あ。クリスマスなんて季節だった。
異世界ファンタジーなのに、クリスマスネタがやりたかったんです……
『現代日本からの転生』なんて、よくありすぎるテンプレ設定。
ということで、私が、前世では、何処にでもいるようないち高校生だったこととか、不慮の事故で若くして命を失ったとか、気が付いたらこの『ファンタジー』感溢れる『剣と魔法の異世界』で新たな生を初めていたこととか。なんて、まぁどうでもいい話。
とにかく『私』こと『エミ・ブレーメ』は、人生の一発逆転、一旗あげるために、人よりはちょっと優れていた魔法の才能を活かして、冒険者なるやくざな職業に勤しんでいるのも、まぁお約束でしょう。
槍使いの軽戦士であるヒルデと、『藍の神』の『加護』を持つ神官であり、回復魔法とメイス使いのエキスパートであるイレーネの二人と共に旅したり、仕事したりな毎日を送っている。
まぁ、今はそんなことはどうでもいい。
「なんだろうね。この状態は」
「え? だから、街の警護の仕事でしょ?」
「いや。私が言いたいのはそこじゃない」
「そういえば、アンデッド相手なのに、エミは大丈夫そうですわねぇ」
「いや。突っ込みたい所多すぎてそれどころじゃない」
「イイコにしてないと、『ヘルブラックサンタース』が、聖夜にやって来て悪戯するぞってのは、子どもの頃からよく聞かされる話じゃない」
そう。それだ。
剣と魔法のファンタジー世界であるこの世界だが、クリスマス的な行事がある。
何時から、どういう謂われであるのかはわからないらしいが、大晦日の夜を『聖夜』と呼び、家族や親しい間の者と新年を祝う祭り『聖夜祭』を行うのが一般的になっている。
そこにはこんな言い伝えがある。聖夜には赤き衣を纏いし赤の神の使徒が、『良い子』や『仲睦まじい恋人たち』、『善き行いを積んだ者』などに祝福を授けてくれるのだという。
だから一年の間、使徒が訪れてくれるように清廉であれというのだ。
……うん。
絶対これ、私と『同郷』の人間の仕業だよね。
まあ、でも、私にもクリスマスをやりたかったという気持ちはわからなくもない。ご馳走食べれるのも、プレゼントもらえるのも子どもの頃嬉しかったし。
だから、イベントのひとつとして広めたんだろう。
でも、突っ込みたいのはそこじゃない。
「『ヘルブラックサンタース』……」
聖夜の夜のみ現れるアンデッドモンスター……
こいつらだ。
あまりにアレ過ぎて、『お化け嫌い』の私でも恐怖より先に突っ込み根性が前にでる。
見た目は黒いサンタ服に身を包んだ人型をしている。
『滅せよリア充』『憎しリア充』と唱えながら、一年かけて溜めた怨念の力で、普通のアンデッドなら現れることのない街中にも発生する魔物だ。
だが、その微妙な強力さに反して、子どもを泣かせたり、カップルに嫌がらせをしたりというショボい被害しか起こさない。
多額の予算を使って本格的に駆逐しようという方向にならない大きな理由である。
神殿が『加護』の力を込めて配布している、見た目クリスマスリースそのまんまの護符を家の扉に掛けて、家にこもっていれば危険もないのだ。
『ヘルブラックサンタース』には『キング』と呼ばれる存在がいるらしい。
ただのさ迷う魂である幽霊が、『キング』と接触することで、『ヘルブラックサンタース』という魔物に進化するのだと言われている。
他の奴等はわからないが、おそらく『キング』も同郷……しかも日本出身なのだろう。一度話してみたい気もする。
……うん。現実逃避した。
「なんでこんなにいるんだろうね……」
「確かに多いですわねぇ」
目の前には、路地を埋め尽くすほどの『ヘルブラックサンタース』
一匹みたら三十匹といった感じである。
