魔法使いのウェハース その2
一部のご希望にこたえてみました。
朝。平日なので当然起きて学校に行かねばならない……にもかかわらず鈴木拓朗は前日に夜更かしをしたためになかなか起きれずにいた。夜更かしの原因はクレアである。
「いやー、日本の格闘ゲームってぜひ一度やってみたかったのよ~」
と突然言い出し、拓朗を巻き添えにして対戦漬けにしたのだ。 ちなみに対戦回数は300回ほど……拓朗が眠りにつけたのは午前1時を回っていた。
(眠い……)
愛用している目覚まし時計はまだ鳴っていないのだが、そろそろ起床時間じゃないかと今までの感覚でなんとなくわかっている拓朗、しかし夜更かしをした影響でなかなか布団の誘惑に勝てない。そんな状態で睡魔との闘いに苦労している拓朗の部屋に静かに入ってくる一人の女性……言うまでも無くクレアである。
入ってきた理由は……察しのいい人ならもう予想できたかもしれないが、『お目覚めのキス』を拓朗にするためである。ペロッと肉食獣が獲物を目の前にしたときにしていそうな舌なめずりを無意識で行なうクレア。 静音の科学魔法を駆使して、一切の音を立てずにまだ半分夢の中にいる拓朗のそばへ近づいてゆく。そして……。
むちゅっ♪ と唇同士をしっかりと合わせる言い逃れの出来ない、実に見事なキスをクレアは拓朗にぶちかましたのである。 そしてさすがにコレには眠気が吹き飛ばされ、目を覚ます拓朗。ここでクレアはようやく静音の科学魔法を解除した。
「おはよ~たっくん! 今日もいい天気だよ~! さくさく起きるんるん!」
「その前に待て! さっき俺に何をした!?」
半ば拓朗も何をされたかは分かっている、分かっているが無駄な抵抗をしたくなる時もある。色々と初めてならなおさら……しかし魔女は非情である。
「なにって、お目覚めのちゅーだよ?」
何事も無いようにあっさりと事実を容赦なく拓朗に叩きつけるクレア。
「は、初めてだったんだぞ……」
いろんな意味で衝撃的なファーストキスになってしまった拓朗。こんな形でファーストキスを奪われるなんて……と肩を落としている。
「じゃあついでに、セカンドキスもいっとく? たっくん♪」
朝と言う時間が少ない状況にもかかわらず、もう一回強烈なキスを受けることになった拓朗であった。
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「はあ……」
「何たそがれてんだよタク……」
高校の三時間目が終わり、四時間目の科学魔法訓練の授業のために服を着替えている途中でついため息をを付いてしまった拓朗を見て、心配そうに声をかける雄一。
「ユウか……昨日お前との話に出てきた客と、ちょっとな……」
元気のない拓朗を見て、雄一もさすがに弄らない。
「そうか、普段顔を合わせる事がない人が家にいると色々疲れるよなぁ」
友人に対しては結構気を使える雄一だったりする。 だがなぜか恋人となると上手くいかなくなる男でもある。彼の名誉のために言っておくが、彼には特殊な性癖は一切無い。
「ああ、そんな感じだ……」
「まあ、次が終われば飯が食えるから頑張ろうぜ。とはいえ、科学魔法訓練は腹が減るんだよな~」
ゲームで言う魔法はMPを消耗するが、科学魔法は精神力とカロリーを消耗する。 その影響でバカスカ使うと、よくある精神力が尽きて失神するとか気持ち悪くなるとか以前に"猛烈に空腹になる"。 そのため、ダイエット中の女性は『程よく』科学魔法を使うと効果的だったりする。が、学校の科学魔法訓練は『程よく』なんて手抜きは許されない。 男も女も性別関係なく、科学魔法訓練授業の後は食事を多く取ることになる。 それを考慮して、科学魔法訓練は絶対に午前の四時間目のみに行なうようにと国から指定されている。
「まあ仕方ないだろ、しっかりやらないと科学魔法のレベルが上がらないぞ」
そう拓朗は雄一に言って科学魔法の訓練場に向かいだす。学生で科学魔法を使うことが許されている数少ない場所である。
クレアがレベル10、拓朗がレベル3の科学魔法レベルだが、科学魔法のレベルが上がる条件はいくつかある。 まず、生まれたときは基本的にレベル0である事が判明している。 そしてその例外が『魔人』『魔女』の為、生まれた時点で科学魔法の能力を持っているかの検査に引っかかれば、100%その新生児は魔人や魔女であると分かる。
話がややずれたが、科学魔法レベルは"素質が高ければ"5歳ごろ、10歳ごろ、15歳ごろに勝手に1レベルほど上がる事がある。そして15歳になってから真剣に訓練を重ねることで、最低2から最高で5ほど上げる事が可能だが、当然レベルが高くなるほどに上がりにくくなる。 そして18歳の誕生日の時にレベルが8に達している者だけが更に極みの9、10レベルに上げる事ができる可能性が残される。 逆に言えば、18歳の誕生日を迎えた時に8に達していなければその時点でそれ以上の成長はない。
