永遠亭の平坦な一日<作者:あっくすぼんばー>
朝靄立ち上る爽やかな一日の始まり。
山間から顔を出した煌めく太陽はその世界の姿を照らし、世界の全てを照らす。
暗い闇の時間を抜けて、顔を出した太陽が照らした世界は、多くの緑が広がり、湖が広がり、鳥や動物達がのびのびと暮らすそんな世界。
無論、ここまでならば、特に変わる事のない、普通の世界。しかし、普通の世界とは少し違う所がこの世界にはある。
それが……妖怪と呼ばれる存在も、この世界には存在するという事。
恐怖の感情により具現した妖怪という存在は、幻想であり、蜃気楼の様に儚い存在。未知に対する恐怖がなければ生まれず、闇に対する恐怖がなければ存在を許されない。
そんな儚い存在が、この世界には確かに存在している。
伝承、伝説、呼び方は何でもいいが、現代において遠の昔に忘れられた存在である妖怪が、今もなお生き続けるその世界。
そんな、存在を許されなくなった存在をも受け入れる世界の名は――幻想郷と言った。
しかし、今回語るお話では、幻想郷がどういった世界か等全く関係がないのを先に記述しておく――。
朝特有の冷たく澄んだ空気に包まれた、竹林の中。
迷いの竹林と呼ばれるそこでは、案内人と呼ばれる人物がいる。その人物によって案内された先には、それなりに大きな一つの屋敷が存在する。
形は純和風、屋敷を囲う塀は竹で出来ており、耐久性はそう期待出来ない。しかし、見栄という点では、竹に囲まれたこの場所では、全く違和感なく屋敷を引き立ててくれる役割を果たしている。
そんな品のある屋敷の中から密やかに聞こえてくる音がある。
木の板で構成された床を、軽く踏みながら歩くような、小さな音。
当然その音は人の足音であり、その足音を立てる人物は、この屋敷――永遠亭の住人に間違いない。
屋敷の奥へと続く廊下の角から、庭へと通じる廊下に姿を現したのは、女性。
それも相当な美人。輝く髪は銀色、シャープな顔立ちと瞳、赤と青が同時に存在する特徴的な配色の服に包まれた肢体は、同性ですら羨みそうなボディライン。
普通の人間からしてみれば、美人という評価の頭に『絶世の』と付ける事を戸惑わない程に美しいその女性の名は、永琳。
八意永琳といった。
豊かに実った胸の下で軽く腕を組みながら、朝の冷たい廊下を歩く永琳の表情には、眠気も寒さを感じている様子もない。
只々平常運転を心掛けている様な、そんな表情でさえ美しい彼女の頭の中は、決して常人には理解されない思考を持っている。
「…………」
ただ黙して、ひたひたと廊下を静かに歩き、一つの部屋の前にて彼女の歩みは止まる。
部屋の入口である和紙と木で出来た引き戸に手を掛け、音もなく横へと滑らせる。
ごく軽い動作で何の苦もなく開いたその扉は、建物の雰囲気から考えると、考えられない程に劣化していない事がわかる。
軽い力で一度も引っ掛かる事なく開き、尚且つ溝を滑っていくその音も最小限。
外観からは想像も出来ない程に、この屋敷の細部は状態が良かった。
永琳が扉を音もなく開き、その部屋へと足を踏み入れた瞬間に、永琳の物ではない声が、彼女の耳に届く。
「あ、おはようございます。師匠」
永琳の耳に届いた声に、視線だけをそちらに向けてみると、まず目を引くのが彼女の頭からぴょっこり生えているうさみみ。
これだけでも十分異質であるが、身にまとっている服も、外の世界でよくお目にかかる服であるらしい、ブレザーという学生服に酷似していると言う服装。
幻想郷ではまず見る事のない服装である。
だが、それだけ特異な特徴を持っている事を差し引いても、彼女は非常に魅力的な女性である。
永琳と言う女性の評価が、美しいと言う評価のベクトルならば、今料理の乗った皿を机の上に順次置いていく彼女は、可愛いと言う評価になる。
身体のラインも、メリハリがあり、異性からすれば、やはり魅力的な女性である事に変わりはない。
永琳の事を師匠と呼ぶ、うさみみを持つ彼女の名は、鈴仙・優曇華院・イナバ。
その様な名前の彼女だ、他の人物から呼ばれる愛称はそれなりにバリエーションが存在するが、永琳は彼女の事を「うどんげ」と呼んでいる。
「おはよう、うどんげ」
出来上がった料理を、次々と運んでくる鈴仙に短く挨拶を済ませると、永琳は自らの席へと静かに座る。
静かに座りながらも、永琳は組んでいた腕の右腕を持ち上げ、その豊かで形もいい自身の胸が形を歪めるのもお構いなしに、右手を顎に当てて何かを思案するような体勢を取る。
静かに何かを考えている様子の永琳に、最後の料理を運び終えた鈴仙が、声を掛けようと口を開くが、それよりも早く永琳の口が動く。
女性らしい唇が動き、凛とした透明感があり、理知的な印象を抱く彼女の声が形成した言葉は、鈴仙には全くもって理解しがたい内容だった。
「うどんげ……タイムマシンとは、どう言う構造なのかしら?」
「…………はっ?」
鈴仙は、自身が思っているよりも数段間抜けな声が出てしまった事を自覚していたが、今はそんなことに構っている暇はない。
天才の考えている事は、常人には理解出来ないと言うが、自身が師匠と慕うこの女性も、その例に当てはまる。
歴史始まって以来の……いや、世界が始まって以来のと言ってしまってもいい程に天才である、八意永琳と呼ばれる女性の思考回路は、もう何年も一緒に居る鈴仙ですら意味不明な時がある。
例えば今がそうだ。
