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東方作家萃 ~Phantasm Novel Union~  作者: PNU
第二回企画~リレー~<「〇〇で幻想郷がやばい」の部>
17/20

にとり印のマスドライバーで幻想郷がヤバい――終幕<作者:夜光沙羽>

 その方向は、確か。否、不確か、だ。それは確実な場所になど存在していないのだから。

 再び音の速度を超えさせられてしまった椛は、霊夢という不思議なチカラを持つものに引っ叩か(加速をつけら)れたからこそ、そこに辿り着けてしまったのである。普通に行ければなんと言う幸運かと恐怖と感激に身を竦ませるであろうがもはやこの白狼、白かった全身は赤と黒に塗れていた。とてもとても白狼天狗ですなんて威張って歩けない。それどころか生きているのか。結局は物言わぬただの弾丸として、椛は駆け抜けた。そこを駆け抜けて、辿り着いた。

 そう、現実と幻想の狭間、八雲邸へ。


「紫様!! 紫様!! 命蓮寺があんなことにッ!! 聖なんてもうキャラクター崩壊してるじゃないですか!! 雲山どこ行った!! 小傘は命蓮寺に住んでいるのが私の正義だというのにいなかった!!!」

「そうね。やばいわね。」

 思わず藍はパーソナル云々の前から視線すら動かそうとしない自らのシュジンをぶん殴りたくなった。返される言葉は棒読み、そもそもそれを意識して言葉にしたのかすら怪しい。相も変わらずその藍には理解できない男同士の営みを凝視し続ける紫。果たしてこちらの叫びをどこまで理解しているのだろうか。殴ってもいいよねいいや殴るべきだそうだそうに違いないそうに決まったそうに決めた私が法だ平伏せ愚民共、紫に聞かれない程度の声でそこまでを一気に呟くと、藍はすっと息を吸い、にっこりと笑いを浮かべた。自らの微笑で数多の男を篭絡してきた藍であった。プルプルと湿り気を帯び、男であれば確実に吸い寄せられてしまうであろう桃の色を浮かべる唇をゆっくりと動かす藍。

「オトメゲェぶっ壊す」

 肩をピクリと震わす紫。勝ち誇ったような歪んだ笑みを浮かべる藍。先ほどまでのおしとやかな絶世美人は人を惹きつけて止まない残酷さを持つメス(・・)と化した。さすがは九尾、化かし化かされ化かしつくす彼女にとってこの変化程度御茶の子さいさい、ということか。 対する紫はといえば、その言葉を一字一句読み込み、理解し、噛み砕き、翻訳し、十分に間を開けてから冷たい冷たい声を出す。それこそ常人が聞いたら恐怖で失神するほどの、冷たい声を。

「次それ、言ったら、ぶっ殺す」

 しかし藍はといえばその殺気すら帯びた冷気の刃をあっさりと受け流し、肩を竦める。先程よりも残忍な、ニヤァッ! という効果音が流れても何等おかしくない悦びの笑みを顕す。止めたくとも止められない、そんな愉しさを覚えた顔であった。

 そうして藍は彼女を嘲うかのように一字一句変わらず、愉しみを分け与えて差し上げようとねっとりと声を出した。

「オトメゲェ、ぶっ壊す」

「よし来た藍今までお疲れ様だったわ、ゆっくり休みなさい」

 とうとう紫はブチギレた。なんとも小さい。たかがゲームを壊すと言われたほどで此処まで怒髪天を衝くとは、精神が若いととらえるか、幼いととらえるか。

 ザン、と立ち上がり、目を怒りで染め上げ、あまりの激情ゆえ右腕を中心に体をプルプルと震わせながら、紫は振り向いた。

「……ラァァァァァァァァァァァァァンッッッッッ!!!!!」

 そこに、藍はいなかった。


「ふぅ、シュジンとやらをおちょくって遊ぶのは楽しいものだな」

 紫をおちょくるだけおちょくってさっさと退散した藍は、フヨフヨと空を飛んでいた。

 その顔はにへら、と緩みきっており、ずっと背負っていた憑物が落ちたかのようであった。

「さて、これで橙と一日中戯れていれば私はあと三十年は働けるぞ」

 はわぁ、と自らの式と戯れているところを想像して藍はため息をついた。それはもう幸せの絶頂といったため息で、偶然これを聞いた小鳥は赤面して立ち去った。

「ちぇえん今いく……よ?」

 何だあれは? ものすごいスピードで赤黒い砲弾が突っ込んでくる。

 そして、轟という音を立て藍の真横を通過して落下してゆく。

 その衝撃で藍は三尺ほど、砲弾が通過した方向とは逆方向に吹っ飛ばされた。そのまま藍は優雅な仕草で一回転、空中で体勢を整えた。

「……あれは?」

 なぜ砲弾が赤みを帯びているのか、わからない。錆びていたのだろうか? ……違う、そもそもなぜ砲弾が幻想郷にあるのだ。河童あたりが製造してぶっ飛ばしたのか、そうだとしたらなんと言う相手に喧嘩を売ったのであろうか。

