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いつもの席で珈琲を  作者: よろず
第一章
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不良な俺と綺麗な彼女2

 店の中でも繋がってるけど、店を閉めている時には裏口の階段から二階へ上がる。鉄製の階段。滑っても受け止められるよう、唯さんを先に上らせた。


「どうぞ」

「お邪魔、します」


 頬を赤く染め、どこか照れている様子の唯さんを家の中へ招き入れた。玄関入ってすぐは狭い廊下。左手側に俺と陣さんの部屋と物置部屋が並び、右手側がリビング兼ダイニングキッチン。突き当たりに風呂とトイレがある。よく考えたら人を家に招くのは初めてだなと思いつつ、俺はリビングへ続くドアを開けた。


「おかえりー、熱燗待ってたぜ! ……いらっしゃい」

「す、すみません。お邪魔します……」

「コンビニで会った。一人酒するって言うから誘ったんだ」


 唯さんの姿を見つけて一瞬固まった陣さんは、俺の顔を見て嫌な予感のする笑みを浮かべた。からかいたくてうずうずしているような、最近よく見かける笑い方だ。気色悪い笑みを浮かべた陣さんを無視して俺は、唯さんが脱いだコートを受け取りソファへ座るよう促す。


「熱燗を作ってくるので先に飲んでいて下さい」

「あ、あの! お手伝いします」


 コンビニ袋から日本酒の瓶を出して台所へ向かおうとした俺を唯さんが追い掛けて来た。温めるだけなのに何を手伝うのかなと疑問に思っていたら案の定、唯さんは困ってる。


「熱燗って何をするんですか?」


 ほんとこの人、バカ可愛い。


「徳利に移して湯煎するだけです。日本酒も、後で飲んでみますか?」

「はい。職場の飲み会でもカクテルしか飲めなくて……日本酒、憧れます」

「仕事、何してるんですか?」

「お恥ずかしながら今は無職です。去年の暮れに辞めてしまいました」


 俺が彼女に気付いた時期だ。いつもの帰りがけの暗い表情。仕事を辞めた事と、関係があるのかな。


「なら、今は人生の休養期間なんですね」


 きょとんとして、ゆるゆる穏やかな笑みに変わって、唯さんは俺を瞳に映した。


「はい。ちょっと、お休み中です」


 お猪口三つとグラス。あと夕飯の残りもつまみ代わりにローテーブルへ運んで、三人で酒を飲む。テレビは人気のお笑い芸人が司会をしているバラエティ番組。唯さんは、缶チューハイ一本を飲み干しただけなのにもう顔が真っ赤になっている。


「お酒、強くないんですね」

「そうなんです。日本酒、苦いです」

「女の子いるのって良いなぁ! でもあんまり無理して飲むなよ、唯ちゃん」

「だいじょぶですマスター! 今日は潰れるんです。春樹さんが責任を取ると言っていました」

「まぁ、取ります。でもいきなり日本酒ぐいぐいは、多分やばいですよ」

「日本酒、おいしくないです」


 ほんの少しずつ舐めるようにしてお猪口へ口を付けていた唯さんは不満そうに顔を顰めている。俺はその手からお猪口を回収して、新しい缶チューハイを開けて唯さんのグラスへ注いだ。


「春樹さんはさっきから平気な顔で間接ちゅーしてます。不埒です」


 唯さんが残した日本酒を一息で喉へ流し込んだら、唇を尖らせた彼女から文句を言われた。呂律が怪しくて、多分酔ってる。


「さっきからって何? 春樹は何をしたんだ?」

「それがですね、マスター。さっきコンビニで、私が口を付けた煙草を奪って吸ったのです。不埒です。いけない男です。女たらしです。騙されてしまいます」

「それはまたぁ、春樹は不埒な野郎だ」


 にやにや笑った陣さんが彼女を煽ってる。でも俺も、唯さんの台詞に顔が緩むのが隠せない。


「唯さんを騙したりなんてしないですけど、騙されてくれるんですか?」

「ほらこれです! 私はおバカなのでころっといきますよ! 良いんですかっ?」

「良いですよ」


 突然奇声を発した彼女が立ち上がった。足をもつれさせながら陣さんの後ろへ隠れ、背中の服を掴んでる。


「ま、マスターどうしましょう。年下男は危険です」

「かっわいいなぁ唯ちゃん! おじさんもメロメロだぁ」

「おい変態オヤジ、その手を離せ」


 背中に隠れて俺を窺っていた彼女を陣さんが抱き締めた。途端、不快感が俺の頭を支配する。


「やっだぁ春樹ぃ、独占欲? まだお前のもんじゃねぇのに?」

「ぅるっせぇ変態オヤジッ! セクハラだぞそれ! しかもオカマ言葉キメェんだよッ」

「た、大変です。春樹さんが不良さんになりました」


 目を丸く見開いた彼女の言葉で冷水浴びせられた気になった。素が出た。嫌われる。焦って固まった俺へ向かって優しく笑い掛けてから、陣さんが唯さんの頭を撫でる。


「唯ちゃんは不良が怖い?」

「不良の方は怖いですけど、春樹さんは怖くありません」


 掌に触れると、溶け出す雪。優しく体温に馴染む、柔らかな結晶。柔らかに、染み入るような笑みを浮かべた彼女が陣さんの側から離れ、俺の隣へ座った。なんでもなかったようにグラスへ口を付けてチューハイを飲み始めた彼女の存在。俺の胸に、穏やかな熱が広がる。


「格好良いとすら、思いました」


 なんて無防備な笑みで、なんて事を言い出すんだこの人は。

 手を伸ばしても良いのかな。こんな俺でも。……だけど過去が、話せない。嫌われる。幻滅される。


「春樹さん」

「……はい」

「あなたは若いのに偉くて、すごいです。私なんかよりも全然大人で、良い人です」

「そんな事、ないです」

「いいえ。私はそう思います。あなたは素敵な人です」


 何にも知らない彼女に、彼女の笑顔に、救われたような気になった。無性に泣きたくなって、俯く。

 触れない距離。だけど近い。隣で静かに酒を飲んでいる唯さんの体温を感じるような、不思議な感覚。彼女の横顔を盗み見て俺は、この人が欲しいと、心の底から思った。

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