爽やかな朝の空気、良い匂いのする朝食が並ぶ食卓に着いておいて、何故タイムマシンの構造なのか? 全く以て意味不明である。
「あ、あの……師匠?」
「形はどうなのかしら? 箱型? それともカプセルかしら? はたまた乗るものではなく身につけるような形状なのかしら?」
「だ、だから何故今タイムマシンの話題を……」
「システムは? 制御は? タイムマシンと言うからには一方通行という選択肢はあり得ない。過去も未来も自由に行き来出来てこそタイムマシン。なら未来へ行くのはともかく、過去を遡るのはどうやるのかしら?」
突発的な病気が発症した永琳の疑問は尽きることなく、どんどんと展開されていく疑問に、鈴仙が口を挟む隙はない。
自らが師匠と慕う人物の歯止めが既に効かないと理解した鈴仙は、軽くため息を吐き、未だ延々と疑問を声に出しながら呟く永琳を放って、部屋を出ていく。
ああなってしまった永琳は、自らが納得する区切りが来るまで止まらない事を、鈴仙は正しく理解しているのだ。
軽く開いた扉を潜り、まだ少しひんやりとした廊下へ足を踏み出した鈴仙は、後ろ手に扉をぴしゃりと閉じ、爽やかに煌めきながら登ってきた太陽を見上げて、無駄に爽やかな笑顔を浮かべる。
「さぁ、姫様を起こさないと!」
自らを元気づける様に、それでいて何も見なかったと言うように爽やかに声を出しながら、自らがすべき行動を再確認。
まだ一日は始まったばかり、こんな事でへこたれている様では、永遠亭で生活する等、夢のまた夢なのだ。
薄いソックスの下に感じるひんやりとした木の廊下の感触を感じながら、鈴仙は太陽から視線を外し、屋敷の奥へと通じる廊下へと足を向けた。
艶のある長い紫の髪が、鈴仙の歩く速度によってふわりと揺れる様は、非常に美しく幻想的なのだが、何故か彼女の背中は哀愁漂い、煤けて見えるのも、仕方のない事なのである。
永遠亭と呼ばれるこの屋敷にも、きちんと主という立場の者が居る。
永琳や鈴仙に、姫様と呼ばれるその存在こそ、この永遠亭と呼ばれる屋敷の主である。
豪華、と言う訳ではないが、品のいい明るめの色の木張りの廊下には汚れ一つなく、広めの廊下の壁も、まるで陶器を思わせる程に白く美しい。
そんな、控えめさを感じながらも上品な造りである屋敷の廊下を歩く、うさみみが特徴的で、尚且つ可憐な女性である鈴仙が足を向ける目的の場所こそ、この屋敷の主である人物の部屋だ。
ひたひたと鈴仙の軽い足音のみが廊下に響き渡る。床の軋みすら聞こえない程、頑丈で精巧な造りをしている屋敷の奥にある一部屋の前で、鈴仙の小さな足音はぴたりと止む。
足を止めた事によって、廊下の無機質な冷たさが薄いソックス越しに鈴仙へと伝わるが、それには気を留める事なく、鈴仙は扉の前から部屋の中へと声を掛ける。
「姫様ー、朝食が出来ましたよー? 起きてますかー?」
比較的大きめの声で、扉の前から鈴仙は呼び掛ける様に声を上げる。
どうやら、今鈴仙がいる部屋こそが、この永遠亭の主である、姫様とやらの部屋の様だ。しかし、鈴仙の上げた声に対して、部屋からの反応はなく、只々静寂が返ってくるのみ。
沈黙を続ける扉を、その濁りのない澄み切った紅い瞳で見つめるが、それでも反応が返ってくることはない。
その事実に、鈴仙は軽くため息を吐くと、徐に扉の取っ手に手を掛け、勢い良く横へと滑らせる。
加わった力のベクトルに従って、扉が横へと滑り、部屋と廊下を遮るものが無くなり、鈴仙の視界に部屋の中の光景が入ってくる。
そこには、畳12畳程の広さの部屋、壁にいくつかある丸型の障子を使われた窓から、日の光が差し込み、その光によって照らされる数点の掛け軸や生け花等が、品良く配置された上品な部屋。
日本の和室の極みとも言うべき、芸術的な部屋のど真ん中に敷かれた、高級そうな布団。
部屋に入ってくる日の光に反射しそうな程キメの細かい白の布に、和柄が誂えられた布団は、その上品な柄を醜く歪ませながら盛り上がっている。
四方ある布団の端から、その中にいる人物の頭が出ていない事から、その布団の持ち主は、完全に布団の中へと潜り込んでいるらしい。
明らかに普通に寝ている体勢としてはおかしな隆起を見せている布団を見て、鈴仙は腰に両手を当てながら、呆れた様にため息を吐く。
「ほら姫様! 朝ですよ! 起きてください!」
声を張り上げながら、大股で部屋の中へずかずかと足を踏み入れ、姫様なる人物が寝ているであろう布団へと大股で近づく鈴仙の様子は、どう見ても屋敷の主と言う一段高い地位にいる人物に対しての振る舞いではない。
しかし、それすらいつもの事だと言う様な当たり前さでもって、鈴仙は姫様なる人物の布団の傍までやって来ると、立ったまま上体を折り曲げ、布団の端をぎゅっと握る。
その状態だと、鈴仙を後ろから見た時、異性にとっては桃源郷の様な光景が広がっているのだが、ここでは態々その詳細を伝える必要はない。
「う~む~……いなばぁ~? 後ちょっと……後ちょっとでいいから寝かせて……」
布団の中から、睡眠時間の延長を所望するくぐもった女性の声が聞こえてくる。しかし、その声に従う鈴仙ではなく、持った布団を問答無用で自らの方へ引き寄せるようにして引っ張る。
しかし、鈴仙の思惑から外れ、引っ張られた布団は剥ぎ取られる事なく、布団の中にいる人物を覆ったままである。
