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いつもの席で珈琲を  作者: よろず
第一章
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不良な俺と綺麗な彼女9

 唯さんは少食のようだ。俺が食べ終わっても、麺がほとんど減っていない。それなのに苦しそうにしている。


「無理しないで、残しても良いんですよ」

「勿体無いです。それに、作った人に失礼です」

「……苦しそうですね?」

「お腹に溜まる食べ物ですね」


 少食だからこそのミックスサンドなのかなって、納得した。そういえばドリアも、最後の方は苦しそうにしていた事を思い出す。


「残すのが嫌なら食べましょうか? 俺、まだ入ります」

「…………腹何分目ですか?」


 自分の腹の具合を確認して、七分目だと答える。これで終わりでも良いけど、少し足りないかなぐらい。


「お言葉に甘えて、お願いしても良いでしょうか?」

「はい。喜んで」


 申し訳無さそうに差し出されたどんぶりを受け取り、俺は唯さんが残したラーメンを食べる。掃除機みたいだなんて言って感心している唯さんの姿を横目で見ながら、自然と頬が緩んだ。

 支払い戦争、今日は俺の勝ち。微笑んで押し切るのが勝つコツだとわかった。


「明日、どこ行きたいですか? 好きな場所に連れて行きますよ」


 そうですねと呟いた彼女は首を右側に少しだけ傾けながら、薄い星空を見上げている。俺は彼女の返答を待ちつつ黙って隣を歩いていたのだけど……落とすようにして出された答えに、思わず噴き出した。


「海に馬鹿野郎って、叫んでみたいです」


 ベタだ。そんな事やりたいって言う人、リアルにいたんだ。喉の奥で笑いを押し殺している俺を、唇尖らせた彼女が脇腹を突ついて攻撃してくる。


「笑われると一気に恥ずかしいです」

「痛いです。脇腹やめて」


 人差し指を立てて攻撃してくる彼女の手首、掴んで止めた。


「…………細いっすね。少食だからですか?」

「わ、わからないです。細くは、ないです」

「細いです。抱き上げた時も、軽かった」


 親指で手首の溝を撫でながら、抱き上げた感触を思い出した。また、触れたい。抱き締めたい。俺に手首を掴まれたままの彼女は動けなくて、顔を真っ赤に染めて困った表情を浮かべている。だから、解放した。


「その節はご迷惑を……」


 何も言わず歩き出した俺の後を追って、彼女は酔い潰れた時の事を謝ってくる。


「いえ。役得です。ラッキーでした」


 俺の返事が不満だったのか、隣に並んだ唯さんに拳で脇腹をぐりぐりされた。痛くはないけど無闇に触れられると心臓が痛くて、苦しくなる。


「あんまり、男に触れたらダメですよ。襲います」

「なっ! またそんな――」


 声上ずらせて動揺している彼女が愛しくて、思わず口走った。


「キスして良いですか?」


 言ってから心臓が激しく肋骨叩き出して、変な汗が噴き出て来る。だけど彼女の返事で、心臓、止まるかと思った。


「だめ、じゃ、ないです……」


 かぼそい声。顔を見たいのに、俯いている所為で見る事が叶わない。


「なんすか、その返事」


 はっきりした、答えが欲しい。


「じゃあダメ! そういえばラーメン食べました! ラーメン臭いです! また次回!」


 次回なら良いんだと考えたら笑みが溢れて、速足で歩き出した彼女を急いで追い掛ける。


「何味のキスなら良いですか? 甘い物ですか?」

「し、知りません!」

「明日は海の後、ケーキでも食べましょうか」

「今お腹いっぱいなので、食べ物の事は考えられません!」


 耳まで真っ赤。隠すように頬を両手で包み、彼女は更に速度を上げて進んだ。まるで競歩だけど、例え唯さんが小走りになったとしても大股で歩くだけで俺は追い付ける。


「なんだか悔しいです」


 拗ねたような呟きと共に彼女が駆け出した。マジで子供。幼稚な彼女を追う為に、俺は軽い駆け足。


「どうしてですか!」

「コンパスの差ですね」

「もう、お腹、苦しいです」


 必死に走っていた唯さんは、肩で息して足を止めた。


「本当、可愛いです」

「も、もうっ……! その顔ダメです! 禁止です!」

「生まれつきです」

「羨ましいです。そんな顔が生まれつきなんて」

「嘘です」

「からかって遊ばないで下さい!」

「明日、チョコ持って行きますね。飴が良いですか?」

「知らないです! 何にもいらないです!」


 唯さんのアパートまで送る、短い距離。最後まで早歩きだったお陰で側にいられる時間は減ってしまったけれど、身の内からあふれ出すような幸福な笑みが俺の顔を彩り、隠す事なんて不可能だった。

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