甘い感謝の日4
唯さんのご奉仕とやらは俺を休ませる事らしい。マッサージしてくれてるけど、力が弱くてくすぐったい。
「交代しませんか?」
提案してみたら悩んでる。だから答えをもらう前に動いた。
「痛かったら言って?」
「はい…上手ですね」
「陣さんによくやってますから」
陣さんと違って唯さんの肩は細い。陣さんにやるのと同じ力を込めたら壊れそうだ。
「力加減、どうですか?」
「きもちいいです〜」
なんだか極楽って感じの声だ。
しばらく肩と背中、腕のマッサージを続けたら、唯さんがふにゃふにゃになった。
「骨抜きです」
「あれ?そんな意味でしたっけ?」
「良いんです。ほんと、骨が抜けたみたいにふにゃふにゃな気分です」
はーって幸せそうな溜息。
抱き寄せてみたら抵抗なく彼女の身体が俺にもたれかかる。
「夕飯の後、ドライブに行きませんか?夜景を観に」
「…行きます」
「じゃあ、お連れします」
「はい。…楽しみです」
なんだか幸せで、満たされて、すごく眠い。欠伸は噛み殺したけど、気付かれた。
「お昼寝します?」
「いえ。唯さんが暇になるじゃないですか」
「良いんです。これもご奉仕計画の内です。本を持って来ましたから」
にっこり笑った彼女は鞄から文庫本を取り出した。ソファの端に座った唯さんが、ぽんぽん自分の膝を叩く。膝枕…
「そんなの、眠れません」
顔に熱が上ったから片手で口元隠して、俺は顔を逸らす。視界の端で、唯さんは楽しそうににこにこしてる。
「照れてるの、可愛いです。お姉さんのお膝においで?」
「とても魅力的ですが、同時に刺激的だと思います」
「よくわからない発言です」
唯さんの眉間に皺が寄った。
太ももの魅力、女の人にはわからないのかな。
「命令です。来なさい」
どうしても膝枕がしたいらしい。
なんで今日スカートなんだよ。しかもシフォン。めちゃくちゃ触り心地が良さそうじゃねぇか。でも俺、強気な唯さんに逆らえる気がしない。膝枕の魅力にも、抗えない。
「良い子です」
そろりと頭を唯さんの膝に乗せて横になったら、満足そうに微笑んだ彼女に頭撫でられた。
バレンタイン…甘ったるすぎだ。
「目を閉じて?眠いでしょう?」
唯さんの声まで優しくて甘い。耳から溶けそうだ。
仰向けで俺は目を閉じる。髪撫でられるのって、気持ち良いんだな。
始めはドキドキして緊張したけど、結局俺はあっという間に眠ってしまった。
目が覚めて聞こえたのは、本を捲る静かな音。
本を捲り終わると手が降りて来て、俺の髪を撫でる。
「起きました?」
ぼんやりと見上げてたら気付かれて、唯さんがほわり微笑む。
俺は手を伸ばして彼女の頬を撫でた。ほわほわのマシュマロみたいで、甘そうだ。
「足、痺れませんか?」
「まだ大丈夫です。春樹さんの寝顔、可愛かったです」
「…照れます」
「赤くなった。可愛い」
ふふふって嬉しそうに笑って、唯さんは俺の髪を撫で続ける。なんだか悔しいけど、これもこれで有りだと思う。
「…膝枕、ハマりそう」
「好きな時にまた、してあげます」
「お願いします。すげぇ…気持ち良い」
甘えたい。甘えて、良いかな。
そろり彼女の膝の上で体勢変えて、唯さんの腰に両腕を回してみる。確認でちらりと見上げた彼女は赤い顔。でも、許してくれるみたいだ。
「甘えん坊さんですか?」
「…はい。ダメ、ですか?」
「いいえ。可愛いです」
髪を撫でられて、幸せで、なんだか泣きそうになった。
「まだ寝れそう…」
「良いですよ。好きなだけ寝て」
「唯さん…」
「はい」
「すげぇ、好きです」
「…私も。とっても、あなたが愛しいです」
見上げてぶつかったのは、優しい瞳。ほわほわふわふわ、包み込まれるみたいだ。
俺はとことん、唯さんに甘えてみた。
夕飯作りはまた手伝わせてもらえなくて、暇だから俺は料理する彼女をじっと眺める事にした。
「…やりづらいです」
「見ていたいです」
「プロの方に見られる程の腕前じゃありませんから…」
「まだ俺は見習いです。それになんだか、料理してる唯さんってセクシーです」
「手元が滑ります!怪我します!ソファで大人しくしていて下さい!」
焦る彼女は可愛い。
あんまりしつこくすると機嫌を損ねかねないから、くつくつ喉の奥で笑って退散する。
結局勉強しかする事なくて、煙草を吸いたくなる度に邪魔しに行って怒られた。