予想外の抵抗に、鈴仙は思わず眉を顰めながら、舌打ちを打つ。全くもって品がない。
幻想郷に住む人物は知らないが、幻想郷の外にある、女子生徒のみが存在する学園の女子生徒達の態度に、この光景は似通っている。
どの世界でも、異性の目というのは重要なのである。
「ッチ! ちょこざいな……お、き、て、くださ~い!」
明らかに可憐な女性の口から出たとは思えないような言葉を散らしながら、鈴仙は布団を握っている手の力を、一瞬だけ緩め、直ぐ様引き戻す。
すると、今まで抵抗していたのが嘘のように、布団は宙を舞い、鈴仙の背後へと軽い音と共に落ちる。
音からして、相当軽い布団だという事がわかる。そして、重さがあまりない布団というのは、大体が高級品であり、そんな高級品を使用していた人物が、セットの敷布団の上で丸まっている。
白い敷布団の上に、黒の長い髪がはらりと散らばる光景は、その人物が纏っている着物と言う格好も相まって、さながら一つの美しい絵画にさえ思える。
しかし、先程までやっていたやり取りは、睡眠時間の延長である事を忘れてはならない。
永遠亭の主である姫様――蓬莱山輝夜と呼ばれる女性が、敷布団の中心で丸まっている光景を、己の後ろへ布団を投げ捨てた事によって、フリーになった両手を腰に当て、鈴仙は呆れた様な半眼でもって見据える。
布団を剥ぎ取られたにも拘らず、上体を起こそうとせず、それ所か、更に背を曲げて、自らの顔を、抱え込んでいる足であろう部分に埋めていく。
どうやら光が視界に入ってくるのを防ぎたいらしい。
「ほら、姫様。いい加減観念して起きてください」
「後ちょっとでいいから……後ほんの300年でいいから寝かせて……」
「300年もあったら人間の世代交代5回は行われますよ!?」
完全に視界を着物に埋めた輝夜の言葉に、鈴仙は半分叫ぶようにしてツッコミを入れるが、そんな事は輝夜にとってどうでもいい事なのか、段々と息が規則正しく一定のリズムを刻み始める。
もう明らかに半分以上寝に入っている輝夜を見て、鈴仙は焦ったように輝夜の傍へと寄り、輝夜の身体を引っ掴むと、無理やり上体を起こし、布団の上に正座させる。
鈴仙の手によって無理やり起こされる形となった輝夜は、瞼を閉じている視界に、明るい日の光が差し込んだ事に眉を顰めながらも、その瞳は未だ糸の様に閉じられ、美しい顔立ちであるにも拘らず、そんな事はどうでもいいと言わんばかりに、口の端から涎がてろりと垂れている。
艶のある豊かで長く美しい輝夜のトレードマークでもある黒髪は、美しさこそ損なわれていないものの、何本か本来あるべき形を忘れたように、横に飛び出している髪が存在する。
ぴょんぴょんと所々跳ねている輝夜の寝癖を見ながら、取り敢えず布団にもう一度倒れ込む様子のない事を確認して、ようやく鈴仙は一息ついたように息を吐き出す。
その際、鈴仙の背中がやけに煤けたというか、疲れているように感じるのは、きっと気のせいではない。
「全く、融通が利かないわねー、イナバは」
「300年は融通でどうにかなるような時間じゃありません!」
「ちぇ……ちょっとしたお茶目じゃない……」
「姫様の場合は下手したらお茶目じゃなくなる可能性があるから怖いんですよ……」
散々起こすのに苦労した輝夜も、今は徐々に目が覚めてきたのか、糸目のようだった瞳も開いている。しかし、その瞳は少しばかり拗ねている様に半眼を形成している。
威圧感も何もない只の半眼等、向けられても何も怖くない。そんな輝夜の態度にツッコミを入れながら、時には流しながら、部屋にある上品な装飾のなされた小物入れの引き出しの一番上に鈴仙は手を掛ける。
すっと引かれた小物入れの引き出しの中には、漆塗りというのか、光沢のある小さめの櫛が入っており、それを躊躇なく手に取ると、鈴仙は布団の上に、ちょこりと座っている輝夜の背中側へストンと腰を下ろす。
そして、手に持った櫛を躊躇なく、輝夜の絹の様な黒髪へと差し込み、丁寧に寝癖を直すように髪を梳いて行く。
櫛の間をするりと抵抗なく抜けていく黒髪は、日の光を反射し、櫛の通った後に流れる髪はまるで川を思わせる程にしなやか。
女性として見た場合、輝夜の持つ髪は、同性の憧れを惹きつけて止まず、その顔立ちさえも、少しばかり可愛らしさは残っているが、それでも美人というカテゴリに入れるのに何ら否定の声はない程の顔立ち。
身体のラインは服によってわかりにくいものの、スレンダーな身体つき、輝夜自身がコンプレックスを持っているとすれば……まず間違いなく胸だろう。
黒く美しい髪を梳く為に、鈴仙が動く度、輝夜の背中にぽよぽよと当たる、両者の服越しでもわかる程には大きな膨らみを自覚し、輝夜の表情は途端にやさぐれたような表情、半眼で眉間に皺が寄ると言う、美しい女性がしてはいけないような。
異性が見れば100年の恋も一瞬で冷める。そんな表情を浮かべている輝夜から、唐突に舌打ちが打たれる。
「ッチ! さっきからぽよぽよぽよぽよと……」
「はい、終わりましたよ。所で、何か言いましたか?」
うん、バッチリ。と寝癖を倒し終えた鈴仙は、一人満足そうな笑みを浮かべ、櫛を仕舞う為に小物入れまで移動。小物入れの引き出しを開け、中に入っている布でさっと櫛を拭いて、先に布を仕舞い、その上にそっと櫛を置く。
引き出しの中に櫛を仕舞い終え、引き出しを閉じた所で、鈴仙の背中に軽い衝撃。その後……。
――むにゅっ!
