娘はお菓子を愛しすぎてる
粉砂糖が塗されたシュークリームを小さな口いっぱいに開き、噛み締めた直後、まるで花が咲き綻ぶように自然と零れる幸せそうな笑顔。
――あぁ、私達の娘は今日も大変愛らしくて心が和む。
シュガリア王国はエクレード侯爵家が当主、シエス・ロム・パヒュー=エクレード。
それが私の名前であり、地位である。
まあ、公の身分としては王国に仕える宰相という非常に肩苦しいモノと、地方領主という面倒なモノも付随しているが、まぁ、今ではほぼ名を名乗る時は侯爵という身分だけにしている。
そうでもなければすぐに小賢しい新興貴族や、今や血筋だけが頼りの頭の固い王宮に住まう狐狸共に、天使な娘を誹謗中傷され、愛おしい妻たちも汚らわしい目で見られてしまう。
王などはそれしきのことで異聞を厭うなとよく口にされるが、私には我慢ならないことなので、今のところこの互いの言い分は平行線を保ったままである。
と、一先ず私の話はここまでにしておくとして、今回の主題はあくまで過日謂れのない罪を危うく擦り付けられそうになった、私の第二側妾・パンドラが産んだ、エクレード家の至宝、ヴィエローナだ。
娘はパンドラの母方の血を色濃く継いだのか、藍色の瞳に紫がかった銀色のしなやかでいて艶やかな髪で、生粋のシュガリア先祖返りとして、王室によって認められている。
で、その血筋を王家に取り戻す為に結ばれた婚約が、王家の第三王子兼、認めたくはないが娘の婚約者によって破棄されそうになった。
破棄されそうになったのは良いとして、何故に私たちの宝でもあるヴィエローナが、マリモだかマリンだかといった女狐にも劣る小娘に貶められなければならなかったのか。
その問題も後日、私が立ち合った取り調べで判明したことなのだが、どうやらあの小娘は稀に神々の不調によって現る異界の魂を宿したとんだ尻軽女だった。
ミレー男爵はその娘の咎により身分や財産を失ったが、それがどうなってこうなったのか、
「旦那様、お食事の用意が整いましてございます」
きっちりと後に撫でつけられた金色の髪に、ピシッと糊が着けられたシャツに執事のお仕着せに身を包まれたミレー元男爵が、いきいきとした表情で今現在私の目の前で畏まっている。
「旦那様、烏滸がましい申し出かとは存じますが、既に奥方様並びお嬢様、ご子息、そして殿下も食堂に集っております。お早く願います」
それを早く言わんか!!
と、いうか。
「またあの方は...。どうやら本格的に教育せねばならん時が来たようだな」
尻軽女の掌でころころと転がせかけられていた次期国王たる王太子殿下(因みに第一、第二王子は王位を継ぐ資格なしとして継承権を剥奪済みである)は、まるで憑き物が落ちたかのように、毎日のように娘に土産を持参し日参している。
が、当の娘は。
「まぁ、まぁ、まぁ!!これはマダムニフリーのサブレー!!毎日が売り切れだと噂されてますのに!!流石は殿下です!!王家の御威光はここまで優れてらっしゃるのですね」
殿下からの土産を両手で掲げもち、藍色の瞳をキラキラと輝かせ、愛おしい相手を見つめるが如く、うっとりとしており、殿下は殿下でそんな娘(我が家の天使)を、心持ちがっかりしているような素振で、それでも焼け焦げてしまうのではと思えるほどの眼差しを娘相手に注いでいる。
私はそんな二人を近い内臣下として支え、見守らなければならない腹立たしさを紛らわす為、今日も殿下にちくりと皮肉を囁いてやっている。
「娘は、殿下より菓子を愛しすぎている」
と。
殿下はその言葉を聞くたび歯噛みしては、己への信頼を取り戻そうと、四苦八苦するのだ。
だが、それでいい。
そうでなければ娘はやれない。
これが花嫁の父親の心理として、今のうちに出来るささやかな試練として思っていて欲しい。