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いつもの席で珈琲を  作者: よろず
第一章
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俺と常連の彼女1

 いつも頼むのはブレンドとミックスサンド。座るのは窓際の決まった席。昼のピークが過ぎた二時頃から日が暮れるまで、そこで時間を潰している。


「今日、フォンダンショコラがお勧めです」


 話し掛けたのは気が向いただけ。陣さんに教わって作ってみたフォンダンショコラ。彼女に食べてもらいたいだなんて思った訳じゃない。


「頂き、ます。あ、あと……珈琲も、おかわりを頂けますか?」


 ほんわり微笑んで見上げてきた彼女と目が合って、俺の心臓が跳ねた。

 美人な訳じゃない。だけど不細工でもない。どこにでもいそうな普通の女の人。いつも同じ時間。いつも同じ席。いつも同じ注文。本を読んだり外を眺めたり、毎日通ってくれている常連の客。


「お待たせしました」

「ありがとうございます」


 珈琲とフォンダンショコラを机に置いたら、彼女は穏やかに微笑んだ。いつもお礼を欠かさない彼女。俺と同じ年くらいかな。でも落ち着いてるし、若く見えるだけかもしれない。

 彼女の反応が気になって、俺はカウンターの中からこっそり観察。フォークで掬って口に運ぶ。ゆっくり味わって、微笑んだ。カップを手に取って珈琲を一口。ふっと綻んだ彼女の表情を見た俺の胸には何故か、安堵が広がった。



 親父の弟の(じん)さんが経営する「喫茶坂の上」。そこにバイトとして雇ってもらって四年。珈琲に興味があった訳じゃない。料理に興味がある訳じゃない。何にも興味を持てない俺は、陣さんに誘われるまま働き始めただけ。

 俺は、くだらない人間だ。警察に厄介になって親を泣かせた。高校だってまともに通わないで、何にもやる気が出なかった。流されるままに悪い仲間とつるんで、適当な相手と適当に遊んで、最終的に捕まった。そんなくだらなくてどうしようもない俺に、ただ一人手を差し伸べたのが陣さんだったんだ。


『うち、来るか?』


 両親に見限られ、つるんでいた仲間には見捨てられ、行き場がなくなった俺に掛けられた一言。それに頷いて、俺はここへ来た。


「フォンダンショコラ、美味しかったです」


 空いた皿を下げに行った俺を、彼女が見上げた。穏やかな表情で、幸せそうな笑顔。思わず左手の薬指確認して、ほっとする。

――ほっとって、なんでだよ!


「良かったです」

「優しい味でした。店員さんが作ったんですか?」

「ま、まぁ……そうです」


 緩む顔を隠すようにしながら皿下げて、引っ込んだ。優しい味だって。それってどんな味だよ。壊れたみたいに速くなった心臓の鼓動を自覚して、顔を顰めて皿を洗う。気になって盗み見てみた彼女は、窓の外を眺めていた。読むか迷っているのか、机の上に置いた本の角を左手の親指でいじりながら、ぼんやり空を見上げている。

 いつも何を見ているんだろう。いつも、何を読んでいるんだろう。仕事はしてねぇのかな。学生かな。どうして毎日同じ時間なんだろう。……店が暇な時間だから、気になるだけ。

 カウンターの影に隠れて彼女の横顔観察が、俺の今の暇潰し方法。

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