「だって唯さん、あなたのチョコも食べるんです。お菓子ばかりは太ります。だから…キスして良いですか?」
背中から甘えるように身を寄せて、彼女の肩に顎を乗せる。
「…仕方、ないですね」
渋々だけど許可を得て、振り向いてくれた唯さんの唇に吸い付く。深くキスをして、ついでに彼女の脇腹を両手で撫でてみた。
「…この手はなんですか?」
「気持ち良いです」
「太いって言いたいんですか!」
「そんな事ないです。好きですよ」
チュッてキスして退散。また勉強再開。
もう!って怒った唯さんの声が聞こえたけど、その声にすら俺の顔は緩む。
そうこうしてる内に店を閉める時間が近くなったから、俺は唯さんに声を掛けて一階に降りた。
「お疲れ。看板仕舞うな?」
「おぅ。悪いな」
締め作業を陣さんと手分けして終わらせて、二階に戻ったら丁度夕飯が出来てた。ちゃんと、時間を考えて作ってくれたんだ。
「いいねぇ唯ちゃん。いつでもお嫁においで?」
陣さんの言葉に、唯さんは赤くなる。
ニヤニヤ笑いの陣さんに肘で突つかれて俺も困る。
「バカな事ばっか言ってねぇで、飯食うぞ」
「春樹ちゃんってばすぐ照れるー」
「ぅるせぇッ!その顔やめろ!」
「生まれつきだってぇ」
「そんなキモい顔で生まれて来たのか!助産師泣くわ!」
いつもの調子で言い合いしてたら唯さんに笑われた。くすくす、楽しそうに笑ってる。
「本当、仲良しですね」
「まぁねぇ。可愛い俺の息子」
「やめろっ、ボサボサになんだろ」
髪をぐちゃぐちゃに掻き回されて、俺は逃げる。
唯さんが笑いながら髪を整えてくれて、陣さんはそれすらからかって来て楽しそうに笑ってる。唯さんが来てくれるようになってから、陣さんも俺も、よく笑ってる気がする。
「うまいっ!」
「ほんと、マジにうまいです」
夕飯もうまかった。手作りのチョコレートケーキも濃厚でうまい。珈琲は練習で唯さんが淹れて、食後のデザート。
「お口に合って良かったです」
嬉しそうに、唯さんは頬をほんのり染めて笑ってる。
デザートまでばっちり堪能した後は、陣さんに車を借りてドライブデート。今日一日の、俺からのお礼。
「どこに行くんですか?」
「首都高乗って、台場です。途中で見える東京タワーとか、バレンタイン仕様みたいですよ」
「へぇ!楽しみです」
ラジオの音楽も、バレンタイン特集みたいだ。懐かしいようなのも流れてる。
「そろそろ東京タワー、見えますよ」
いつもと違う色の東京タワー。ビルの隙間から見える度に、唯さんはにこにこ顔を輝かせてた。
レインボーブリッジから見えるショッピングモールもバレンタイン仕様。
「右、見て下さい」
「あ!ハートです!すごーい!」
目的地は海沿いの公園。
俺も初めて来たけど、夜景が綺麗だ。
「寒くないですか?」
「…寒い、です」
ちらり見た唯さんの顔は赤い。
望んでる事を理解して、俺は包み込むように後ろから彼女を抱き締める。
「あったかい?」
「あったかい、です」
「良かったです。…今日、ありがとうございました。嬉しかったです」
「喜んでもらえたなら私も嬉しいです。…ドライブも、楽しいです。夜景も綺麗」
「調べた甲斐、ありました」
「調べたんですか?」
何故か驚いた顔で振り向かれた。
「そうですよ?デートとかよくわからないですし…こっちに来てからはあんまり出掛けたりしてないですから」
「そうなんですかぁ」
今度は嬉しそうな声になって、彼女はにこにこしながら夜景を見てる。
「俺って、遊んでるように見えました?」
「はい。見えます」
迷いのない即答。傷付くな。
「地元ではまぁ…色々あったんで間違いではないですけど…」
恥ずかしくて、彼女の肩に顔を埋めて、呟く。
「実は…色々必死です。あなたに喜んでもらいたくて」
言葉での返事はなかった。でも彼女の体重が後ろに掛けられて、身を預けられる。唯さんに巻き付いてる俺の両腕に、唯さんの両手がそっと触れた。
それだけで俺の心を温かく満たすだなんて、唯さんはマジですごい。
「どんどんあなたに、ハマっていきます」
「ハマって。もっと、溺れて下さい」
「…はい。唯さんも、俺に溺れて」
やっぱり答えはくれない。
でも構わない。俺の腕の中にいてくれるのがきっと、彼女の答えなんだ。




