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いつもの席で珈琲を  作者: よろず
第一章
24/63

シードルとりんごジュース1

 ソファの上には、ほわほわへにゃへにゃした顔でゆらゆら揺れてる唯さん。

 両サイドにはニヤニヤオヤジ共。

 まだ昼だけど、机の上には酒とつまみが並んでる。

 真っ赤な顔の唯さんを見た俺は苦笑して、小さな溜息を吐いた。


 *


 朝飯の後で俺は、掃除をする事にした。掃除と洗濯を終わらせてから唯さんに連絡するつもりだったんだ。

 洗濯機回して、陣さんと俺の部屋に掃除機を掛けてからリビングの掃除に取り掛かる。陣さんと義雄さんには掃除の間、陣さんの部屋に移動してもらった。

 陣さんも俺もそんなに散らかすタイプじゃない。むしろ陣さんは几帳面で、本棚の本は種類分けされてるし高さも揃えて並べられている。

 台所は仕事場と同じだから使う度に磨くように仕込まれてる。だから床にざざざっと掃除機を掛ければおしまい。

 洗面所で洗い終わった洗濯物をカゴに移してる所で玄関のベルが来客を告げた。陣さんの部屋のドアが開いて、出てくれるみたいだから俺は気にせず洗濯物をカゴに移す。洗濯物を干しに行こうと思って洗面所を出たら、玄関で靴を脱いでる人の姿に思考停止。


「唯さん?」

「こんにちは。マスターにお呼ばれされて来てしまいました」

「連絡先、知ってるんですか?」

「はい。以前こちらにお泊りさせて頂いた時に交換しました」

「そうなんですか。すみません。掃除してから連絡しようと思ってたんですけど、陣さんに先を越されちゃいましたね」


 苦笑する俺に、唯さんはふんわり笑って首を横に振る。


「いいえ。家事、ちゃんとされてるんですね。偉いです」

「世話になってばかりなんで、こういう事で恩返しです」

「偉いです。洗濯物を干すの、お手伝いします」

「大丈夫ですよ。それよりなんだって呼ばれたんですか?どこかに行くんですか?」

「祝いの酒盛りだ!唯ちゃんおいで!おじさん達と飲もう」


 マジで昼間から飲む気らしい。

 戸惑う唯さんは陣さんに連れ攫われた。


「唯さん、無理に付き合う必要ないですから。洗濯物すぐ干しちゃいます」

「は、はい。大丈夫です」


 リビングから出るベランダで洗濯物を干すから、唯さんと陣さんに続いて俺もリビングに入る。リビングでは義雄さんが酒とつまみを並べてた。元々ここで飲む気だったのかなってくらいの準備の良さだ。


「春樹の天使ちゃん、愚息が世話になってるな」

「えっ?お父様ですか?はじめまして、有馬(ありま)(ゆい)と申します。息子さんにはいつもお世話になっております」


 義雄さんの台詞に唯さんが動揺してる。親には勘当されたって昨日話したからだ。てか、唯さんの名字初めて知った。


「唯さん、その人は陣さんの友達の義雄(よしお)さんです。坂の上の珈琲豆は義雄さんの店の物で、プライベートでもよく世話になってる人です」

「えぇーっと、では、血は繋がっていないんですか?」

「だな。でも可愛い息子だ」


 胸を張って言いきる義雄さん。嬉しくて照れ臭くて、俺は緩む顔を隠すようにサンダル履いてベランダに出た。

 良い天気だ。こんな天気の良い休日に昼間から酒盛りなんてすごい贅沢かもなって思いながら、洗濯物を干す。

 開いた窓から漏れ聞こえる声は、オヤジ二人に唯さんが昨日の事とか俺との事を色々聞かれてる。さっさと終わらせて、助け船を出さないと可哀想だ。


「なんでもうそんなに真っ赤なんですか」


 洗濯物干すのを終わらせてリビングに入ったら、唯さんがもう出来上がってた。早い。十分も経ってないと思う。


「おかしいです。りんごのジュースを飲みました」

「悪い。甘くて飲み易いからって思ったんだけど、ごくごく飲んじまったみたいだ」


 陣さんが唯さんの隣で苦笑してる。

 唯さんの前にはシードルの瓶。なるほどなって思って、どれだけ飲んだんだろうって中身を確認する。


「グラス一杯分でこれか…唯さんほんと弱いな」

「ちょっとずつ様子見ろよとは言ったんだが…ゆらゆら揺れてるぞ」


 義雄さんも苦笑して唯さんを見てた。

 ソファは三人掛け。唯さんを真ん中にして右に陣さん、左に義雄さんが座ってる。唯さんは真ん中に座って笑いながら揺れ続けてる。


「唯さん、本物のりんごジュースと水、どっちが欲しいですか?」

「んー?りんごジュースが飲みたいです。でもシュワシュワが良いです」


 瓶からまた酒を注ごうとするから取り上げた。


「これじゃなくて、りんごジュースの炭酸割りを作ってあげます。ちょっと待ってて下さい」

「はーい。…春樹さん」


 取り上げた瓶を片手に台所に向かおうとしたら呼び止められた。

 具合でも悪くなったのかなって、心配になる。


「どうしました?気持ち悪いですか?」


 赤い酔っ払いの顔で気持ち良さそうに笑ってる唯さん。ゆらゆら揺れてふにゃふにゃ笑って、ほんと可愛い。


「春樹さん、好きです」


 抱き締めてキスしたい。だけどニヤニヤオヤジ共が俺を見てるから、真っ赤になった顔は片手で覆って隠す。


「愛されてるなぁ春樹」

「だなぁ。飴、持って来たらしいぞ」

「陣さんそれ聞いたのかよ!」

「聞いちまった。唯ちゃん嬉しそうだったぞ。なぁ?」

「そうですマスター!嬉しいです!春樹さんは、色気だだ漏れのお色気むんむんなのです!」


 耐えられない!

 俺は逃げを選択して台所に入った。新しいグラスに百パーセントのりんごジュースを注いで、炭酸水で割る。

 ソファではご機嫌に笑った唯さんが何か話してるけど聞くのが怖い。

 取り上げたシードルの瓶は台所に置いたままにして、グラスを持って戻った。


「りんごジュースです」

「ありがとうございます」


 洗濯物のカゴをさっさと置きに行って俺も飲もう。一人で素面はかなり辛い。

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