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輝け愛の涙

いつか約束の時が

作者: 野鶴善明

 

 アームチェアに腰掛けたサンタクロースはほっとひと息ついた。

 暖炉にあたかい炎が揺らめく。年老いた聖者はトレードマークの赤い帽子を脱いでサイドテーブルのうえに置き、赤いコートのボタンをゆるめた。炎が彼の体を温める。あごひげについたこまかな氷のかけらが溶け、ひげのさきからしずくが静かに落ちる。徹夜明けの心地良い疲れが体をぼうっとしびれさせた。曇った窓越しに見える東の空は黒い森のうえが白く息づく。新しい朝が産まれそうだった。

 今年もぶじにお勤めを果たすことができた。つい今しがた、世界中の子供たちに祝福を配り終え、雪に埋もれたログハウスへ戻ってきたところだった。がんばってくれたトナカイたちを小屋へ入れ、桶に水を入れて飲ませてやり、一頭一頭、感謝の気持ちをこめて頭をなでながら餌を与えた。今年もトナカイは一頭も脱落することはなかった。一晩で世界中を駆けめぐるのは並大抵のことではない。よくやってくれた。

 子供たちは今年も喜んでくれたことだろう。

 あの方にクリスマス・イブの夜にすべての子供たちへ祝福を配りなさいと命じられてから幾歳いくとせたっただろう。己のたましいを純粋な愛の塊としたければそうしなさいとあの方はおっしゃった。毎年、サンタクロースはその命を忠実に守った。

 子供たちが祝福にほほえむとき、サンタクロースの心は弾む。祝福が子供たちを清め、子供たちの笑顔がサンタクロースに勇気を与える。うれしければはしゃぎ、悲しければ泣く、純粋な愛の種子はそんな素直さのなかにこそ宿るものだから。

 ただ、サンタクロースはっていた。この世界には、生まれた直後、路上へ置き去りにされる赤子たちがいかに多いのかを。親に殴られ続ける子供が大勢いて、一握りの金持ちの欲望と生命を満たすために売り払われる子供たちもまたかなりの数にのぼることを。サンタクロースはそんな子供たちのために祈りを捧げるほかにはなにもできない。大きな悲しみをもって受けとめるよりほかに術もない。

 あの方は、すべてが純粋な愛でつつまれるという約束の時は必ずくるとおっしゃった。それがいつなのかはわからないが、やってくることには間違いない。その時がくれば、傷つけられた子供たちの魂もきっと救われる。おびえた心も、悲しい叫びもすべて癒される。その日がくることを信じて、サンタクロースは祝福を配り続ける。

 彼はまぶたの裏に約束の時の情景を思い浮かべた。

 遠くで清らかな鐘が鳴る。

 祝福を告げるあの方の声が響き渡る。

 空も森も川も海も、鳥も魚も動物たちも人々も生きとし生けるものみなすべてがあたたかい愛の光につつまれ、無邪気さといたわりと友愛だけがその心にともる。この世の理不尽や苦しみは跡形もない。もう誰も傷つけることもなければ、傷つけられることもない。命の輝きだけがこの世界を満たす。サンタクロースは両手を広げ、黄金色こがねいろに輝く光を抱きしめる。


 トナカイがひと声嘶いた。

 東の雲が赤く染まる。

 アームチェアがごとりと揺れ、ほほえみを浮かべたサンタクロースは心地良さそうにいびきを立て始めた。




 了


お読みいただきまして、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] サンタクロースというと子供の世界のイメージがありますが、こうしてみると確かに聖者の風がありますね。もっとも、いい意味で子供らしくなければ聖者にはなれないのかもしれませんが…。 ともあれ、クリ…
[一言] いつか、世界中の子ども達が笑顔になれますように… そんなことを今年のクリスマスは祈りたいです。 良いクリスマスを!
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