シードルとりんごジュース2
唯さんから取り上げたシードルの瓶とグラスを持って戻って床に座る。
瓶から甘いリンゴ酒をグラスに注いでたら、唯さんがゆらりとソファから立ち上がった。両サイドのオヤジ達が倒れるのを心配して手を添える。
俺も、トイレなら連れて行こうかなと思って持ってた瓶とグラスを机に置いて立ち上がろうとした。
「ちょ、唯さん?!」
両手広げた唯さんが倒れ込んで来て、咄嗟に受け止める。びっくりした。意識はあるか確かめようとしたのに首に縋り付かれて阻まれて、更にびっくりして動揺する。
「はるきさん、とおいです」
耳元で、そんな甘い声を出さないで欲しい。
「唯さん、あの…大丈夫ですか?」
コート着てない身体の破壊力は半端ない。ぎゅうぎゅう抱き付かれて嬉しいけど、柔らかい身体にクラクラする。
「だいじょぶじゃありません。ぎゅって、なんでしないんですか!」
抱きとめた後、手の置き場に困って両手を床についたのが不満みたいだ。
積極的唯さんが降臨して、俺は顔が熱くて困る。
陣さんと義雄さんはニヤニヤ楽しそうに成り行きを見守ってて、その視線にも余計に困った。
「ぎゅって、して下さい」
「…はい。どうしました?」
床についてた両手を唯さんの背中に回す。左手は腰に巻き付けて、右手は彼女の右肩に添えた。細くて柔らかくて、理性がぐらぐらする。
「会いたかったんです。ちょっとなのに、会いたかったの」
「俺も、会いたかったですよ」
「…りんごあじ」
キスされた。
人前だ。見られてる。だけど柔らかさと酒の匂いに酔いそうだ。
唯さんの両手に顔を包まれて柔らかい身体押し付けられて、唇が触れ合ってる。
「ゆ、い…」
離れて名前呼ぼうとしたら、可愛い舌が滑り込んで来て絡め取られる。
もういいや。
なんだって良い。
存分に堪能してやる。
りんごジュース味を舐めて、吸って、飲み込んだ。
身体も強く抱き締めて、息も全部絡め取る。
腕の中の彼女の身体からくったり力が抜けたのを感じて唇を離した。
赤い顔で潤んだ瞳。
濡れた唇に舌を這わせて、最後に音を立てて吸い付いてから離れる。
「襲われたいんですか?」
真っ直ぐ見つめて囁いたら、ぼんって音が出そうなぐらいに唯さんの身体の見えてる所全部が真っ赤に染まった。
「あ、えと…おて、あらい…」
冷静になったのかなんなのか、唯さんは激しく視線を彷徨わせて、わたわた俺の腕から這い出て逃げ出した。
バタンってトイレのドアが閉まる音がしたから辿り着いたみたいだ。
「何も言うな」
ニタニタ笑ってる陣さんと義雄さんに先手を打って、俺はシードルの瓶を引っつかんでラッバ飲みする。
ごくごく飲みながら、今後唯さんに人前では絶対に酒は飲ませないって心に決めた。
ドアが開いて閉まる音がしたのに唯さんが戻って来ない。様子を見に廊下に出ると、彼女はトイレの前で膝抱えて蹲ってた。
「唯さん、どうしました?」
声掛けたら顔を上げて俺を見たけど、すぐにまた膝に伏せる。
「ぐらぐら、床が揺れてます」
「吐きます?」
「吐かないです。歩くと揺れます」
「水持って来ます。待ってて」
ここまで酔ってるならさっきのキスも酒の所為だなってわかって、残念なようなラッキーなような複雑な気分。
「唯ちゃん、やばいか?」
台所でグラスに水注いでる俺に、陣さんが心配そうな顔で聞いて来た。
「ぐらぐらするって。歩けそうにないみたい。水飲ませて休ませてくる」
「なんかあったら声掛けろ」
「わかった」
水で満たしたグラスを手に唯さんの所に戻って水を飲ませる。ごくごく全部飲み干してから唯さんは、うーって唸った。気持ち悪いんだ。
「吐けるなら吐いて下さい。その方が楽です」
「嫌です。そんな所、見ないで」
「なら、俺の部屋で良かったら横になります?それともみんないるリビングが良いですか?」
「…お部屋が良い」
「歩けます?それとも運びましょうか?」
「抱っこが良いです」
こんな状態じゃなきゃ、甘えられたのが可愛くて喜べるんだけどな。
グラスは一旦床に放置で、揺らさないように抱き上げて部屋に運ぶ。赤かった顔、赤みが引いて顔色悪くなってる。飲んだ量はそれ程じゃないし、水たくさん飲ませて様子見だなって判断した。
水を運ぶ時に部屋のドアは半開きにしておいたから、足で開けて中に入る。唯さんをベッドに寝かせて、窓を少しだけ開けた。
「すぐ戻るんで、待ってて下さい」
放置したグラス回収して洗面所でタオルを持って、グラスに新しい水を入れてから部屋に戻る。
陣さんと義雄さんには、大丈夫だから気にするなって声を掛けておいた。
「水、もっと飲みます?」
ベッドの端に腰掛けて、横たわる唯さんの様子を窺う。
「いらない。私、お酒も合わないみたい。…大人アイテム、全滅です」
腕で目元を隠してる唯さんの言葉を聞いて、俺は苦笑する。
唯さんにとって、煙草、酒、ギャンブルが大人の物差しなのかな。
「背伸びしなくて良いんですって。アイテムで大人になる訳じゃないんですから。肝心なのは中身です」
水の入ったグラスはベッドボードに置いて、俺は唯さんの髪を撫でた。頬や首筋にも触れて、体温と変な汗が出てないか確認。大丈夫そうかな。
「中身も子供です」
「それでも良いじゃないですか。どんな唯さんでも俺は好きです」
「…なら、添い寝して?ぎゅってして」
「わかりました」
ベッドに上がって、唯さんの隣に横たわる。仰向けだった唯さんが動いて擦り寄って来たから、腕枕して抱き締めた。
心臓の動きが激し過ぎて、口から飛び出そうだ。
「あのね…」
「なんですか?」
「お話、して良いですか?」
「どうぞ」
甘えた声。たまに崩れる言葉使い。いろんな彼女の一面に、俺の心は絡め取られてる。
「今住んでる場所、ずっと母と住んでいたんです。だから…帰ると寂しくて。マスターから連絡をもらってほっとしました。だから来ちゃって…こんな、酔って。春樹さん、呆れてますか?」
「いいえ。可愛いです」
「ほんと?」
「本当です。むしろ寂しい思いをしていたなら早く連絡すれば良かったって、後悔しました」
「ほんと、あなたが好き。大好きです」
ぎゅうって抱き付かれて、俺は右手で彼女の髪を梳く。さらさら柔らかくて、手触りが良い。
「俺もです。少し、寝て下さい。寝て起きたら今より楽になりますよ」
「…こうしてて、くれますか?」
「はい。唯さんが起きるまでこうしてます」
「ならお言葉に甘えます。少しだけ、寝ます」
「はい。おやすみ、唯さん」
「うん。おやすみ」
俺の腕の中で、彼女は寝息を立て始めた。
髪を払って覗いてみた唯さんの顔は、安心しきってる。
柔らかい髪を指に絡めて遊んで、頭にキスをする。そのまま隙間なく抱き込んでから目を瞑って、彼女の呼吸に耳を澄ませてた。