自らの胸部に何かしら違和感を覚えた鈴仙の視線は、自然と下へと下がっていき、その紅く大きな瞳は明らかに自分の胸の膨らみを鷲掴みしているであろう手を発見。
サイズぴったりの服の上から、女性の物と思わしき手が、鈴仙の豊かな胸を鷲掴みし、その指と指の隙間からはみ出るようにして歪んでいる質感は、明らかにその手では覆いきれない大きさを感じさせる。
形も良く、平均よりも大きめな胸が、力任せにふにゃりと形を変えられる光景はあまりに淫靡な光景である。
しかし、当然鈴仙にとっては自分の胸であり、そんな事を感じる余裕はなく、認識しているのは自らの胸が今現在、躊躇なく鷲掴みにされているという事実だけであり……。
その事実を認識した鈴仙は、見事にその頬が紅く染まっていき、紅い瞳には羞恥からか、小さく涙を浮かべている。
「ちょっ……ちょおぉぉぉ! ひ、姫様!? 何やってるんですか!?」
「クッソクッソ! 生意気だわ! 何よこれ!? 掴みきれないじゃない!」
「知った事じゃないですよ! 人の胸鷲掴みしておいて文句言わないでくださいよ!」
ぐるりと振り向いて手を外させようとするが、失敗、余計に輝夜の手に自らの胸を押し付ける結果に終わる。
結局、地べたを這いずりながら、部屋の入口へ向かうしかないのだが、その間にも、輝夜は理不尽なまでに怒りながら、その手の内にある膨らみをもにゅもにゅと揉みしだく。
瑞々しい弾力と、適度な柔らかさを伝えてくるその膨らみに、輝夜の怒りは怒髪天を突く。
「くっ! 柔らかさ、弾力、大きさ……どれもかなりの水準で纏まってる……あてつけ!? あてつけなの!? 理不尽だわ!」
「理不尽なのは今の私の状況ですよ! いい加減離しな、さい!」
「いたー! 今叩いたわね!? この私を!」
全く諦めようとせず、延々と揉みしだいていそうな輝夜を、ようやっと部屋の入口まで這いずってきた鈴仙は、半身で振り返りながら、躊躇なく輝夜の頭を引っぱたく。
いや、叩くというよりむしろ、殴ると言った表現が適切なのかもしれない。
鈴仙の攻撃によって、頭から鈍い音が出た輝夜は、思わず手を離し、蹲りながらも、鈴仙へ向けて抗議の声っを上げるが、輝夜の魔の手から逃れた鈴仙は、素早く部屋の外へ転がり出て、自らの胸を守るように両手で抑えながら警戒するのに一杯一杯で、全く聞いちゃいない。
廊下へと躍り出た鈴仙は、廊下にへたり込む事だけは避けたものの、壁に背中を押し付け、威嚇するように輝夜を睨む。
「自業自得です! 反省してください!」
きゅっと睨みつけるような鈴仙の視線に、輝夜は、わかったわかった。と溜息と共に立ち上がり、自らも部屋の外へと静かに足を踏み出す。
長い着物に足を覆われ、どう言った風に歩いているのか、その詳細は明らかではないが、先程までのふざけた態度からは想像もつかない程、その姿は気品が溢れている。
着物という歩きにくい衣装であるからか、その歩幅は小さく見えるが、廊下の上を滑るように歩く姿は、非常に優美なもので、終始その優美さを崩さぬままに、輝夜の身体は朝食の置いてある部屋の方へと向けられる。
「行くわよイナバ……何してんの?」
「姫様の所為ですよ!」
廊下に出てきた輝夜を警戒しているような目つきで胸を押さえている鈴仙へ、不思議そうに声を掛けるが、当然先程の事を根に持っている鈴仙からは、文句が飛んでくるが、輝夜にそれを気にした雰囲気は無い。
気にする所か、鈴仙の態度に呆れたと言わんばかりに、ため息を吐いてみせる。
「ちょっと胸揉まれた位のちっちゃい事、一々気にしてちゃ男出来ないわよ?」
「放っておいて下さい! って言うか胸いきなり揉まれるのは小さい事じゃありません!」
「はいはい……いい加減行くわよ」
鈴仙からの抗議をさっさと流しながら廊下を歩いていく輝夜を、少しの間警戒したように見ていたが、結局いつも鈴仙が折れる事になるのだ。
ため息を一つ零し、前を歩く輝夜の隣に並ぼうとした瞬間に、輝夜からの声。
「隣に並ぶのはやめて」
「えっ? 何でです? 何時もなら気にしませんよね?」
輝夜の言葉に、鈴仙は純粋な疑問を抱く。
確かに、この永遠亭の主である輝夜の隣に並んで歩くというのは、基本的には失礼に値するのだが、輝夜自身それを気にした事はないし、鈴仙が一歩後ろを歩こうとした時も、気にするなと言ったのは輝夜本人だったのだ。
しかし、今、輝夜は横に並ぶなと言う。その言葉に従うのは鈴仙としては、別段嫌なわけではない。しかし、唐突なまでの輝夜の言葉に疑問が残るのは当然だ。
そう疑問を感じる鈴仙だが、輝夜の言葉には一応従い、一歩後ろを歩く。
