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いつもの席で珈琲を  作者: よろず
第二章
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大人で子供の俺たち7

 店閉めて、俺は夕飯の仕度。陣さんと唯さんはこの時間に智則からの手紙が来てるかの確認に向かった。

 智則は電車通勤だったらしい。仕事が終わってから唯さんの家に来てるなら微妙な時間だ。下手したら遭遇しかねない。俺も行くって言ったんだけど、陣さんの方が大人の対応が出来るからって俺の同行は却下された。確かに俺、殴るかも。

 …かもじゃねぇな。殴る。

 智則の事考えてたら煙草吸いたくなった。だから、唯さんが置いて行ってくれた棒付き飴の袋を剥いて口に突っ込む。

 カラカラ音を立ててる口の中はぶどう味。

 スマホで時間確認して、二人の帰りが遅いなって溜息吐く。夕飯出来ちまった。一人で退屈だから教科書を持って来てリビングで勉強する事にする。

 智則と遭遇して遅いんだとしても、陣さんがいるなら大丈夫だろ。


「ただいまー」


 玄関を開ける音と陣さんの声。

 時計を見たら勉強始めて一時間経ってる。遅すぎだろって思って出迎えに行ったら想定外がいた。


「なんでてめぇがいるんだ、猿」


 思わず唸るような低い声が出た。


「誰が猿だこのバカ男。愛しい唯さんの前でその顔、取り繕わなくて良いのかよ」

「誰の所為だ。何しに来た。帰れ」


 陣さんと唯さんと一緒に、何故か歩がいる。俺が不機嫌に顔を顰めてたら歩は唯さんの背中に隠れてニヤニヤ笑う。


「唯さーん、見てあの顔。こわぁい」

「不良さんです。あまり見た事がない表情です」

「あれが春樹の本性っすよ。どうです?」

「格好良いです」

「唯さんってば恋のフィルターかかっちゃってます?」

「でも歩さんもそう思うんでしょう?」

「もー、唯さんには敵わないっすー」


 何故だか異様に仲良しになってる。何があったんだって視線で問い掛けたのに、陣さんは優しく笑うだけ。これは教えてくれない顔だ。


「俺禁煙中だから猛獣注意だぜ?」


 見せつけるように歩が唯さんにベタベタ触ってるのが気に食わない。二人で通じる物があるのか、くすくす笑い合ってるのも謎。


「春樹さん?」

「…なんすか」

「ご機嫌斜めですね?」

「そっすね。昨日喧嘩した子猿と彼女が突然仲良く現れたら混乱します。智則の事も心配してたのに」


 やってらんねぇって思って、俺は台所に入る。


「おい猿!飯は?」

「食うに決まってんだろ。猿言うな!」

「黙れ猿。餌恵んで欲しいなら口答えするな」

「唯さーん、春樹が怖いー」

「一々唯さんにひっ付くな!話し振るな!目障りだ!死ねッ」

「死ねは…いけませんね」


 苦笑した唯さんに窘められた。面白くない。

 舌打ちして、夕飯を温め直す。誰も説明してくれないらしい。マジでやってらんねぇ。

 唯さんと歩は仲良く洗面所に手を洗いに行った。陣さんまで加わって三人で仲良しこよししてて、ムカつく。


「勝手に食え。飴食い過ぎたから走りに行く」


 ガキっぽいけど面白くなくて、俺は食事の支度だけして着替える為に自分の部屋に入った。

 あー、イライラする。煙草吸っちまおうかな。


「春樹さん?」


 ノックのすぐ後、俺の返事を待たずにドアが開いた。


「…唯さん、俺に近付かないで」


 今、ダメ。黒い感情に支配されてるから優しく出来ない。


「ちょっとやり過ぎました。怒らないで」


 俺の拒絶を無視して、唯さんは俺の背中に張り付いた。ずるい。大人の余裕かよ。


「…襲われに来たんですか」

「はい」

「馬鹿じゃねぇの?男の部屋にのこのこ入るなよ。しかもこっちはイラついてんだよ」

「ごめんね?」


 くっそー…可愛い。


「…ごめんなさい。抱き締めて良い?」

「どうぞ」


 振り向いて、ぎゅうって抱き付く。

 溶ける。癒される。安心した。


「智則さんは、手紙、ありました。でも会わなくて、帰り道の途中でマスターの携帯に歩さんから連絡が来たんです。私と話したいって」

「…何の話?」

「女同士のお話」


 やっぱり教えてくれないんだ。不貞腐れてたら、唯さんがくすりと笑う。


「こわーい春樹さんを見ても好きだって思うなら認めてやるって言われたんです。マスターと歩さんがノリノリで、私も調子に乗ってしまいました。不機嫌な様子があまりにも可愛らしくて」


 敵わない。敵わないよ唯さん。だって俺、あなたに抱き締められて頭撫でられるだけでもう、機嫌直った。


「マジに調子乗りすぎです。キスしてくれなきゃ機嫌直んない」


 ガキでごめんって思うけど、甘えても良いかな。


「春樹さん、可愛いです」


 キスは鼻の頭。ちょっと違う。


「ご不満ですか?」


 わざとか。くっそぅ、唯さんは魔性の女だったのかもしれない。


「わかってて、意地悪しないでよ」

「バレました?」

「バレバレです。だって顔、楽しそう」

「子供っぽい春樹さん、可愛すぎます」


 悔しい。でもあんまり舐めるなよって、俺は口端上げて笑う。


「子供だけど、大人でもあるんですよ」


 ぐっと腰を抱き寄せて、自分から口付ける。唯さんの唇割って舌を差し入れた。右手は後頭部掴んで、逃がさない。

 息奪うくらい深く。

 唾液も奪って飲み込んで、舐め回す。口端から零れたのも追い掛けて舐め取った。


「ガキの俺と大人の俺、どっちが好き?」


 真っ赤で蕩けた顔の唯さんに、問い掛ける。


「両方。全部」

「…欲張りだな?」


 唯さんの腰が砕ける程深くしつこくキスして俺は、大満足した。

 意地悪の仕返しに、真っ赤で腰砕けの唯さんをそのまま部屋から連れ出して歩と陣さんの中に放り込んだ。唯さんが何か叫んでたけど無視して、俺は走る為に家を出る。ガキっぽい仕返し。帰ったらきっと彼女は怒ってる。想像して楽しい気分になる俺は性格悪いなって、自分で思う。

 階段降りてすぐの駐車場でストレッチしてから走り出した。禁煙でぶよぶよになるのはごめんだ。

 刺すように冷たい空気の中を一時間くらい走って、汗が流れる。

 帰りのコースに唯さんのアパートを入れて前を通ったら、怪しいのがいた。唯さんの部屋の前にスーツ姿の男。多分智則。帰宅の待ち伏せかなって少しの間眺めて、放置する事にした。唯さんはこっちに帰らない。風邪でも引けば良い。明日見に来て悪戯されてたら犯人は智則だってわかる。

 帰り着いた駐車場でまたストレッチして、家に入ると酒臭かった。


「何酒飲んでんだ、猿」

「なぁんで猿言うのぉ?あちしかぁいーのに、ねぇゆいしゃーん」

「ほんろれす!くりくりお目々でベリーショート、似合ってかぁいい」

「でしょぉ?はぁるきは見る目ない!」

「ほんろらぁ!でもはるきしゃんはわたしのれす!」


 唯さんも歩も呂律が回ってない。陣さんは苦笑してるけど、止める気はないらしい。俺は汗だくだし、とりあえず放置で風呂入る事にした。

 女って時々、理解不能だ。

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