にいられる時間が増えて嬉しいです」


 微笑んだら、唯さんが赤くなる。


「私も、嬉しい…」


 ふわり彼女が笑うから、俺の心は満たされる。この笑顔が曇らなければ良いなって、俺は思うんだ。


 *


 歩は大学サボってうちに居座った。俺らが働いてる間何してたのかは知らないけど、昼飯はピーク過ぎに店に降りて来て食ってた。大学生は色々やる事があるんだって偉そうに言ってたけど、知らねぇよ。

 何故かやたら唯さんに懐いてて、優越感たっぷりの視線を俺に向けて来るのがウザい。何に張り合ってるんだってツッコミは入れないでスルーしておく。面倒臭いから。


「夕飯食ったら帰る。送って」

「それを狙って待ってたんだろ?」

「まぁな!」

「威張るな」


 額を拳で小突いたら歩は笑う。普通に接して来るから、俺も態度は変えない。

 智則の件は待ち伏せが予想されるから後回し。夕飯四人で食って、陣さんも一緒に車に乗り込んで歩を家まで送る。


「唯さん、今度一緒に買い物行きません?」

「行きます。でも大学生と趣味、合うかなぁ?」

「お互い好きな場所を一緒に見ましょうよ。私一人っ子だから、お姉さんとの買い物憧れてたんすよ」

「私も、妹が欲しかったの」


 後部座席では唯さんと歩が意気投合してる。女ってほんとわかんねぇ。でも変な風にならなくて良かったって、思う。歩は友達で妹みたいなやつだから、気不味くなるの実は辛い。

 行きがけに唯さんのアパートの前を通ってみたけど、変な人影は無かった。昨日より早い時間だからかな。


「昨日、手紙入れてからあいつは何処にいたんだろうな」

「どっかで時間潰してたんじゃねぇか?唯ちゃんが帰宅しそうな時間まで」


 何処かで飯食ってたかマンガ喫茶にいたんじゃないかって言う陣さんの言葉に、俺は納得した。手紙を入れに一旦来て、いなかったから時間潰してまた来た可能性が一番高い。ずっと待ってたらマジで風邪引くからな。



 義雄さんの家は店とは別にある。歩いて行ける距離だから、歩もよく店に顔を出すんだ。それで会って、話すようになった。


「さんきゅーな、春樹!」


 車から降りた歩が運転席を覗き込んで、笑う。


「何すんだ猿ッ」

「あー、また猿って言った!しかもいてぇし!」

「てめぇがバカな事しようとすっからだろ!ふざけんなッ」

「春樹お堅い!」


 またなって挨拶したら歩の両手に顔を掴まれて、窓から歩が顔突っ込んで来た。咄嗟に右手で歩の顔面掴んで止めたけど、ほんとこいつ、何考えてんだよ!


「キスの一つや二つ、くれたって良いじゃんか!」

「やらねぇよ!壁にでもしとけ!」

「壁はやだ!」

「知らねえよ!とりあえず俺以外にしろッ」


 あっかんべーって…ガキかよ、こいつは。玄関に消えた歩を見送って、俺はまたどっと疲れた。


「良かったですねぇ春樹さん。避けてなかったら私、泣いてました」


 バックミラーに映った唯さんの笑顔が冷たい。


「…俺はキス魔じゃありません」

「そうですか」


 陣さんは完璧傍観の体勢。ニマニマしてる。

 歩の野郎、爆弾落として行きやがって…迷惑過ぎる。うんざりした溜息吐いて、俺は車を発進させた。陣さんに見られながらじゃ、どうやって唯さんの機嫌を直せば良いのかわからない。智則の事もあるのに、なんだってこんなに厄介事が重なるんだ。勘弁してくれよ。

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