私とヒルデは、対アンデッド攻撃に有効な手段を持っていない。とはいえイレーネの『浄化魔法』のみに頼れば彼女の魔力はあっという間に枯渇する。
結果取れる戦術は、イレーネに、武器に『対アンデッド性能』を付加してもらい、彼女を護りつつ殴り倒す。ということになる。
「みんな大人しく家の中に居てくれればいいのに……」
「本当に……バカップルどものせいでこいつら活性化しているんだよ……」
「あら? まるでエミには『ヘルブラックサンタース』の目的がわかっているようですわね」
……この世界に『リア充』などと言う単語はさすがに無い。
イレーネたちが『サンタース』の呪詛の内容を理解出来ないのは、仕方ないだろう。
家の中に居れば良いとはいえ、全ての者がそうするには不便も多い。その為、神殿により大通り沿いには、アンデッドに有効な『天』属性の魔法の灯りをこの夜だけ設置しているのだ。
普段は見ることの出来ない、明るく照らされた夜の街。
お祭り気分も相まった上、『ヘルブラックサンタース』も遭遇しても子どものトラウマにはなるかもしれないが、命がどうこうなるほどの危険はない。
すると今度は、その夜景を目的に外出する者が増え始めた。
リア充たちが、である。『ヘルブラックサンタース』たちの仇敵たちである。
活性化もするだろう。
結果、灯りの届かない路地などの安全確保の為、私たちみたいな者に仕事が回って来るのだ。
……こいつら、私たちが女子だから、集まっているんじゃ……?
そんな可能性を考えた瞬間だった。
パタパタパタパタと、聞こえてきた忙しない足音に視線を向けた。
若い女性が走っていた。大切そうにリボンのかかった包みを抱きしめている。暗い路地にも関わらず艶やかな長い髪はかすかな光を反射してきらきらと輝いていた。
美人だ。
同性の私が言うのもなんだが、凄い美人だと思う。
彼女は、恐怖の為か大きな眸に涙を浮かべている。
彼女を追うのは、もう説明するまでも無いような気もするが、大量の『ヘルブラックサンタース』たちであった。
……ちょっと気持ちもわかるかもしれない。涙目の彼女は、いじめてみたくなるというか、仕掛ける方にとってやりごたえがありそうだ。
彼女は走りながらくるりと反転し、指先を『サンタース』たちに向けた。
「"天なる光よ、我が名の元に我が願い叶えよ、道を失いさ迷う御霊を導きし標となり給え《死霊浄化》"」
彼女が一息に紡いだのは、『天』属性の浄化魔法だ。
かなり練度の高い魔術だ。一瞬で数体の『サンタース』が安らかな顔でかき消えた。
「っ! なんで、どんどん増えていくのっ!?」
だが、焼け石に水。すぐに『サンタース』たちは彼女への距離を詰めてくる。
彼女は悲鳴を上げて、再び走り去って行った。
『サンタース』たちも巧みに彼女を、大通りから離れた方向に誘導している。
彼女の抱える荷物は想い人への物だろうか。『リア充』なら、なおのこと『ヘルブラックサンタース』のターゲットなのだ。無理もない。
気が付くと、私たちが相手をしていた『ヘルブラックサンタース』たちの姿がなくなっていた。
「……」
「あの方に、ついて行ってしまいましたね……」
「どうせ浄化されるなら、美人の方が良……」
「ヒルデ、悲しくなるようなことは言わなくていい」
「そうですわよ」
「ちょっ……イレーネ……メイス向けるの止めて……」
なんだろう。
アンデッドの分際で、あいつら、格付けするの……?
凄く、もやっとする。
「……朝までに、あいつら、駆逐してやるのも、社会の為だよね」
「そうですわね。エミ。街の大掃除を致しましょう」
「うわぁ……エミ、街を燃やすのは、駄目だからね?」
翌朝まで、私たちはしっかり働いた。
清々しい新年だった!
お読み頂き、誠にありがとうございます。
たぶん、この話思いついた時……疲れていたんですよね……