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いつもの席で珈琲を  作者: よろず
第一章
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不良な俺と綺麗な彼女8

 駅前まで歩き、この辺で一番デカいゲーセンへ唯さんを連れて入った。クレーンゲームやシューティングゲーム、音ゲーなどを全て通過して奥へと進む。


「なんだか大人の世界です」


 二十六歳の、子供がいる。


「十八歳未満は入れないですからね。ここのスペース、煙草臭いですけど大丈夫ですか?」

「はい。大丈夫だと思います」


 あんまり長居はしない方が良さそうだ。唯さんの目が一瞬、戸惑いでさまよった。

 メダルの機械へ札を入れ、バケツに貯まったメダルを持って目当ての場所へ向かう。人はいるけど、空いている。煙草を吸ってる人が一人だけっていうのは、運が良い。こういう場所は、酷い時には空間が白く煙る。


「ここ、座って下さい」


 有名なアニメのスロット台。紫の台の前へ設置されている椅子に唯さんを座らせて、俺も隣の台の椅子へ腰を下ろす。


「メダルをここに入れて、レバーをこうやって押して、リールが回ったらこの三つのボタン、左から順番に押して止めるんです」


 簡単に説明。詳しい説明はいらないと思う。多分、すぐに飽きるから。


「何かしゃべっています」

「演出です。あぁ、チェリー。狙ってみます?」

「え? 狙って止まるんですか? でも見えないですよ?」

「見えるんです。…………ほら、チェリー」

「透視ですか」


 横から手を伸ばして目押しした俺を、驚いた勢いで顔を上げた唯さんが見つめてくる。はからず近付いた二人の距離。動揺押し隠して、何でもないふりして俺は元の位置へ戻った。薄暗いからよくわからないけど、唯さんの耳も赤い気がする。


「これはなんですか?」


 さっそく赤七揃えのビッグボーナス。ビギナーズラックはすげぇなって、感心する。


「当たりです。赤の七を狙うんです。リールをよく見て。赤い大きいの、見えないですか?」

「えー? 見えないです。速いです」

「タイミング取るんで、そのタイミングでボタン押して下さい」


 台の端を人差し指で、カチ、カチ、カチと音を立てて叩く。それに合わせてリズムを取る為に、唯さんの首が揺れている。真剣な様子でボタンを押すけど、中々揃えられない。


「無理! やって下さい」


 困り果てたという表情をした彼女に、お願いされた。

 メダル追加して一発で揃えて見せると、尊敬の眼差しが向けられる。


「透視能力者ですか! あれ? 音楽が流れています」

「当たりですからね。ひたすら回して押し続けるんです」


 単純作業。かなり退屈だと思う。唯さんの横顔を観察していたら、段々とげんなりした表情が漏れ出してきた。


「春樹さん……」

「はい」

「私、向いていないようです」

「そうみたいですね。――明日、普通に出掛けませんか?」


 単純作業を続ける唯さんの指がぴくりと揺れて、止まった。ボーナス演出の画面から俺の方へ顔を向け、その瞳は迷子のように揺れている。


「無理に背伸びする必要はないですよ。経験するのにも向き不向きがあります。ギャンブルの本物はもっと苦痛です。あなたには向きません」

「そう、ですか。……バレてました?」


 見つめる事で先を促したら、唯さんは苦く笑う。


「本当は、明日が怖かったんです。私の何かが変わってしまうような気がして……万単位でお金を使うのも、恐ろしい事のような気がして」

「ギャンブルは怖いです。安易に体験すべきではないですね。だから、疑似体験です」

「春樹さんはやっぱり大人です。ありがとうございます」

「飯、行きますか」

「はい」


 余ったメダルは近くにいたカップルにあげて外へ出た。外の冷たい空気を吸って、唯さんはあからさまにほっとしてる。やっぱり、彼女にあの空気と音は耐えられないとわかった。


「何、食べたいですか?」


 飲食店が並ぶ通りを目指して歩きながら聞いてみた。唯さんは少し悩んで、様子を窺うみたいに俺を見てくる。


「ラーメン屋さんに行ってみたいです」

「良いですよ。もしかして初ですか?」

「はい。一人だと入りづらくて……実は、坂の上へ入るのにもすごい勇気を出しました」


 恥ずかしそうに、彼女は笑う。俺は平気で一人で出歩くからそういう勇気はわからない。でもなんだか、可愛いなって思う。


「勇気出してくれて良かったです。下手したら会えなかったんですね」

「またあなたは! その微笑みやめて下さい! 心臓が飛び出します、口から」

「それは面白そうです」

「面白くなんかないです。グロテスクです」


 真っ赤な顔で怒り出した。ころころ表情が変わって、見ていて飽きない。


「私、弄ばれています?」

「そんな事しません。ラーメン、何味が良いですか?」

「……味噌」

「味噌ラーメンの美味しい店がありますよ。そこで良いですか?」

「はい」


 商店街の中にある店。前に陣さんと行って、値段も味も手頃で気に入った。そこへ向かって歩き出した俺の隣を唯さんが、唇尖らせて歩いている。突き出されたその唇が何とも魅惑的で……キスしたくて堪らない感情、必死で堪えた。


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