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いつもの席で珈琲を  作者: よろず
第一章
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シードルとりんごジュース4

 飯の後で、義雄さんを迎えに子猿が現れた。


「おぅ。悪いな」

「こっちこそ。春樹、今日はスロット行ってなかったんだ?」

「あぁ。まぁな」


 義雄さんの娘の(あゆむ)。俺の一つ下。口は悪いけど、よくこうして酔い潰れた義雄さんを迎えに来てくれる。


「手間掛けさせんじゃねぇ!クソ親父」


 俺の後に続いてリビングに入った歩の第一声。俺らは慣れてるけど、初遭遇の唯さんがきょとんとしてる。

 歩も知らない女の人の存在に驚いたみたいで固まってる。そのまま放置も面白そうだけど、ちゃんと紹介する事にした。


「唯さん、この子猿は(あゆむ)。義雄さんの娘です」

「子猿じゃねぇッ」


 俺の冗談に反応して足を打ち鳴らした。こいつはいつも騒々しい。


「あの、はじめまして。有馬唯と申します」

「ども。父がご迷惑お掛けしませんでしたか?」

「いえいえ。私の方がご迷惑をお掛けしてしまって」


 ふわふわほわほわな唯さんと元気一杯子猿な歩。二人の挨拶を、俺とオヤジ二人はなんとはなしに眺めてた。だけど会話が途切れて、俺は歩に睨まれた。誰なのかを説明しろって視線で言われた気がして口を開く。


「唯さんは俺の彼女」

「はぁっ?!何彼女って…なんでだよッ」


 なんではお前だ。何をそんなに驚いたのか、謎。


「昨日付き合い出したからほやほや」

「うっそ!こんなダメ男のどこが良いんですか?やめた方が良いですって!」

「え、えと…あの…」


 歩の失礼な発言に唯さんが困ってる。こいつは俺の過去を知ってる。だからこそのダメ男呼ばわり。だけど大きなお世話だ。


「おら歩。車のキー。帰るぞ」


 義雄さんに鍵を投げられて、歩は焦りながらもキャッチした。

 邪魔したなって言って、義雄さんは歩の頭を片腕で抱えて玄関に向かう。そのまま慌ただしく、二人は帰って行った。


「…仲良し、なんですか?」


 なんだろ。唯さんの笑顔が怖い。


「歩ですか?義雄さんの所に行くとたまに会うし、こうして義雄さんを迎えに来たりするんで、仲悪くはないですよ」

「そうですか…」


 これは、あれか。女の勘ってやつだ。

 陣さんは酒飲んで眠くなったって言って部屋に引っ込んだし、俺は唯さんをリビングに連れて行ってソファに座らせる。その前の床に両膝ついて、両手は唯さんの身体を挟むようにしてソファの座面に置いた。


「あいつには告られた事があります。でもすっぱり断りました」


 変に隠してぎくしゃくしたくない。だから白状した。

 真っ直ぐ目を見て言ったら唯さんの目が少し大きくなって、不満そうな表情になる。


「彼女はまだ、春樹さんを好きです」

「どうしてそう思うんですか?」


 答えない。

 唯さんは俺から目を逸らしてて、どうしたもんかなって俺は考える。


「俺が好きなのは唯さんです。それじゃ、ダメですか?」


 膝の上に重ねられてた手を片方取って握ってみた。振り払われないから、触れるのは許可されたみたいだ。


「…ダメじゃ、ないです。ヤキモチです」

「そうですか。どうしたら不安、吹き飛ばせます?」

「…いいです。ごめんなさい」

「謝らないで下さい。何が不安ですか?教えて下さい」


 唯さんはまだ俺を見てくれない。だから手を握ったままで、俺はじっと待つ。


「…彼女、何歳ですか?」


 ぽつり零された質問。俺はすかさず答える。


「二十歳です」

「大学生?」

「そうですね」

「若い、ですね」


 あぁ、なるほどなって思った。唯さんは年上なのを気にしてる。


「俺は歳は気にしません。きっとあなたが同い年でも年下でも、例えもっと年上でも好きになったと思います」

「女たらし…」

「はい。あなた限定です」


 潤んだ瞳が俺を映して、拗ねて尖った唇に吸い寄せられるように近付いた。唯さんが俺の動きに合わせて背凭れに倒れ込んで、俺は背凭れに両手ついて覆い被さる。


「していいですか?」

「な、何を?」


 赤くなって狼狽えた彼女が可愛くて、俺は喉の奥で笑う。赤い耳に唇寄せて、キスですよって囁いた。


「翻弄、されっぱなし…」

「良いじゃないですか。溺れて下さい、俺に」


 ゆっくり唇に吸い寄せられて、唯さんが逃げないで目を閉じたからそれを許可だと受け取る。

 片足ソファに乗り上げて、触れるだけのキス。すぐに離れてそのまま見下ろしてたら、目を開けた彼女は不満顔。


「その顔、嫌です」

「心臓、食べてあげますよ?」


 反論しようと開いた唇に吸い付いて、舌を滑り込ませる。嫌だったら首を振って逃げられるように、頬に触れた左手は添えるだけ。唯さんの不安も悲しみも全部、こうして俺が食べてあげられたら良いのに。

 わざと音を立てていやらしいキスをして、左手で唯さんの耳の形を辿るように指先で撫でると、俺の身体の下にある唯さんの身体が微かに震える。

 あぁ…マジで食べちゃいたい…


「…唯さん。俺、犯罪者なんです」


 するりと懺悔が、口から零れた。

 まだ彼女の傷が浅い内に、やっぱりちゃんと言うべきなんだ。これ以上俺も彼女も溺れてしまう前に、俺という人間を、俺がした事を、伝えるべきだと思った。

 酔い潰れて寝てる彼女を腕に抱きながら、ずっと考えてたんだ。

 唯さんは、俺を真っ直ぐ見てる。

 こんな姿勢で犯罪者の話なんて怖いよなって考えて身体を離そうとした俺を、唯さんが捕まえた。縋り付くみたいに、俺の首に両腕回して抱き付いてくる。


「逃げないで。聞くから。怖がらないで」


 怖がってるのは俺の方なんだって、見抜かれてた。ごめん。唯さん。俺はまだあなたを、抱き返せない。

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