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いつもの席で珈琲を  作者: よろず
第二章
36/63

大人で子供の俺たち3

 目が覚めると腕の中にいた唯さんと目が合った。


「おはよ、唯さん」


 寝ぼけながら挨拶したら唯さんの顔が真っ赤に染まる。


「おは、よう。…あの…私…?」

「何もしてない。隣で寝ただけ」

「そ、うですか…」

「がっかり?」

「鼻血出そうです」

「チョコ食い過ぎました?」

「違います。なんでもないです」


 大丈夫かなって確認しようと髪を掻き上げたら、唯さんが俺の胸元に擦り寄って顔を隠した。顔が真っ赤でくっついてくれてるから、一緒に寝たのは嫌じゃなかったみたいだなと思ってほっとする。


「男の人なのに、なんでそんなに色っぽいんですかっ」

「よくわからないですけど…俺には唯さんの方が色っぽいです」

「ありがとうございます…」


 照れた。可愛い。

 朝から俺の顔は溶けそうだ。


「今日唯さん、何か予定はありますか?」

「…ないです。会社を辞めてから人に会うのも億劫で…友達とも連絡、取ってないんです」

「そうですか」


 それならうちで働くのも誰にも言ってないのかな。急遽決まった事だし、ここなら安全みたいだ。唯さんの髪を撫でながら考えて、きゅうっと彼女の身体を抱き締める。


「は、春樹さん?」

「朝飯作りますね」

「手伝います」


 唯さんがこっちを向いたから、触れるだけのキスで朝の挨拶。幸せで死にそう。

 ベッドから出て、くぁーって伸びをして眠気を飛ばす。ベッドの上の唯さんにじっと見られてるからなんだろって首を傾げてみたら、唯さんがまた赤くなった。


「いや、あの…寝起き、可愛いなって」

「朝は気が抜けますからね。ガキっぽいですか?」

「違います。可愛いんです」


 ニュアンスの違い?何か拘りがあるのかな。


「あなたはいつでも可愛いです」


 微笑み掛けたらまた赤くなる。そして何故か怒る。これは唯さんの照れ隠しだと思う。


「そういえばケーキ、どうしましょう?」


 高い物で予約しないと食えないみたいだし、念の為に聞いてみた。唯さんは少し悩んでから拳を握り締める。


「ケーキに罪なし!」

「了解です。珈琲淹れますね」


 智則は普通の会社員みたいだし、毒とかはないと思う。家庭が壊れてる訳でもなし。危なくはないとは思うけど、毒見してから唯さんに食べさせよう。

 唯さんが身支度を整えてる間に台所で朝飯と珈琲の支度。俺と陣さんは、朝飯がケーキだけは辛い。


「珈琲、私が淹れても良いですか?」

「お願いします」


 台所に来た唯さんの申し出に快く頷いた。勉強熱心だな。


「はよー。お二人さん」

「おはようございます、マスター」

「はよ。陣さんも昨日のケーキ食う?唯さんの許しが出た」

「おー、食う」


 唯さんはケーキだけで良いって言うから朝飯は二人分。唯さんにも手伝ってもらって、机に朝飯とケーキを出した。


「つまみ食いですか?」


 チョコのホールケーキ。切り分けて、包丁に付いたクリームを指で掬って食った俺を唯さんが微笑んで見てる。だから俺もにっこり笑って頷いた。


「うまいです」


 変な味も匂いもしなかった。普通のケーキ。だから大丈夫だろう。

 唯さんはうまそうにケーキを食ってる。俺と陣さんも朝飯の後にデザートとしてケーキを食う。予約しないと買えないだけあって、すっげぇうまかった。



 義雄さんの所に唯さんも一緒に行く事になった。

 陣さんが助手席で唯さんは後部座席。バックミラーで見えた唯さんは楽しそうににこにこしてる。


「楽しそうですね、唯さん」

「はい!マスターとお出掛け、初めてです。嬉しいです」

「俺も唯ちゃんとお出掛け嬉しいな」


 顔見合わせて"ねー?"とか、中年オヤジがやるのは厳しい。キモい。

 陣さんが後ろを振り向いて、二人は仲良く会話してる。

 俺は運転しながら、煙草吸いたい。運転中も信号で止まったりすると煙草を吸いたくなるんだ。イライラとハンドルを爪でカチカチ鳴らしてたら、唯さんと陣さんの連携で棒付きの飴を口に突っ込まれた。


