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いつもの席で珈琲を  作者: よろず
第一章
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思い出の上書き3

 緩やかな坂と階段を経由して、頂上に着いたらポスターを見つけた。バレンタインイルミネーションだって。唯さんが見たそうに顔を輝かせてたから、暗くなるまで上書きしながら時間を潰す事にした。

 神社で参拝して、道を下る。行きとは違う道を通ったら蒸かしまんじゅうを見つけて一つずつ食べた。


「江ノ島って猫が多いですよね」


 目の前を猫が横切って、唯さんが呟く。


「そうですね。好きですか?」

「可愛いなって思いますけど、犬派です。母が猫アレルギーで、触ると怒られて、その所為かなんだか苦手で」


 俺の肩に頬を摺り寄せて、唯さんは苦笑を浮かべてる。両腕が俺の左腕に絡みついて、手は指を絡めて繋いでる状態。密着し過ぎで、俺の心臓はずっとうるさく鳴り響いてる。


「唯さん、お父さんは?」


 いつも彼女の口から出るのは母親の話。父親はって何も考えずに口にして、突っ込み過ぎかと内心焦る。でも唯さんは、にっこり微笑んですぐに答えてくれた。


「私が小さい時に離婚したんです。お酒に酔って暴力を奮うような人だったみたいで…だから母は、"ちゃんとする"事にこだわったんだと思います」


 だからかって、納得する。

 そんな父親だったのなら、離婚した後母親は酒を嫌がったんじゃないかな。だから唯さんは酒を飲み慣れてないし、知識もない。


「春樹さんは、ご両親は?」

「うちは不仲なんです。俺どうしようもなくて、勘当されました」

「マスターはご親戚って言ってましたよね?」

「父親の弟です。陣さんだけが、どうしようもなかった俺を見捨てないで助けてくれたんです」

「だから、春樹さんはマスターを慕っているんですね。いつも仲良しです」

「はい。親より大切な人です」

「ならマスターに感謝です。今私がこんなに素敵な春樹さんと出会えているのは、マスターのお陰ですね」

「そう、ですね」


 そんな事、言ってもらえるなんて思わなかった。親の事蔑ろにしてる、ダメなやつって言われるかと思った。


「唯さんのお母さんは素敵な人だったんじゃないかって、思います」


 "ちゃんとする"事にこだわった人だったみたいだけど、ダメな親の元でこんなにまっさらで優しい人が育つとは思えない。


「はい。良い母でした。大好きです。だからこそ失ったらぽっかり胸に穴が空いてしまって…立ち止まって、動けなくなってしまいました」


 寂しそうな横顔。

 いつも帰りがけに浮かべていた表情。あれは、母親を思ってたのかな。一人の家に帰るのが寂しかったのかな。

 坂を下りきって、俺達は休憩がてら店に入った。そこも思い出の上書き。クソ野郎との思い出、全部俺で塗り替える。


「食べられるだけ食べて、残したらもらいます」

「はい、頑張ります!」


 頑張らなくて良いって言ってるのに。歩きながら煎餅やら饅頭やら食べたから、絶対食べきれないと思うんだ。

 彼女はしらすのかき揚げ丼。俺は海鮮丼。具沢山でずっしりしてる。俺の海鮮丼からも刺身を少し食べて、唯さんは半分でギブアップ。満足げに胃を摩って、俺が残りを食べるのをにこにこ笑って見守ってた。


「次は江ノ電ですか?」

「はい!春樹さん、寄りたい場所はありますか?」

「あそこ行きたいです。有名な踏切」

「私も行った事ないです。じゃあそこで途中下車ですね」


 江ノ電は鎌倉から乗って途中下車はしなかったらしい。

 支払い戦争、今回は割り勘。

 店から出たらまた密着して、歩いて駅に向かう。これ、冬じゃなかったらやばいと思う。コートとかが間に挟まってるからまだ平静を保てる。


「くっつくの、好きです。安心します」

「俺は心臓壊れそうです」

「耳が赤くなるのを見るのも、可愛いです」


 小悪魔なのかもしれない。でも唯さんなら小悪魔も良いな、なんて思う俺は多分、どこかの回線焼き切れてる。

 長い橋、めちゃくちゃ寒い。海風やばい。

 寒い寒い言いながらくっつき合って渡りきった。

 江ノ電は休日だから人がぎゅうぎゅうだ。景色どころじゃない。情緒もなにもねぇなって笑い合って、俺は唯さんを腕の中に囲い込む。


「大丈夫ですか?」

「はい。人、たくさんですね」

「休日はホームの入場制限掛かったりするらしいですからね。乗れただけラッキーです」

「ですね。これはこれで、良いです」


 呟いた唯さんが胸元に擦り寄って来る。今日、スキンシップが多い。嬉しいけどドキドキし過ぎて早死にしそうだ。


「あなたが、欲しかったんです」


 腕の中で唯さんが囁いた。密着してるから聞こえる、小さな声。


「初めは、格好良い店員さんだなって思っただけでした。でも、お客さんの話を真剣に聞いていたり、優しく微笑んでるのが素敵だなって」


 唯さんの両手がきゅっと、俺の服の胸元を掴む。

 あまりにも声が小さいからぎゅうっと抱き込んで、俺は耳を近付けた。


「お話ししてみたら、やっぱり素敵でした。それで、お酒に酔って泊めて頂いた朝、あなたを手に入れたくなったんです。手を伸ばして、良かった」

「…俺もあの夜、あなたを欲しいと思いました」

「一緒。嬉しい」


 顔は見えないけど、彼女は笑ってると思う。穏やかで嬉しそうないつもの笑顔。

 降りる駅まで、俺らはそのまま抱き合ってた。

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