不良な俺と綺麗な彼女5
風呂から出て来た唯さんが、なんだか落ち着かなげにそわそわしている。リビングへ入らずドアをそっと開けて中を窺っているのはどうしてなんだろうと首を傾げつつ見やると目が合って、途端に彼女の顔が真っ赤に染まった。
「あ、あの……お風呂、ありがとうございました。あとマスターも、昨日はお恥ずかしい所をお見せしてしまい……すみませんでした」
濡れた髪で服を濡らさないよう肩にタオルを掛けている唯さん。俺の服だと大きいみたいで、裾と袖を捲ってる。風呂上りの彼女はずっと観察していたくなる程に、可愛くて色っぽい。
「おはよう、唯ちゃん。よく眠れたかい?」
「は、はい。ぐっすり眠れました」
「布団、男臭くなかったかぁ?」
「い、いえ全く! 春樹さんの香り、ドキドキしました」
喜んで、良いものか。煙草臭いかもとは思っていたけど男臭い……軽くショック。ひっそり傷付いている俺を知ってか知らずか、うざい笑みを口元に浮かべながら小突いてくる陣さんの事は適当にあしらう。何かに照れている様子の唯さんには何でもない顔を装って、俺は彼女に珈琲を差し出した。
「すっきりしましたか?」
「はい。もう全然、大丈夫です」
「良かったです。豆腐のスープ、飲みますか?」
彼女が浮かべたのは、ほんわかいつもの笑顔。
「はい。ありがとうございます」
三人で朝飯を食ってから、俺と陣さんは仕事の支度。食器洗いは唯さんがしてくれた。洗い物を片付けた後で唯さんが開店準備を手伝うと言い出して、でもすっぴんだって気にしてる。流石にうちに化粧品はないから、帰る時にもあれかなと思って伊達眼鏡を部屋から持って来てみた。
「春樹さん、眼鏡掛けるんですか?」
「目は悪くないから伊達です。頭、良く見えるかなって」
噴き出して、笑われた。
「可愛いです。見たいです」
「別に変わらないですよ」
頼まれるままに掛けたら唯さんが大喜びしてる。キラキラ嬉しそうに笑っているから、俺も自然と笑みが零れた。
「良いです! 素敵です! 知的です! その制服と合わさるとたまらないです」
喫茶店の制服は黒のスラックスに白シャツ、黒ベスト。営業中と仕込みの時には長い黒の前掛けエプロンを付ける。
「褒めても何も出ませんよ」
べた褒めされた事に照れ隠しの苦笑をして、眼鏡を自分の顔から取って唯さんに掛けた。黒縁眼鏡姿の唯さん。新鮮だ。
「似合いますね」
微笑み掛けたら唯さんが赤くなった。こんな表情をされると、期待してしまう。
「眉毛、薄いのがまた良いです」
親指で眉毛を撫でてみたら、これ以上ないってくらいに彼女の肌が真っ赤に染まった。そんな唯さんを見下ろして、俺はなんだかすげぇ楽しい。愛らしい表情のまま黙り込んでしまった彼女を促して一階へ降りると、気を取り直したらしき唯さんが店先の氷溶かしを買って出てくれた。
「溶かしまくって下さい」
「はい! 任せて下さい!」
無邪気な笑顔で張り切っている唯さんを見送ってから俺は、エプロンを巻いて陣さんと厨房へ入る。
外は良い天気。でも寒いから、氷になった雪はまだしばらく残りそうだ。
「看板娘、良いなぁ」
ランチのスープを仕込みながら陣さんが呟いた。俺はタマネギを微塵切りにしつつ、陣さんへ視線をやる。
「雇うの?」
「かもなぁ。お前に厨房の仕事教えてぇし。次の仕事どうするのかとか、探ってみろよ」
「あー……聞けたらな」
「まぁ急ぎでもないし、出来たらで構わねぇよ」
「あいよ」
仕込みが終わって外を見に行ってみたら、店の前の道路まで氷は綺麗に無くなっていた。店先は昨日雪掻きしたからそこまでじゃなかったけど道路は踏み固められてガチガチだったのに、かなり頑張ってくれたんだなって、感心する。当の唯さんはというと、常連の爺さんに捕まっていた。
「おはようございます、源三さん」
「おぅ坊主! かわいこちゃん、お前のこれなんだろ?」
口元に楽しそうな笑みを浮かべながら小指を立てた源三さん。俺が答える前に、唯さんが真っ赤な顔で否定する。
「違いますってば! そんな関係ではありませんっ」
「……傷付きました」
「えぇっ? か、からかわないで下さい!」
「なんでぇ坊主。まだまだか」
「そうですね。――もう開けるので源三さんも中へどうぞ。唯さん、ココア飲みますか?」
「…………飲みます」
唇尖らせて拗ね始めた唯さんが超絶可愛い。俺は源三さんを先に店の中へ入らせてから足を止め、入口を塞ぐようにして振り向き彼女の赤い頬に掌を当てた。
「冷たいですね。氷溶かし、ありがとうございました」
「い、いえそんな。お役に立てて、光栄です」
「すぐにココア、用意しますね」
「はい……」
恥ずかしそうに俯いた唯さんの瞳は、潤んでいる。だけどまだここまでだ。これ以上踏み込むには早いと思う。少しずつ、少しずつ俺の存在に慣れて受け入れてくれたら良いななんて願望秘めて、俺は微笑んだ。




