思い出の上書き2
手を繋いで歩きながら、タコの煎餅食ったって言うから並んで買う。クラゲとかいうのもあったから一枚ずつ買って、分け合って食べる。食べ終わって手袋嵌めたら、唯さんの手が俺の服の肘の部分を掴んだ。
「手、どうぞ」
差し出したけど、首を横に振られる。
「腕を、組みたいです」
なんて事を言うんだ。
頬を染めた恥ずかしげな彼女の表情に、俺は腰から崩れ落ちそうになる。平静なんて装えないで、顔に熱が上って身体まで熱い。
「それ、は、危険です」
腕を組んだら密着する。それはなんて甘美で危険な事だろうかって想像が、頭を巡る。
よくわからないって顔で彼女が首を傾げてるけど、顔なんて見れない。俺の視線がうろうろ彷徨った。
「俺の心臓、持ちません」
これ以上の問答は御免だって思って、唯さんの手を取って指を絡めて繋いで歩き出す。
「これだけでも心臓、破裂しそうなんですから」
絶対顔真っ赤だ。
熱い、暑い、熱い。
「いつもと逆です。春樹さん、可愛いです」
「やめて下さい。嬉しくないです」
「私に、翻弄されてますか?」
「そんなんずっとされてます」
「嬉しいです。腕、組みたいです」
「ダメです」
「えー」
「えーじゃありません。襲いますよ」
「こんな場所では、困ります」
場所の問題か!
ぐっと喉が詰まって、全身の血が沸騰しそうだ。
「あーもう、暑い!寒いはずなのに暑い!なんすかこれ!」
「ドキドキしてます?」
「してますよ!マジヤバイって。心臓飛び出ますよ、口から!」
「それは面白いです」
「グロいって言ってたじゃないっすか!」
くすくす笑ってる唯さんをじと目で睨む。
「新しい一面です。新鮮です。可愛い」
「可愛いは嬉しくないです」
「春樹さんは格好良いです。素敵です。良い男です」
「なんですか、何プレイっすか!やめて下さい」
くすくす楽しそうな彼女に、翻弄されまくりだ。
「決めました。エスカレーターなんて楽はさせません。全部徒歩でのぼらせます」
「えー、大変そうです」
エスカレーターに向かってた足を階段へと方向転換。文句言う唯さんは無視して、手を引いた。軽く引くだけでついてくるから、文句言いつつも徒歩でのぼる気になってるのかも。
「春樹さん?」
「なんですか?」
手を繋いで歩きながら首だけで振り向く。穏やかに微笑んでる唯さんが、頬を赤く染めてた。あぁもう!キスしたい!
「…私、飴、持って来ました」
もうダメだ。心臓痛ぇ。死ぬかも。
「今、ですか?」
「明るいです。さすがに外は、恥ずかしいです」
「車なら、良いですか?」
「どうでしょう。その前に、言葉が欲しいです」
「…言葉、ですか」
「はい。あなたが、好きです」
全身の血、沸騰した。
顔が熱くて、目まで潤んできやがった。にやけそうなのかなんなのかわからなくなって、繋いでない方の手で口元覆う。
「俺、悪い男です」
「あなたなら構いません」
「言えない秘密、あります」
「まさかの妻子持ちですか?!」
「違います」
バカな事言い出した唯さんに、苦笑を向ける。妻子持ちの男、トラウマなんだろうな。
真正面から向き合う勇気は出なくて、歩きながら話す。
「それを知ったらあなたは俺を、幻滅します」
「そんなに重大な秘密ですか?」
「重大、です。俺にとっては。まだそれを、あなたに告げる勇気がありません」
「…良いですよ。あなたになら騙されても」
この人、俺を殺す気かも。
歩いてなんていられなくなって、足止めて向き合った彼女は、俺を真っ直ぐ見てる。あまりにも穏やかな表情で俺を見てるから、手を伸ばした。
「あなたが、唯さんが、好きです」
右手で触れた唯さんの頬、手袋越しでもふわふわ柔らかい。
「勇気を出して、いつか言います。幻滅されても仕方ない、けどどうか…嫌わないで」
目を伏せた俺の顔を、彼女は下から覗き込む。その顔に浮かぶのは、にっこり優しい笑顔。
「大丈夫です。どんな秘密かはわからないですけど、春樹さんは良い人です。信用出来る人です。それを知っているので、幻滅なんてしません」
泣きそうになって、堪える為に奥歯を食い縛る。
場所なんてわからなくなって、繋いでた手を引いて彼女の身体、抱き締めた。
「好きです」
「私も、春樹さんが好き」
幸せで死にそうだ。
身体離して、お互いの顔を間近で見つめて笑い合う。
「益々思い出の上書きが必要です。クソ野郎の思い出なんて、全部塗り替えてやります」
「はい!よろしくお願いします」
笑顔の唯さんが俺の腕に擦り寄って来た。でももう嬉しいし、そのまま歩く。
俺の左腕に唯さんの両腕が絡んで、柔らかい身体を押し付けられてる。
脳みそ蕩けそうな程幸せで、寒さなんてもう、わからなくなってた。




