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いつもの席で珈琲を  作者: よろず
第一章
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俺と常連の彼女2

 いつから来ていたのかなんて覚えてない。彼女の存在に気付いたのは去年の暮れ。注文を受ける時、そういえばこの人はいつも同じ時間に来てここに座るなって思ったのがきっかけだった。

 大通りからは少し入った場所にある店だから、周りの会社の昼休みがピークでそのあとは緩やかに常連客とか外回りの営業マンが休憩しに来たりする。女の人も来るけど、それは会社員だったりおばちゃんだったりで彼女みたいな普通の若い女の人はあんまり来ない。そういう人達はチェーン店の方が通い易いみたいだからって、陣さんが苦く笑って教えてくれた事があった。

 彼女の存在に気付いたその日も、注文はブレンドとミックスサンド。いただきますって言いながら両手合わせてからカップを取って、香りを吸い込む。一口含んで、彼女は顔を綻ばせた。今度はミックスサンドをぱくりと齧り、味わってからまた微笑む。にこにこしながら食いきって、珈琲飲んだらほーっと息を吐き出すんだ。幸せそうに食う人だなって、思いながら見てた。店が暇だったんだ。その時客は彼女しかいなくて、昼のピークが過ぎた後の休憩回し中。俺の休憩は終わっていて、陣さんが休憩中で、暇を持て余していた。珈琲を飲み干した彼女は隣の椅子の上に置いていた鞄を探って本を取り出して、でも読まずに指先でぱらぱら捲っていじるだけ。視線は窓の外へ向いていて、長い事ぼんやり外を眺めていた。暇な俺は、そんな彼女をぼんやり眺めてた。

 陣さんの休憩も終わって、まばらに店を訪れるお客さん達を捌いても彼女はそこに座っていた。外が暗くなった事に気付いた彼女は窓から本へ視線を移し、目を伏せる。その横顔が、寂しそうに沈んだ気がした。気のせいかも。見間違いかも。暗くなった窓の外と、店の明かりが作り出した幻影かもしれない。真実はわからないけれど、その日から毎日気になって観察した彼女は帰る直前、やっぱり表情が翳るんだ。


 *


 年を越して一月ももう終わる。俺が勧めたフォンダンショコラを食べた次の日も彼女はいつもと同じ時間に店へ来た。座るのも、いつもと同じ席。彼女がコートを脱いで椅子の背に掛けて、座るタイミングを見計らって俺は、水とおしぼり持って近付いた。


「いつもの、ですか?」


 ちょっとこれ、言ってみたかった。常連の爺さん達は「いつものね」って注文して来るから、彼女にも使ってみたくなった。


「はい。……いつもの、お願いします」


 答えた彼女は照れたみたいに、笑った。


「畏まりました」


 冷静装っておしぼりと水を置いてから、カウンターへ戻る。カウンターの陰に隠れた俺は、胸元のシャツを握り締め蹲った。

――あの笑顔! なんだあれ。やばいって。心臓、痛い。

 息を大きく吸って吐き出してから、ミックスサンド作って珈琲を淹れた。


「お待たせしました」

「ありがとうございます」


 俺を見上げた彼女が浮かべたのは、穏やかないつもの笑顔。再びカウンターに戻ってから観察してみた彼女は、いつもと同じようにミックスサンドを食べて珈琲飲んで、幸せそうに顔を綻ばせている。完食したら鞄の中から本を取り出して、今日は読むみたいだ。

 細くて柔らかそうな肩まで伸びた髪。耳に掛けて、彼女は本を開いた。薄っすらした化粧。綺麗にマスカラが塗られた睫毛は愛らしく上向いていて、その睫毛が伏せられ瞳が文字を追う。本を捲る指は細くて、俺なんかが握ったら簡単に折れてしまいそう。


「休憩サンキュー。……春樹(はるき)?」


 いつの間にか陣さんがすぐ側にいて、かなりビビった。


「お、おぅ」

「……はっはーん。なるほどね」

「何がなるほどだ」

「いやぁ……ねぇ? 良いんじゃねぇの。年頃だもんなぁ」

「勝手に妄想してんじゃねぇ! ニヤニヤ笑うなッ」

「マスター権限で、許す」

「何をだッ」

「なんだぁ? おじさん権限が良いのか?」

「だから! 何をだって言ってんだよ!」

「無自覚かぁ……青い春? でも成人してても青春なんて言うのかね?」

「知らねぇよ! バカじゃねぇの!?」

「んな目くじら立ててんなよぉ。お客さん、びっくりしてるぞぉ」


 今この時間、店内にいる客は彼女だけ。焦って振り向いた先で目が合って、目を丸くしていた彼女はほんわかした笑顔になった。腰から力が抜ける感覚をなんとか踏ん張って、俺は動揺を押し込める。


「店の外! 掃いて来る!」


 逃げるように外へ出て、箒と塵取りを両手に握り締めつつ頭を抱えた。俺の暇潰しが、陣さんにバレた。これからいじり倒される。てか彼女のあの笑顔……なんだよ、あの笑顔。

 一月の冷たい空気を肺いっぱいに吸い込んだ俺は、しばらく外の掃き掃除をして体の内側から湧き出た熱を冷ました。

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