「レモン味です」

「春樹ちゃんがんば!」


 バックミラー越しににっこり笑う唯さんとオカマ声の陣さん。

 俺は飴を咥えたまま噴き出して笑った。


「頑張る。ありがと」


 陣さんは煙草を吸わない。昔は吸ってたけど、舌がバカになるから禁煙して成功させたんだって。だから俺も出来る。やってやる。


「禁煙すると太るってこういう事なのかな?」

「俺も一時期太ったな。イライラするから食に走る」

「げぇ。太るのヤダな」

「お前はまだ若いんだし、運動しとけ」

「運動だりぃ…」


 陣さんと会話しながらバックミラーで唯さんを見ると何か考え込んでる。どうしたんだろって声を掛けようとしたら、彼女は鞄に手を突っ込んで大量の棒付き飴を取り出した。


「たくさん買ってしまいました。飴はダメでしたか?」


 真剣な顔。俺も陣さんも笑って、だけど彼女はまだ真剣に悩んでる。


「運動します。だから俺がイライラしてたら飴下さい」

「運動もお手伝いします」

「一緒に走ります?」

「はい!」


 唯さん走るの遅そうだな。すぐにバテそう。


「またあなたは、失礼な事を考えたでしょう」


 睨まれた。

 俺はカラリと口の中で飴を動かして、とぼける事にする。


「なんの事でしょう?」

「バックミラーであなたの顔、見えるんですよ」

「読心術ですか?」

「春樹さんは失礼な事を考えてる時、一つ前の表情で一旦停止するんです」

「俺、そんな癖あるんですか?知らなかった」

「はい。そして少し、意地悪な顔になります」

「よく見てますね」


 唯さんが一旦停止。で、照れた。

 チラリ横目で見た陣さんは優しい顔。なんだか俺も恥ずかしくなって、無言で運転に集中する事にした。


 *


 義雄さんの店では子猿が待ち構えてた。店番してるっていうより、俺を待ち構えてたって言うのがしっくりくる。店に入った俺を見てドスドス近寄って来て、後から来た唯さんを見て目を丸くした。


「歩、どうした?」

「どうしたって…あんたがどうしたんだよ?何してんの?」

「何がだよ。義雄さんは?」

「裏にいる。ちょい待て」

「おぅ。頼むわ」


 歩の背中を見送りながら舐め終わった飴の棒を噛んでたら、唯さんに取り上げられた。


「いつまでも咥えていたら危ないです」

「子供じゃないですよ」

「でも、見てて怖いです」


 ティッシュでくるんでから彼女がゴミを鞄に仕舞おうとするから受け取って、カウンターの裏にあるゴミ箱に捨てた。

 義雄さんはすぐに来て、俺らに挨拶してから豆の用意をしてくれる。


「春樹、ちょい来い」


 俺は子猿に呼び出された。

 唯さんは陣さんと義雄さんと雑談中。面倒臭いけど、無視する方がうるさそうだから俺は歩に近寄る。外に出ろって促されて、駐車場に連れ出された。


「んだよ。うぜぇな」

「その顔がお前だ。何?詐欺でもしてんの?」

「いきなり人を詐欺師呼ばわりか。頭わいてんじゃねぇの」

「てめぇの頭がわいてんだろ。あんな清純そうな人騙してるのかよ」

「マジうぜぇ。なんでそうなるんだよ」


 こっちは禁煙中でイライラしてるのに、難癖付けられて更にイラつく。

 舌打ちしたら腹パンされそうになったから掌で受け止めた。


「女だからって調子こいてんなよ」

「本当のお前隠して付き合うなんて、詐欺だ」

「過去は話した。それで?何が言いたい?お前は俺の女か」

「ちげぇよ!このクソ男っ」


 蹴りは食らっておいてやった。

 言いたい事はわかる。敬語の俺は仕事用だ。素の俺は、口もガラも悪い。でも仕方ねぇじゃん。唯さんに怯えられるのは辛いんだ。唯さんに見せてる俺だって、俺だ。ただ口調を優しく丁寧にしてるだけ。それは詐欺なのか?ダメな事なのか?俺だって、変わりたい。変わる事はダメな事なのかよ。

 イライラした様子で去っていく歩の背中を見送ってたら無性に、煙草が吸いたくなった。

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