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いつもの席で珈琲を  作者: よろず
第一章
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シードルとりんごジュース5

 俺が生まれた家は、一般家庭ではなかった。格式が重んじられる家。田舎の古い家柄で、俺は本家の長男として生まれたんだ。

 親の期待。親戚の期待。

 周りの期待に押し潰されそうになりながら俺なりに、頑張ってたはずだった。


「でも俺、出来が悪くて…弟の方が出来が良くて、なんで俺が長男なんだろって、いつも思ってました」


 唯さんの腕の中。

 床に膝を付いて座った俺の頭を抱えて、彼女は耳を傾けてくれてる。何処から話そうか迷ってたら、最初から全部聞きたいって言われた。もしかしたらこれが最後になるかもしれないから、俺は自分の生まれを話す。髪を撫でてくれる彼女の手に、勇気をもらいながら。


「上るのってあんなに大変なのに、落ちるのはほんと簡単で…俺は簡単に、どんどん落ちて行きました」


 始まりは名門私立の小学校への受験失敗。

 勉強漬けの幼少期、小学校時代。だけど弟は一発合格。その頃からもう、周りから俺は"ダメ"の烙印を押された。でも挫折は許されなくて、親父はやれば出来るお前はやらないだけなんだって言う。

 母さんも頑張れって。

 頑張ったよ。頑張ってたよ。


「長男だから、長男なのに。言葉に押し潰されそうになりながら頑張ったけど、中学の受験もダメで…見捨てられました」


 こいつはダメだって考えてるのがわかる、冷たい目。

 まるで俺はゴミ。生ゴミ。

 親戚の集まりは針の筵で、弟にまで見下された。


「そんなの言い訳にならない。それでも頑張ってる人はいる。でも俺はもう…無理だったんです」


 落ちるのは簡単だ。簡単に何処までも、落ちていける。


「中学行かないで悪い奴らとつるんで、唯さんが想像もつかないような悪い事、たくさんやりました。喧嘩もたくさん。無抵抗の人間をボコボコにしたりだとか…殺し、かけたりとか…」


 過去を思い出して、乾いた笑いが漏れた。

 唯さんは何も言わない。黙って髪を梳いてくれる。怖くない?俺が、怖くないの?


「怖くないよ。大丈夫。続けて?」


 涙が溢れた。でも歯を食い縛って堪えて、俺は懺悔を続ける。


「家にも帰らなくなって、悪い先輩の所寝泊まりして」


 高校は、補導されて連れ帰られた時に母親に泣きながら懇願されて受験した。受かったけど一度も、行かなかった。


「バイクの窃盗団入って、盗みしてたんです。でも失敗して捕まりました」


 家族や親戚は俺を見捨てたけど仲間は違うって、思ってたんだ。でもそれも勘違い。俺はあいつらの仲間なんかじゃなかった。

 仲間は俺を売って、見捨てて逃げた。

 そこからまたどんどん落ちて、落ちて、落ちて…。

 どうやったら這い上がれるのかなんて全く、わからなかった。


「親の力、金の力で不起訴処分とかいうので許されて前科は付かなかったけど、家帰って親父に殺されかけました。ゴルフクラブですよ?マジ、殺る気満々…」


 "生き恥晒すなら死ね"

 殺してくれよって思った。

 俺だって、なんでこんな風になったんだろって、思うよ。でももう何もかも、どうしたら良いか…なんにもわからなくて…助けてなんて言う資格もなくて…ただ落ち続けてた。

 家に閉じ込められて、抜け出して、髪の色抜いて、自分を痛め付けるようにあちこちピアスの穴開けて、見つかってまた監禁される。そんな日々。

 俺の糾弾の為に親戚が集まって罵られる。

 俺の所為か?俺だけの所為か?お前らだって腐ってるくせに。外面だけが"ちゃんとしてる"だけのくせして…俺を作ったのはお前らだろ。


「落ち続けるだけだった俺に、陣さんが手を差し伸べてくれたんです」


 "うち来るか?"

 ただ一言に、救われた。


「はじめはなんだこのおっさんって思って…でも陣さん、俺の話聞いてくれて、向き合ってくれて…初めて他人に優しくされた気がしたんです」


 実家と疎遠だった陣さん。

 呼び出されたのは多分、俺を押し付ける為だと思うんだ。だけど陣さんは自分の意志で俺に手を差し伸べてくれた。

 本当は親ってこんな風なのかななんて考える程に、ここは居心地が良かった。あの人はなんでもない事みたいに俺を引き上げてくれたんだ。


「以上が、俺の秘密です。…逃げて、良いんですよ」


 本当は昨日言うべきだった。でも舞い上がって、逃げて、自分の感情優先して…罪悪感で勝手に自分語り。どうしようもねぇなって、自分で思う。


「逃げませんよ」

「…震えてるじゃないですか。犯罪者、怖いでしょう?」


 俺の頭抱えてる唯さんの身体、途中から小刻みに震えてるの気付いてた。だから身体を離そうとしたのに何故か、俺は唯さんに押し倒された。


「確かにびっくりです。衝撃の過去です。まだちょっと、理解が追いつきません。でも…」


 きゅうって、唯さんの腕に力が入る。


「私の知ってる春樹さんは、優しい人です。とても、素敵な男性です。だから嫌いになんてなりません。好きです」

「悪い男に騙されたら、ダメですよ」

「あなたになら騙されても良いです」

「…良い人過ぎますって。損しますよ」

「あなたもです。損しない為に、私を離さないで?」


 触れるだけのキスされて、俺はいろんな、ぐちゃぐちゃで泣き出しそうな感情を誤魔化す為に、喉の奥でくつりと笑う。


「そんなに自己評価高い人だったなんて、知らなかったです」


 唯さんは真っ赤になった。だけど逃げない。


「そ、そうです。私ってほんと、良い女なんですよ!だって母は、とっても良い女でしたから!」


 ほんと俺、この人が好きだ。


「冗談です。唯さんはマジに良い女です。俺には勿体無い。…このチャンスに逃げないともう、逃がしてあげませんよ?」

「望むところです!」


 素面の彼女がくれた、深いキス。

 俺の身体を押さえつけるみたいな、彼女の重み、温もり、柔らかさ。全部が愛しくて、脳みそ蕩けそうになりながら俺は彼女のくれる(キス)に応えて、彼女の身体を抱き返した。

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