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いつもの席で珈琲を  作者: よろず
第二章
33/63

甘い感謝の日4

 唯さんのご奉仕とやらは俺を休ませる事らしい。マッサージしてくれてるけど、力が弱くてくすぐったい。


「交代しませんか?」


 提案してみたら悩んでる。だから答えをもらう前に動いた。


「痛かったら言って?」

「はい…上手ですね」

「陣さんによくやってますから」


 陣さんと違って唯さんの肩は細い。陣さんにやるのと同じ力を込めたら壊れそうだ。


「力加減、どうですか?」

「きもちいいです〜」


 なんだか極楽って感じの声だ。

 しばらく肩と背中、腕のマッサージを続けたら、唯さんがふにゃふにゃになった。


「骨抜きです」

「あれ?そんな意味でしたっけ?」

「良いんです。ほんと、骨が抜けたみたいにふにゃふにゃな気分です」


 はーって幸せそうな溜息。

 抱き寄せてみたら抵抗なく彼女の身体が俺にもたれかかる。


「夕飯の後、ドライブに行きませんか?夜景を観に」

「…行きます」

「じゃあ、お連れします」

「はい。…楽しみです」


 なんだか幸せで、満たされて、すごく眠い。欠伸は噛み殺したけど、気付かれた。


「お昼寝します?」

「いえ。唯さんが暇になるじゃないですか」

「良いんです。これもご奉仕計画の内です。本を持って来ましたから」


 にっこり笑った彼女は鞄から文庫本を取り出した。ソファの端に座った唯さんが、ぽんぽん自分の膝を叩く。膝枕…


「そんなの、眠れません」


 顔に熱が上ったから片手で口元隠して、俺は顔を逸らす。視界の端で、唯さんは楽しそうににこにこしてる。


「照れてるの、可愛いです。お姉さんのお膝においで?」

「とても魅力的ですが、同時に刺激的だと思います」

「よくわからない発言です」


 唯さんの眉間に皺が寄った。

 太ももの魅力、女の人にはわからないのかな。


「命令です。来なさい」


 どうしても膝枕がしたいらしい。

 なんで今日スカートなんだよ。しかもシフォン。めちゃくちゃ触り心地が良さそうじゃねぇか。でも俺、強気な唯さんに逆らえる気がしない。膝枕の魅力にも、抗えない。


「良い子です」


 そろりと頭を唯さんの膝に乗せて横になったら、満足そうに微笑んだ彼女に頭撫でられた。

 バレンタイン…甘ったるすぎだ。


「目を閉じて?眠いでしょう?」


 唯さんの声まで優しくて甘い。耳から溶けそうだ。

 仰向けで俺は目を閉じる。髪撫でられるのって、気持ち良いんだな。

 始めはドキドキして緊張したけど、結局俺はあっという間に眠ってしまった。



 目が覚めて聞こえたのは、本を捲る静かな音。

 本を捲り終わると手が降りて来て、俺の髪を撫でる。


「起きました?」


 ぼんやりと見上げてたら気付かれて、唯さんがほわり微笑む。

 俺は手を伸ばして彼女の頬を撫でた。ほわほわのマシュマロみたいで、甘そうだ。


「足、痺れませんか?」

「まだ大丈夫です。春樹さんの寝顔、可愛かったです」

「…照れます」

「赤くなった。可愛い」


 ふふふって嬉しそうに笑って、唯さんは俺の髪を撫で続ける。なんだか悔しいけど、これもこれで有りだと思う。


「…膝枕、ハマりそう」

「好きな時にまた、してあげます」

「お願いします。すげぇ…気持ち良い」


 甘えたい。甘えて、良いかな。

 そろり彼女の膝の上で体勢変えて、唯さんの腰に両腕を回してみる。確認でちらりと見上げた彼女は赤い顔。でも、許してくれるみたいだ。


「甘えん坊さんですか?」

「…はい。ダメ、ですか?」

「いいえ。可愛いです」


 髪を撫でられて、幸せで、なんだか泣きそうになった。


「まだ寝れそう…」

「良いですよ。好きなだけ寝て」

「唯さん…」

「はい」

「すげぇ、好きです」

「…私も。とっても、あなたが愛しいです」


 見上げてぶつかったのは、優しい瞳。ほわほわふわふわ、包み込まれるみたいだ。

 俺はとことん、唯さんに甘えてみた。



 夕飯作りはまた手伝わせてもらえなくて、暇だから俺は料理する彼女をじっと眺める事にした。


「…やりづらいです」

「見ていたいです」

「プロの方に見られる程の腕前じゃありませんから…」

「まだ俺は見習いです。それになんだか、料理してる唯さんってセクシーです」

「手元が滑ります!怪我します!ソファで大人しくしていて下さい!」


 焦る彼女は可愛い。

 あんまりしつこくすると機嫌を損ねかねないから、くつくつ喉の奥で笑って退散する。

