不良な俺と綺麗な彼女3
酔った唯さんが、可愛すぎる。
まだ缶チューハイ二本。しかも度数は三パーセント。日本酒も、飲んだと言っても舐めるように一口分。三本目のチューハイが入ったグラスを持って、締まりのない顔で笑いながら彼女はゆらゆら揺れている。これは潰れるのも時間の問題だ。
「はーるきさん」
「なんですか?」
柔らかな鈴の音のような声で笑って、また揺れる。
「はーるきさん?」
「なんでしょう?」
楽しそうに笑いながら揺れ続ける彼女を、陣さんも黙って見守っている。俺も陣さんも酒は強いから、二人で一升飲み切っても潰れたりはしないと思う。女の人と酒を飲むのは初めてだから、こんな可愛い生き物、初めて見た。
「はるきさんは、かっこいいです。ケーキもつくれるし、まじめで、かっこいいです」
「……ありがとうございます」
「珈琲もね、おいしくてね、憧れます。あなたみたいに、なりたいです」
呂律の回らない舌でベタ褒めされた。こんな時こそいじり倒せよって思うのに陣さんはだんまり決め込んで、優しい顔して酒飲んでいやがる。その表情もやめて欲しい。
「わたしはね、だめな子なんです。ちゃんとしなきゃなのに、ちゃんと出来なくて……お母さん、ごめんなさい」
自嘲するように、唯さんが笑った。酔ってるから話せる事。吐き出せる事。これはそういう類いの話だ。溜め込んでいるなら吐き出せば良い。そう思って、俺は彼女に微笑み掛ける。
「唯さんは、だめな子じゃないですよ」
「はるきさんは優しいです。……ちゃんとした大人って、なんなのでしょう。何をしたらちゃんとした大人ですか? 仕事をしたらですか? 結婚、したらですか?」
ちゃんとした。その言葉で思い浮かぶのは、実家の家族と親戚達。あの人達は確かに、世間一般で言うちゃんとした人達。立派な職に就いて結婚して家庭持って、子供の事も塾入れて大学にも入れられる稼ぎがある。でもその内情を、俺はガキの頃から見て来て知っている。
「唯ちゃん。ちゃんとなんてしなくても良いんだよ。人それぞれだ。いろんな価値観、考え方があるんだ」
優しい顔した陣さんが、酒飲むのをやめて唯さんを見つめた。でも唯さんは首を横に振る。
「お母さんは言ったんです。将来、ちゃんとした職に就いて、ちゃんとした人と結婚して、ちゃんとした大人になれって。でも私、なれなくて……最後にお母さんを喜ばせてあげられなかったんです。だから、ダメな子です」
理解して、俺と陣さんの視線が絡む。でもこれは俺じゃ何も出来ない。俺だってまだ、その答えが出ていないんだ。
「……唯ちゃんのお母さんは?」
「死にました。去年の十一月に。あっという間。あっという間なんです。なんだかもう……ぽっかりと、何をしたら良いかわからなくなって……仕事も辞めてしまいました」
泣けば良いのに、なんで彼女は泣かないんだろう。ただただ自嘲の笑みを浮かべて、唯さんはグラスの酒を飲み干した。
「余命宣告されて、その時お付き合いしていた人と結婚しようって。それで、ウェディングドレス姿を見せてあげようって彼は言ったんです。でも彼既婚者で……子供もいて……なんにも気付かなかった私って、ほんとバカ」
泣かないで、笑う彼女のグラスに俺は酒を注いだ。酔い潰れるまで飲んだら良い。ちゃんと責任取るから。面倒見るから。飲んで、忘れたら良いんだ。
「はるきさん」
「はい」
「あなたは、優しいですね」
「そんな事ないです。陣さんの方が、優しい」
「お二人共です。ありがとうございます」
にっこり笑って、彼女はグラスの中身を一気に飲み干す。ふわふわ気持ち良さそうに笑って、眠いと呟いた。甘えるように俺の膝へ擦り寄ったと思ったら寝息が聞こえて来る。望み通り潰れて、眠ったみたいだ。
「可愛いなぁ、唯ちゃん」
「あぁ。可愛い」
「襲うなよ?」
「襲わねぇよ」
「どこ寝かせる? お前の部屋?」
「だな。俺がここで寝る」
「いーい男だねぇ」
「バカだろ」
半端な酒だけ飲み干して、俺らも酒盛りはおしまい。膝の上で寝てしまった唯さんをベッドへ運ぶ為抱き上げる。
「はる、きさん……」
陣さんにドア開けてもらって俺のベッドへ寝かせたら名前を呼ばれた。起きたのかなと思ったけど、どうやら寝言みたいだ。
「おやすみなさい。唯さん」
顔にかかった髪を払い、そのまま頭を撫でてみる。そしたら、唯さんが嬉しそうに笑った。
心臓がきゅーっと苦しくて、だけど温かく満たされて……不思議で幸せな酒とは違う酔いで頭が痺れるような感覚に、俺はただただ戸惑っていた。