疑問の答えについては、輝夜の口からすぐさま飛んできた。
「際立つのよ……差が」
「差……ですか?」
「胸の差に決まってんでしょ!?」
結局、鈴仙の朝……いや、毎日は、理不尽な発言と行動。そして、彼女自身が感じる盛大な呆れから始まるというわけである。
――あぁ……私、何でここにいるんだろう?
その純粋なまでの疑問と共に、鈴仙は己の感情とは無関係に、爽やかな、何かを悟りきった若しくは諦めきったような笑顔が浮かぶのを自覚し、煌めく太陽へ、その無駄に爽やかな笑顔を向けるのだった。
この永遠亭に何故自分が仕えているのかを、真剣に考えている内に、目的の部屋へと着いたのか、鈴仙の前を歩く輝夜の歩みが止まり、自らはさっさと部屋の中へと入ってしまう。
部屋の中に入っていた輝夜を追って、鈴仙も早の中へと入る……と鈴仙に掛かる声が一つ。
「おはよー、れーせん」
「あら、てゐ。おはよう」
鈴仙へと声を掛けたのは、先にこの部屋に居た永琳ではなく、鈴仙がこの部屋でぱたぱたと動き回っていた時には居なかったはずの少女。
いひひ、と何故か楽しそうに笑う少女の頭には、鈴仙と同じ様にぴょっこりと生えたウサミミが存在する。
ゆったりとした薄ピンク色のワンピースに、黒い髪、小柄な体。そのキーワードを裏切る事はなく、彼女の顔立ちも例に漏れず非常に可愛らしい顔立ちである。
少し趣味が怪しそうな大人の異性等は、彼女の姿を見れば理性を無くすのではないだろうか?
そんなマニア受けしそうな容姿をした彼女の名は、因幡てゐ。頭から生えている耳からしてわかるとは思うが、彼女も鈴仙と同じく兎である。
月の兎と地上の兎と言う違いはあるが……。
「朝居なかったみたいだけど、何やってたの?」
「イヒヒ、お勤め」
「はぁ……程々にしなさいよ」
「わかってるって」
鈴仙の質問に、にやにやと笑みを浮かべながら、お勤めと答えるてゐ。
他の人物ならば、それだけでは何を指しているのか理解できなだろうが、永遠亭の住人である三人は違う。てゐの言ったお勤めという言葉が何を指しているのか、正確に理解出来ていた。
だからこそ、鈴仙は程々にしろと言う言葉を送ったのである。
一見可愛らしい容姿をした、てゐの趣味というか、好きな事はイタズラであり、そのイタズラは時折洒落になっていないレベルの物がある為油断ならない。
「まぁ、私は時偶ここに来る患者に被害が無ければそれでいいわ」
「良いんじゃない? 面白いし」
「師匠も姫様ももう少し関心を持ってください!」
八意永琳と言う人物がいる今だからこそ、この永遠亭と言う場所は、診療所の様な事を時偶やっている。
何故時偶なのか、と言う問いについては答えるのが簡単で、永遠亭の周囲は、迷いの竹林と呼ばれる複雑怪奇な竹林があり、そこを通る時には案内人の案内が必要なのである。
ならば、その様に面倒な事をして診療所に行くぐらいなら、自力で、若しくは薬だけで治すという人物が多いため、永琳は時偶、と言ったのだ。
まぁ、一度でも永琳の診察を受けた男性等は、仮病を使ってでもその姿を拝もうと必死なのだが、そんな事は勿論永琳が知る由もない。
輝夜に至っては、一日通してやること等ほぼない為、てゐのイタズラに引っかかる誰かを見て楽しんでいる節がある。
そんな二人の関心のなさに、思わず声を荒げる鈴仙だが、これは仕方がない。
何時もてゐが仕掛けるイタズラに、誰かが引っかかった後、その尻拭いをさせられるのは鈴仙なのだ。
そんな彼女が抗議の声を上げるのも仕方の無い事だろう。
「まーまー、取り敢えず食べようよ。私お腹空いちゃってさぁ~」
「……はぁ、もういいわ。じゃ、食べましょうか」
鈴仙が自らの席である永琳の隣へと座った所で、いただきます。と各自声を上げ、食事に取り掛かる。
食事が並ぶ机を囲むのは、永琳、鈴仙、てゐ、輝夜の四人だが、何故かその席は、何かの悪意が篭っているような席順。
永琳の隣に鈴仙。机を挟んで永琳の正面に座るのは輝夜で、その隣、鈴仙の正面にいるのがてゐと言う席順。
無論、その席順に何かしらの悪意を感じているのは、食事を始め、しばらくは黙々と食べていたが、段々と目つきが鋭くなっていた輝夜であるのは言うまでもない。
しかし、それは今ここで言っても詮無き事。既に持っている者と持っていない者では、いつも気にするのは持っていない者なのだ。
持っている者は、いつも自覚がない事が多いのだ。
持つ者と持たざる者の意識の差異について、静かに輝夜は考察し、食事を進めていたが、そんな静かな食卓を壊す者は当然いる。
「そー言えば、れーせん。まぁ~た怒ってたの? そんなんだと男出来ないよ?」