 結局勉強しかする事なくて、煙草を吸いたくなる度に邪魔しに行って怒られた。


「だって唯さん、あなたのチョコも食べるんです。お菓子ばかりは太ります。だから…キスして良いですか?」


 背中から甘えるように身を寄せて、彼女の肩に顎を乗せる。


「…仕方、ないですね」


 渋々だけど許可を得て、振り向いてくれた唯さんの唇に吸い付く。深くキスをして、ついでに彼女の脇腹を両手で撫でてみた。


「…この手はなんですか?」

「気持ち良いです」

「太いって言いたいんですか!」

「そんな事ないです。好きですよ」


 チュッてキスして退散。また勉強再開。

 もう!って怒った唯さんの声が聞こえたけど、その声にすら俺の顔は緩む。

 そうこうしてる内に店を閉める時間が近くなったから、俺は唯さんに声を掛けて一階に降りた。


「お疲れ。看板仕舞うな?」

「おぅ。悪いな」


 締め作業を陣さんと手分けして終わらせて、二階に戻ったら丁度夕飯が出来てた。ちゃんと、時間を考えて作ってくれたんだ。


「いいねぇ唯ちゃん。いつでもお嫁においで?」


 陣さんの言葉に、唯さんは赤くなる。

 ニヤニヤ笑いの陣さんに肘で突つかれて俺も困る。


「バカな事ばっか言ってねぇで、飯食うぞ」

「春樹ちゃんってばすぐ照れるー」

「ぅるせぇッ!その顔やめろ!」

「生まれつきだってぇ」

「そんなキモい顔で生まれて来たのか!助産師泣くわ!」


 いつもの調子で言い合いしてたら唯さんに笑われた。くすくす、楽しそうに笑ってる。


「本当、仲良しですね」

「まぁねぇ。可愛い俺の息子」

「やめろっ、ボサボサになんだろ」


 髪をぐちゃぐちゃに掻き回されて、俺は逃げる。

 唯さんが笑いながら髪を整えてくれて、陣さんはそれすらからかって来て楽しそうに笑ってる。唯さんが来てくれるようになってから、陣さんも俺も、よく笑ってる気がする。


「うまいっ!」

「ほんと、マジにうまいです」


 夕飯もうまかった。手作りのチョコレートケーキも濃厚でうまい。珈琲は練習で唯さんが淹れて、食後のデザート。


「お口に合って良かったです」


 嬉しそうに、唯さんは頬をほんのり染めて笑ってる。

 デザートまでばっちり堪能した後は、陣さんに車を借りてドライブデート。今日一日の、俺からのお礼。


「どこに行くんですか?」

「首都高乗って、台場です。途中で見える東京タワーとか、バレンタイン仕様みたいですよ」

「へぇ!楽しみです」


 ラジオの音楽も、バレンタイン特集みたいだ。懐かしいようなのも流れてる。


「そろそろ東京タワー、見えますよ」


 いつもと違う色の東京タワー。ビルの隙間から見える度に、唯さんはにこにこ顔を輝かせてた。

 レインボーブリッジから見えるショッピングモールもバレンタイン仕様。


「右、見て下さい」

「あ!ハートです!すごーい!」


 目的地は海沿いの公園。

 俺も初めて来たけど、夜景が綺麗だ。


「寒くないですか?」

「…寒い、です」


 ちらり見た唯さんの顔は赤い。

 望んでる事を理解して、俺は包み込むように後ろから彼女を抱き締める。


「あったかい?」

「あったかい、です」

「良かったです。…今日、ありがとうございました。嬉しかったです」

「喜んでもらえたなら私も嬉しいです。…ドライブも、楽しいです。夜景も綺麗」

「調べた甲斐、ありました」

「調べたんですか?」


 何故か驚いた顔で振り向かれた。


「そうですよ?デートとかよくわからないですし…こっちに来てからはあんまり出掛けたりしてないですから」

「そうなんですかぁ」


 今度は嬉しそうな声になって、彼女はにこにこしながら夜景を見てる。


「俺って、遊んでるように見えました?」

「はい。見えます」


 迷いのない即答。傷付くな。


「地元ではまぁ…色々あったんで間違いではないですけど…」


 恥ずかしくて、彼女の肩に顔を埋めて、呟く。


「実は…色々必死です。あなたに喜んでもらいたくて」


 言葉での返事はなかった。でも彼女の体重が後ろに掛けられて、身を預けられる。唯さんに巻き付いてる俺の両腕に、唯さんの両手がそっと触れた。

 それだけで俺の心を温かく満たすだなんて、唯さんはマジですごい。


「どんどんあなたに、ハマっていきます」

「ハマって。もっと、溺れて下さい」

「…はい。唯さんも、俺に溺れて」


 やっぱり答えはくれない。

 でも構わない。俺の腕の中にいてくれるのがきっと、彼女の答えなんだ。

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