拓朗や雄一を例に取ると、拓朗は5歳と15歳の時に1レベルつづ上昇していた事が検査で判明しており、この時点でかなり科学魔法に対しての素質がある。 逆に雄一は0レベルのままだった。 だが真剣に訓練をすれば最低でも2は上がることは保障されている。 一般的に0レベルから訓練をして上げていくのが今は普通であり、雄一が劣っている訳ではない。
ちなみに科学魔法の強さを、分かりやすい火属性で見てみると……
0:ライターぐらいの火が出せる
1:小さい火球を作れる、攻撃方法の獲得でもあり、責任も生まれる。
2:火の矢を作れるようになる、威力、弾速は大きく向上する。
3:ファイアーボールはここ。範囲もそこそこで誰もが欲するレベル。
4:炎の壁を作れる、また火の矢を複数同時に発動可能に。
5:使える科学魔法の効果が全般的に向上、ここまで来ると十分に一流。
6:炎の渦すら生み出せる。このレベルの人は大抵治安部隊に参加する。
7:ファイアーボールすら複数同時に使える。また消費が抑えられ始める。
8:科学魔法による消耗ががかなり抑えられる、超一流の域。
9:擬似的なフレアすら生み出す歩く爆発物、到達する者はごく僅か。
10:魔人&魔女の世界。 常人で到達した人は国家記録に残る。
と言った感じである。大半がレベル2止まりである為、拓朗のレベル3と言う世界は一種の壁であり、羨望とやっかみを受ける世界である。
「ファイアーボール!」
授業中、拓朗がファイアーボールを最後に撃って訓練を〆にすると色々と賞賛する声、うらやむ声、俺も撃てるようになってやると奮起する声、などなどいろんな声が上がった。 拓朗が魔法レベル3に到達しても、拓朗はそれを鼻にかけなかったために陰湿な陰口の発生は非常に少なくて済んでいる。
科学魔法訓練授業が終わり、男女関係なく全員が空腹状態であるこのクラス。学食を目指す者、お弁当を広げる者、パンを買いに行く者……お昼の戦争が始まろうとしていたその時。
「たっく~ん! お弁当持ってきたからおねえちゃんと一緒に食べよ~♪」
音の科学魔法によって拓朗の耳に届けられたのは魔女による恐怖のささやきだった……。
「誰あの人!?」
「たっくん?」
「目が悪くなったかな……指名手配犯に見えるんだが……」
「すごい美人……胸がおっきいのにウェストがあんなに細い……」
途端にざわつきが伝播していく高校の各教室。硬直していく拓朗。その他苦労……間違った拓朗に説明しろ! と詰め寄る雄一。 そんな混乱を巻き起こしておきながらそ知らぬ顔で風の科学魔法により浮上し、拓朗のクラスにやってきたクレア。
「たっくん、お弁当をいっぱいお姉ちゃんが作ってきたから一緒に食べよう♪」
このクレアの言葉に拓朗のクラスの大半が見事にハモった。
「「「「「「「「お姉ちゃん!?」」」」」」」」
クラスに妙な沈黙に包まれ……その沈黙を破ったのは雄一のこの一言だった。
「お姉さんを紹介してください」
その直後、「俺も! 俺も!」と、空腹を忘れたかのように拓朗に詰め寄り始めるクラスメイトの男子。状況が理解できずに(と言うより理解したくないの方が近い)硬直したままの拓朗。 そんな中に空中に浮いたままのクレアが拓朗をひょいっと持ち上げた。
「みんなゴメンね~、たっくんをしばらく借りるよ~♪ それから、私とたっくんは姉弟だけど、血が繋がってないから……だからみんなのお誘いは先にゴメゴメしとくね~」
そのまま拓朗を抱きしめて屋上に連れて行くクレアを再び呆然と見送るクラスメイト……だが。 "ゴメンと断られた" "血が繋がっていない宣言" "抱きしめられてた" そこから導かれた答えは……年上のお姉さんをあいつは落としてたのか!? の大誤解。
「け、けっ、けしからん!」
血の涙を流すように叫ぶ男子、色々危ない想像を始める女子……だが、クレアの音催眠によっていつの間にか昼間のことを忘れてしまっていたため、今回はこれ以上大騒ぎにつながることはなかった。
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「何で高校まできちゃうんだよ……」
クレアが作った弁当を食べながらもクレアをじとっと見る。
「──このお弁当は感謝するけど……いくらなんでも直接来るのはやりすぎだ」
だがクレアは笑顔を崩さない。
「うん、明日からは普通に朝に作って持っていってもらうよ~。でも一回やってみたかったんだ♪ 大丈夫、お昼の記憶だけ飛ばしておくから♪」
やっぱり色々規格外なんだな、魔女というのは……拓朗はそれ以上考えなかった。 考えたところで無意味に近いとも言い換えられる……。唯一つはっきりしていることは、明日からの拓朗のお昼事情はとてつもなく改善すると言うことである。
「やっぱり、愛をこめて作るお弁当は必須よね!」
「アニメの見すぎじゃないのか?」
「そういうこと言うなら、お弁当にハートマーク作っちゃうよ?」
「勘弁してください!」
色々な意味で、受難はこれからも色んな形で続く事が容易にうかがえる一日。 拓朗の記憶にはそう残っている。
続編は期待しないでくださいね……。
おっさんの方が苦しいのでこっちに逃げた……かも。