「私じゃなくて、私を怒らせる姫様が悪いの。後、今は別にそう言うのいらないし……」
先程も似たような事を言われたが、一々気にしてられないとばかりに、朝食をつつきながら流しに掛かる。しかし、今は恋人等いらないという言葉は徐々に尻すぼみになっていく。
そして、鈴仙の言葉に対しての異論は、思わぬ所から飛んでくる。具体的には、いつもなら静かに、そして上品に食事を進めている鈴仙の隣にいる人物。
八意永琳から。
「あら? うどんげはいらないの? 私は欲しいわよ? 恋人」
「私も欲しいわね」
「し、師匠に姫様まで?」
思わぬ所から飛んできた意見に、鈴仙は永琳と輝夜に視線を配るが、特に変わった様子はない、鈴仙をからかうつもりで言った訳ではない事は明白。
それ所か、永琳は少し切なそうに、ふぅ……とため息まで吐いている。
今まで永琳や輝夜のそのような話を聞いた事がなかった鈴仙は、思わず慌てた様に二人を見比べるが、そんな鈴仙を差し置いて、またしても永琳や輝夜に賛同する声が上がる。
「私も欲しいなぁ……恋人」
「て、てゐまで!?」
異性に興味等なさそうだったてゐにまで裏切られた鈴仙は、思わず悲鳴のような声を上げる。
そして、鈴仙以外の全員が恋人が欲しいと、心情を吐露した事によって、何故か追い詰められた鈴仙に、てゐからニンマリとした笑みを向けられる。
「で? ほんとーにいらないの? 恋人」
「う、うぅ……わ、わかったわよ! 本当は欲しいわよ! 欲しいに決まってるじゃない!?」
最早やけくそと言う表現が合う程に、鈴仙は恋人が欲しいとぶちまける。
それによってからかわれるとでも思っていたのか、箸を持つ手が何かに耐える様にぷるぷると震え、瞳を閉じているが、鈴仙が思ったその時は一向に来ることはなく、食卓に上がった話題をそのまま続けている声だけが聞こえる。
「姫様は、恋人にするとしたらどんな男が良いんですかー?」
「私? そうねぇ……私を優しく受け止めてくれる様な男がいいわね! 永琳は?」
「次は私ですか、そうですね……私が捕まえるのに苦労しそうな男性がいいですね」
「そんな男いるのかしら?」
「さぁ? 何処かにはいるのではないですか?」
「因みに私は面白い人がいいなぁー」
からかわれるものと思っていたが、それもされる事なく、鈴仙は拍子抜けとばかりに唖然とした表情。
今まで永遠亭の中で聞く事の無かった会話に、鈴仙は呆然とおいてけぼりを喰らいながらも、朝食を進める箸だけは止まる事なく機械的に動いている。
箸の上に乗っているご飯を、小さく開いた口の中に放り込み、小さく咀嚼。
全くもって今なされている会話に入るタイミングを見い出せない鈴仙は、ただ静かにその様子を見守るしかなかったのだが、結局、そういう人物が一番標的にされるのはよくある事であり……。
鈴仙が気がついた時には、会話も一段落した三人の視線が、鈴仙一人へと集中していた。
「で? れーせんはどうなのさ?」
「は? わ、私!?」
「当たり前だよー、皆言ったのにれーせんだけ聞いてないよ? で? どんな男がいいの?」
興味津々と言わんばかりの表情で、てゐから質問が飛んでくる。
突然自らに話の焦点が移った事に焦る鈴仙だが、今の今までこういう事を話した事がない為、こう言った話もいいのかもしれないと思い始め、改めて自分の好みというものを考えてみる。
今まで考えた事がなかった故に、答えを出すのは苦労するかと思われたが、考え始めてみると案外スラスラと自らの好みが口をつく。
「わ、私は……頼り甲斐があって、でも時々困らせてくれる様な……そんな男の人がいいなぁ」
鈴仙の脳内では、今言ったような男性とのやり取りが行われているのか、箸先を少し咥えながら、目元はだらしなく垂れ下がり、頬を紅く染めながら、えっへへへ~……とだらしない笑い声を上げている。
その感情を表しているかの様に、頭に存在するうさみみがぴこぴこと忙しなく動いており、そんな鈴仙を見ながら、三人は首を傾げる。
「頼り甲斐があって、時々困らせてくれる?」
「それって結構矛盾してますよねぇ~?」
「うどんげってば、結構ややこしい好みの持ち主なのね……」
「放っておいて下さいっ!」
何故か自分の好みだけが妙なバッシングを受けている事に、鈴仙は思わず机をバンバンと勢い良く叩きながら抗議の声を上げる。
その後も、どんな男がいいか、理想の男と出会ったらどんなアプローチをするか、付き合う自信があるか、等、女性らしい会話がなされていくが、全体的に見れば、やはり何の変哲もない朝の光景なのである。
燦々と輝く太陽がコレでもかと言う程に自らの存在を主張する様に、真上に浮かぶ時間帯。
