表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつもの席で珈琲を  作者: よろず
第二章
35/63

大人で子供の俺たち2

 俺も風呂に入ってからリビングで、陣さんも一緒に唯さんの話を聞いた。


「別れた時に、アドレスも電話番号も私、変えたんです。母の事もあったので…もうすっぱり終わったつもりでした」


 智則との付き合いは約七ヶ月。

 会う時はいつも指輪はしてなくて、合コンに来てたから当然独り身だと唯さんは思っていたらしい。土日が会えなかったり平日でも中々会えなくても、仕事が忙しい人なんだなって信じてた。


「お付き合いするの、彼が初めてだったんです。友達には怪しいって言われた事もあったんですけど…まさかそんなって、彼を信じたくて」


 でも騙されてた。

 結婚しようと言ったのは智則から。結婚式場見に行ったり、唯さんのお母さんの見舞いにも来てくれてたんだって。

 男の俺にも智則が何をしたかったのか理解出来ない。重婚なんて出来る訳ないし、どうするつもりだったんだろう。


「奥さんが言うには夢見がちな人だから、現実から逃げて夢を見てたんじゃないかって」

「バカな男?」

「はい。バカな男に引っかかってしまいました。その時私、母の事で一杯一杯で、不倫だなんだに関わる余裕も無くて…呆然としましたけど、奥さんには謝罪してきっぱりお別れしました」


 唯さんの瞳は真っ直ぐだ。

 嘘は吐いてない。バカな男にも未練は感じてない。

 ちょっと、ほっとした。


「それで?なんでストーカーされてるんだ?」


 陣さんの言葉で唯さんはスマホを取り出した。

 表示させたのは智則からのメールだ。始まりは先週。あの時酔い潰れたかったのはこの所為かって、俺は心の中で納得した。


「何処かからアドレスを聞いたみたいです。メールが来るようになって、無視してたけど頻繁で、怖くなって拒否の設定をしたんです。そしたら今日あんな物が家にあって…ゾッとしました」


 智則のメールは呆れる内容だった。

 奥さんと別れるとは一言も書かれてない。ただただ唯さんへの未練がたらたらで、会いたい、声が聞きたい、連絡取りたい。

 キモいな。


「唯ちゃんこれ、答えたらダメだよ。下手したら慰謝料請求とかも考えられるから」


 陣さんのアドバイスに、唯さんの顔が青くなる。


「私もそれが怖くて…今後一切近付かないと、お互いに一筆書いているんです。だから家まで来るとは思ってなくて…」

「手紙は?他にもあるんですか?」


 深刻な表情で彼女は頷いた。

 郵送ではなくて、直接ポストに手紙を入れられるようになったのがここ数日。俺に相談して良いものか悩んでた所での、薔薇の花束とケーキだったみたいだ。


「証拠は残しておいた方が良いね。メールも手紙も。いざという時武器になる」

「保管はしてあります。あまりに酷ければ警察に相談すべきかとも思ったので」

「偉いね。それでさ、唯ちゃん」


 唯さんの頭をぽんと撫でて、陣さんが微笑む。陣さんが言う事、俺はなんとなくわかった。


「うち、住んじゃう?」

「え?」

「一部屋空いてるし、ストーカーに家知られてるなら引っ越しちゃうのが手っ取り早い。唯ちゃん次第でうちは構わないからさ。選択肢の一つに入れておいて?」

「そんな…お仕事まで頂いて…住む場所までは、甘えられません」


 陣さんはソファの上で優しく笑ってる。

 唯さんは俺の隣で床に座って、焦って困ってる。俺は彼女をそっと抱き寄せて、背中をぽんぽん叩いて宥めた。


「選択肢の一つです。でもお願いですからしばらくはうちに泊まって下さい。あなたが心配です」

「すみません…」

「気にしないで。俺も陣さんも気にしません」


 ぽろぽろ、唯さんは泣き始めた。きっと一人で不安だったんだ。母親の事もあって、仕事も辞めて、俺との事もあって、前に進もうとしてるのに元彼がストーカー化。

 この細い両肩に、重い物がたくさんのし掛かってる。


「自業自得なんです。世間知らずで騙されて…あちらの奥様も傷付けて…私が、バカだったんです。だから自分でなんとかすべきだって」

「一人で頑張らないで下さい。俺がいます。頼りないかもしれないですけど」

「そんな事っ…お会いしてからずっと、支えられています」


 唯さんは、これまでの不安とか一人になった悲しみとか、一気に噴き出したみたいに声を出してしばらく泣き続けた。

 縋り付かれて、俺は彼女を抱き締めて、黙ってずっと髪を撫でてた。


「泣き疲れて眠るなんて、子供みたいだ」

「だな。…お前も、自分だけで頑張ろうとするなよ?」

「…俺はずっと陣さんに頼りっぱなしだよ」

「そんな事ねぇよ。お前も自分で、前に進もうとしてるだろ」


 それはあんたが俺を引き上げてくれるからだ。見守って、助けてくれるからだ。俺は一人じゃ前に進めなかった。


「ありがとう、陣さん」

「…俺らも寝るか」


 泣き疲れて眠った唯さんを抱き上げて、俺の部屋に連れて行った。

 陣さんに世話掛けた礼をもう一度言ったら髪をぐしゃぐしゃに撫でられて、気にするなって、優しい顔で言われた。

 俺は何処で寝ようかなって少し悩んだけど結局、唯さんの隣に潜り込む。眠る彼女を抱き締めて目を閉じた。


「あなたを、守れる存在になりたいです」


 額に口付けてこっそり誓う。

 鼻が詰まって苦しそうな唯さんの寝息。髪を撫でながら聞いてたら、俺もいつの間にか眠ってた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