不良な俺と綺麗な彼女4
朝、唯さんの様子を見に部屋に入ったら彼女が布団の中で悶えていた。ノックを忘れた事に気が付いて、やり直そうかなと思いドアを閉めようとしたけど目が合った。だから様子を見る為、歩み寄る。
「だ、ダメです! 近寄ってはダメ!」
軽くショック。何故拒否されたのかがわからず固まった俺を見上げ、唯さんが焦り始める。
「違っ、あの、お風呂入ってないし歯も磨いてなくて……汚くて……恥ずかしいっ」
「あぁ。歯ブラシありますよ。あと着替え貸すので、お風呂も良かったらどうぞ」
「あぁ~何から何まですみません! そして昨日はなんだかご迷惑を」
潰れても記憶は無くならないタイプみたいだ。さっき布団の中で悶えていた原因もそれかなと思い当たり、笑みが零れる。
「具合はどうですか?」
「…………頭が、くらくらします」
「気持ち悪くはないですか?」
「ちょっと気持ち悪い、です」
「水、たくさん飲んで下さい。あと風呂に入るとすっきりしますよ」
「はい……ありがとうございます。…………あの、春樹さん」
「なんでしょう?」
布団の中へ潜ったまま、彼女が俺を見上げてる。近付いて良いものか悩んで、結局動かず立ったままで言葉を待つ。
「幻滅、されてしまったでしょうか」
不安げに揺れた瞳。恐々という様子で俺を見上げてくる彼女へ微笑みを向け、俺はベッドの端に腰を下ろした。
「そんな事しません。酔ったあなたは可愛かったです」
「そ、そこではなく! 私、あんな弱音を吐いて……しかも恥ずかしい過去まで暴露して……」
毛布に包まった彼女は顔を隠そうとするように布団の中へどんどん潜り込み、声まで小さくなっていく。そんな彼女を可愛らしいと思いつつも、俺は掛けるべき言葉を考える。
「えーっと、ですね、陣さんの受け売りなんですけど」
前置きして、陣さんの言葉を思い出しながら続けた。
「人生って、自分を作る為の経験を積み続ける事、らしいです」
布団の中から唯さんの顔が出て来た。興味を持ってくれたみたいだ。目だけで俺を見上げてる。
「子供の時、親とか大人の言葉はまるで、神様の言葉のように感じませんでしたか?」
「…………そう、ですね。全面的に、信じていました」
答えた彼女に、俺は微笑み掛けた。
「それはある種の洗脳的な物だと、陣さんが言っていました。だけど大人も完璧じゃないんです。自分の価値観でしか物を言えなかったりもするんです」
もそもそ布団から出て来た唯さんが、起き上がり正座をする。そんなポーズを取られると自分が坊さんになったような、妙な気分だ。
「自分で物事を考えられるようになったら子供の時に植え付けられた価値観を大元にして、自分でいろんな事を経験して、いろんな人に会って、自分を作るんです。時には大元の価値観だってぶっ壊れます」
小さく一つ、彼女は頷いた。その先はと促すように見つめられ、優しく見えたら良いなって考えながら、俺は笑みを浮かべる。
「あなたが経験したのはその過程で、唯さんを形作る一部になります。ちゃんとって、俺もまだよくわからないですけど……色々経験したら良いんです。昨日みたいに酒で潰れてみたり、煙草吸ってみたり。全部、経験はあなたになります」
俺もまだその過程。陣さんが導いてくれて、なんとか進んでいる道の途中。俺だって自分自身をダメなやつだと思ってる。だからこそ俺が彼女を幻滅だなんて、あり得ない事だ。
「唯さんはダメじゃないです。それに、俺があなたを幻滅するだなんてあり得ないです」
陣さんに俺が言われた事、少しでも伝われば良いなって思った。まだまだ俺もよくわからない。だけど、寂しそうな顔をする唯さんが元気になってくれたら良い。
「…………やっぱり、春樹さんはとても素敵な人です」
ベッドの上で正座していた唯さんが、穏やかな笑顔で俺を見る。なんだか一気に照れ臭くなり、俺は顔を逸らして否定した。
「陣さんの受け売りなので、素敵なのは陣さんです」
「マスターも素敵ですけど、今私にそれを言おうと選択したあなたを、私は素敵だと思います」
「そう、ですか」
「そうです。あなたに出会えて、嬉しいです」
「それ、すげぇ嬉しいです」
彼女に視線を戻したら目が合って、二人一緒に笑顔になる。
俺はとんでもない失敗をしでかした。でも陣さんは、それを経験に変えて、反省したなら前へ進めと言った。彼女に伝えた陣さんの言葉。今まではよくわからなかったけど彼女に伝えたくて口にして、理解したような気がする。
「昨日みたいに、唯さんがやりたい事をやるのを俺、手伝いたいです」
「…………たくさん、あります」
「良いですよ。どんどん言って下さい。でもまずは、飯を食いましょう」
「はい! ……先にお風呂でも良いですか?」
「案内します」
陣さんの昔の恋人の置き土産だという新品の下着が洗面所にあったから、タオルと俺の服と一緒に渡して洗面所のドアを閉めた。唯さんがやたら恐縮しまくっていたのがおかしくて可愛くて、俺の顔はゆるゆるに緩む。緩んだ顔のままでリビングへ向かい、朝飯の支度をしている陣さんの手伝いをする為に台所へ入った。
「唯ちゃん、大丈夫そうだったか?」
「ちょっとくらくらするとは言ってたけど酷くはなさそう」
「そうか」
陣さんが作ってるのは、二日酔いかもしれない唯さんの為のさっぱりした豆腐のスープ。いつもは開店準備をしてから朝飯だけど、今日は先に食ってから仕事にした。
「陣さん」
「あんだぁ?」
「俺、あんたに会えてラッキーだ」
「そうかい。良かったよ」
珈琲淹れながら横目で見た陣さんの顔。いつも通りに優しいけど、嬉しそうに緩んでいた。