そんな時間帯でも、永遠亭は比較的静かな時が流れている。
特に、永遠亭の主である蓬莱山輝夜の従者、八意永琳と言う銀色の豊かな髪が特徴的な美しき女性の自室は、基本的に静かである。
と言うのも、彼女の主な仕事は、薬の調合であり、幻想郷の各方面にある薬は、殆ど永琳が調合したものであり、それがあるからこそ、人里の人間達は健康でいられる。と言ってもいいかもしれない。
そして、今日も変わることなく、永琳は試験管やフラスコと向き合い、今現在調合している薬の配合を事細かに紙へと書き出し、その薬の効能や副作用の有無等を自らの身体で検証していく。
かなり危険な方法であるが、永琳や輝夜と言った人物にとっては、特に気にするほどの事でもない。
あらゆる新薬を開発しながら、既存の薬のストックも調合していく。
それが、永琳の日常であり、静かな部屋の中で飽きる事なく続けている永琳の仕事だった。
「…………」
調合を続ける永琳の表情は、これ以上なく真剣。現在も、既に調合を終えた薬の配合を紙に書き出す作業を静かに続けている。
何年も使っている万年筆を軽く持ち、紙の上で躍らせるその姿は、正に出来る女と言ってもいい。
特に、長方形のレンズを使った比較的小さめの眼鏡を掛け、いつもの服の上に白衣を纏っているという姿は、何処かの研究機関に所属する高名な研究者と言ってもいい程に理知的な雰囲気を感じる。
「死ねっ!」
「あっはははは! その程度じゃ私には届かないわね!」
「あー! くそったれ! 燃やし尽くす!」
「ほらほら、もっと頑張りなさい!」
「指図すんじゃねぇ! さっさと惨めに地べた這いずりまわれ!」
「わかってないわねー。今まで地面に這いずり回ったのはアンタだけじゃない?」
「適当言ってんじゃねぇ! クソアマが!」
「まぁ! 何て下品な言葉遣いなのかしら」
「てめーに言われる義理はねぇ!」
突如その静かな空間に割り込んでくる声と轟音。
弾け飛ぶ竹の音や、連続して聞こえる爆裂音に、何かを殴る鈍い音。多種多様の音が永琳の作業する静かな部屋へと割り込みをかけ、その中でも永琳はただ静かに作業を続けるのみ。
そして、細かな配合、その結果、副作用の有無を書き終えた所で、躍らせていた筆を仕舞い、自室に置いてある幾つもの棚の中から、バインダーを一つ取り出す。
バインダーを捲りながら、もう一度席に着き、ようやっと何も閉じられていない部分を見つけ出すと、そこに先程書き終えた紙を挟んで、閉じる。
席を立ち、元あった所にバインダーを戻し、永琳が席に着いた瞬間、自室の障子に張られた和紙が、全て見事に弾け飛ぶ。
景気良く弾け飛んだ和紙は、小気味良い音をさせながらその姿を散らされ、それによって永琳の自室は、中々に風通しの良い部屋へと早変わり。
座っていた椅子を音もなくくるりと回し、自らの部屋の惨状を静かに見渡した永琳の表情は、これ以上ない程に綺麗な笑顔が浮かんでいる。
もしこの表情を見た異性がいれば、見惚れるほどに綺麗な笑顔なのに、何故か背中に悪寒を感じると言う不思議な現象に首を傾げていただろう。
だが、実際に今はこの部屋にそのような存在等いるわけもなく、永琳ただ一人。
そして、そんな笑顔を浮かべた永琳は、自らの部屋の隅に置かれた和弓を手に持ち、数多くの矢が入った矢筒と、矢の先に何かが詰め込まれた袋が下がっている二本の矢を腰に下げ、妙に風通しの良くなった障子を開け放ち、廊下へと出る。
庭に降りる一歩手前で足を止め、未だに音の止む事がない竹林へと弓を向け、縦ではなく横に構えると、矢筒に入った普通の矢を四本ほど取り出し、構える。
弦を目一杯引き絞り、放つ。
その後も同じ動作で同じ軌道で、同じ本数で、立て続けに五回ほどそれを繰り返し、息つく暇もない程に次の動作へと移り、先程の袋が下がっている二本の矢を取り出す。
取り出された二本の特殊な矢を構え、次は上空へとその軌道を修正。
垂直近くまで角度を取り、射出。
放たれた矢は、山なりの軌道を取り、最高到達点を過ぎると当然引力に逆らって落ちる事になる。
その時には既に、永琳は一本の矢を構えており、ある地点まで放った矢が落ちてきた瞬間、構えていた矢を射出。立て続けにもう一本射出。
放たれた矢は、寸分違わず落下してきた矢の袋部分に当たり、その勢いに負けた袋は当然破け、その中身を地上へと放つ。
袋の中身は、どうもまきびしの様な物らしく、大量に地面へと落ちていく黒い小粒の一粒一粒は所々鋭利に尖っているのが見受けられる。
そこから先はまきびしの放たれたと思わしき所目掛けて矢が落ちるように、何回も何回も弦を引いていく。
何度も矢を射出し、弓矢の絨毯爆撃を竹林に放った永琳は、満足したのか、構えていた弓を下ろし、やはり笑顔で竹林の方へと視線を固定している。と竹林から今までとは毛色の違う声が響いてくる。
「い、いやぁぁぁっ!?」
「うおぁぁぁぁっ!?」
声、と言うよりも悲鳴らしき物が竹林の中から響き渡り、その後竹林の中から姿を現したのは、永遠亭の主である輝夜ともう一人。
白く長い髪に赤い瞳と言う特徴的だが美しい少女、その二人が竹林から勢い良く飛び出てきて、永琳の前に姿を現した。
瞬間にその姿は消える。
「あ、今日も景気良く誰か引っかかった……って、げっ! 姫様!?」
輝夜ともう一人の少女――藤原妹紅が竹林から姿を現した瞬間、永遠亭の庭に出来た大きな穴を覗きに来たのはてゐであり、その穴の中を覗き込んだ彼女は、その光景を見た瞬間に、一目散に何処かへと走り去っていく。
「て、てゐー!」
「あんの糞兎がぁ!」
明らかにてゐが掘ったと思わしきその落とし穴の中へと、見事に嵌った二人が這い出てきたその姿は中々に酷いもので、泥だらけの煤だらけ、更には幾つもの矢が刺さっているようにも見える。
そして這い出てきた二人の瞳は、落とし穴の犯人を殺る気満々の瞳。危険極まりない。
先程てゐが逃げていった事は確認済みであるため、二人はそれを追う体勢に入るが、それを静止する人物がこの場に一人存在し、それが二人にとって最悪の事態となる。
「姫様、お待ちください」
「あ、永琳。そう言えばさっきの矢の雨、貴女の仕業ね!?」
「何だと!? てめぇ、どういう事だ!?」
「その台詞、この惨状を見てから言っていただけますか?」
迫力満点の輝夜と妹紅から問い詰められても、永琳は笑顔を崩すことなく、自らの後ろにある無残な光景を指さし、二人の視線をそちらへ向けさせる。
当然その光景を見た輝夜と妹紅は、何の事だか分からずに首を傾げるが、一旦冷静になり今の状況を分析してみると、二人の顔色はみるみる内に青くなっていく。
永琳が浮かべる無駄に綺麗な笑顔。持っている和弓。張られている和紙が全て破けた部屋の障子。そして、竹林に落ちてきた弓矢の絨毯爆撃。
それらのキーワードから解を導き出す事は非常に簡単な事で、永琳の部屋が見るも無残な事になっている原因は、妹紅と輝夜が顔を合わせれば起こる殺し合いの余波なのは間違いない。
「あ、あー……いや、違うのよ? 永琳、こいつがね?」
「あ!? てめぇ! 何人に罪擦りつけようとしてんだ!?」
「実際そうじゃない! どう考えてもアンタの爆風が原因でしょ!?」
「何言ってやがんだこのアマ! 大体なぁ……」
「静かに。どうやらお二人には相応の罰が必要なようですね……大体……」
結局正座させられる事になった輝夜と妹紅。
そして、庭先で静かに永琳から説教されている所を、第三者に見られる等、ある種当たり前の事であり、今回も例に漏れる事なく、永琳に茶を運んで来た鈴仙に見られる事になる。
茶を乗せたお盆を両手で持ち、静かに永遠亭の廊下を歩いてきた鈴仙は、説教を受けている二人の姿を見て首を傾げるが、永琳の部屋の障子が無残な事になっているのを視界に入れ、納得したように頷く。
「いい加減学習すればいいのに……」
鈴仙の言葉の内容から、この光景は特に珍しいものと言うわけではなく、それなりに日常茶飯事的に行われているようだ。
ため息と共に鈴仙から出てくる言葉は、やはり呆れた様な声音である。
しかし、その後、結局これ直すの私なんだろうなー……と疲れた声を搾り出す鈴仙の背中は、やはりどうやっても煤けて見えるのは仕方のない事なのだろう。
結局、このような事がありながら、説教を受ける輝夜や妹紅、イタズラがバレて逃げるてゐ、輝夜と妹紅を説教をする永琳に輝夜と妹紅が起こした被害の尻拭いをさせられる鈴仙。
この光景は日常茶飯事であり、と言う事はつまり、永遠亭は今日も変わらず平常運転であるという事なのだ。
どうも、あっくすぼんばーと言います。知らない人は初めまして。
東方の企画なので、東方作品だけを紹介するならば、普段は東方魔王伝~人間だけど吸血鬼~と言う作品を書いております。
東方魔王伝はですね。異世界の魔界で魔王だった吸血鬼が、色んな世界を転々として最終的に東方の世界に縛り付けられちゃったぜ。
みたいなお話でして、基本的にはその東方の世界をだらだらと旅する。そんなお話です。
さて今回はPNUの企画という形でお話を書かせて頂いたのですが……。
内容としてはそう目新しい事はありませんね。ただ永遠亭で繰り広げられる日常の内の1日という話です。
内容はあるようで、実はあまり無いお話なのでお気を付けくださいませー。