「紫様」

 すっと藍は手を合わせる。

「ご冥福をお祈りいたします」

 その意味をまったく違えず、藍は紫の死後を祈った。

「さぁてちぇえん」

 そうして藍は何もなかったかのように再びフヨフヨとのんびり空を泳ぎ始めるのであった。

「あ、そういえば」

 そうは言いつつも藍の移動は止まることもなく。まぁ、どうでもいいことか。そう呟いて、言葉を走らせた。

「終盤、完全に命蓮寺関連のことを忘れていたな」

 どこがどうでもいいことか。


「あの女狐帰ってきたら狐饂飩にしてやる……」

 ブツブツと苛立たしげに言葉を並べるは八雲紫。先ほどまで没頭していた、いわゆる外の世界ではBLゲーと呼ばれるそれにもまったく興味を示せない。なんとなく淫靡な様子を想像させるBGMだけが延々と流れ続けていた。

 まったく落ち着くことができずにうろうろと自室を歩き回る紫。苛々をぶつけたくてもなかなか好反応を返す藍はすでに消えており、この屋敷には彼女一人。壁に当たってもいいが、本気で暴れれば家が無くなるし、弱めにあたれば苛々は消えない。

 ならば外に出るかとも思うが、やはり下手に暴れれば博麗大結界の危機、再びなんてことにもなりかねない。

 外の世界? 阿呆か。

 結局は自分が抑えることしかないのである。

 そもそも藍にあんな脅迫をされたのだから自室なりスキマなりにしまってしまえばいいものを、そのままずっとゲームに没頭していたからこうなるのだ。面倒だからと放り投げておくとこうなるのだ、そう学んだことは今までに何回あったろうか。やはりこやつ、脳が膝にあり、矢が刺さった時なり膝を曲げたときなりに貫かれたり潰れたりしてしまったのではないか。

「……まぁ、いいわね、とっとと持ってきましょう」

 今度藍の脅迫のネタに使われちゃたまったもんじゃねえや、などと呟きながら、いそいそと彼女は廊下に出る。くるりと振り返り、先ほどの開け方とは違いおしとやかにおしとやかに襖を閉める。わずかに聞こえるか聞こえないかほどの大きさで、乾いた音が鳴る。よし、と一人紫は腰に手を当て満足げに頷くと、縁側を歩き出した。

「……大丈夫ね、焼かれてはいないみたい」

 遠くに自分のそれが大量に保管されたダンボールが見える。まったく、家が広いとこういうときに面倒なのだ。紫は今度は少し可愛らしく、パタパタと走り始めた。

「それでも一応枚数は確認しないと駄目ね……ん?」

 何か音がする。空気を切り裂くような、轟という音だ。何の音かと、きょろきょろと紫はあたりを見渡す。

 徐々に、それでいて物凄いスピードでその音は大きくなってゆく。耳を苛みはするが、そこまでひどい轟音でもない。ますますになんだろうかと紫が訝しげに眉を顰めた次の瞬間である。

 ――ッバギャァァッッ!!

 ……あ?

 今の音は、何だ?

 まるで錆びきって固まってしまった金属のような首を無理やり動かし、紫は音がしたほうを見る。今はあの音はしない。なら、先程まで音を立てていたそれが、何かしらに激突して止まったと考えるのが筋であろう。

「あは、」

 笑いがこぼれる。

 怒髪天を衝く? 冗談だろう?

 紫の怒髪は……星を、衝く。

 目の前にあったダンボールは、中に入っていたケースと、そしてCD-ROMごと、降ってきた砲弾によって破壊しつくされていた。

 散らばる銀色、それはつまり砲弾によって砕けたCD-ROMがどうあがいても復元不可能な状態にまで化したことを意味する。

「はははは、」

 笑いがこぼれる。

 怒髪星を衝く? 冗談だろう?

 紫の怒髪は……セカイを衝く。

「はははははははははは」

 笑いがこぼれる。

「あっははははははははは」

 笑いがこぼれる。

「はははははははははッッ!!」

 笑いが、止まる。

 ――果たして、これは幼いのだろうか。

 ヒトだけではなく、人は大事なものを守るときに、いつもからは考えられぬほどの異常な力を出すといわれる。それは、壊したくないから。壊されたくないから。だからこそ、力を篭めるのだ。

 なら、壊されたら?

「……ろす、」


 砲弾は酷い状況になりながら、立ち上がる、立ち上がろうとする。

「……まだ、生きてる。正直首折れてるかもしれませんけど、まだ生きてます……っ」

 首が折れていたら豪い状況である。最悪全身不随。それでも立ち上がれたのだから何とか折れてはいないのであろう。

 椛は己の刀を杖代わりに、霞む視界を歩く。

「……ろす、」

 歩くたびに激痛が走る。その激痛は椛にとって、自分がまだ助かるんだという希望でもあった。痛みを感じられるほどの余裕があるんだ、感覚がないところなんてないんだと。生きて、山に帰って、あのにっくき鴉天狗をボッコボコにしてやるんだと、気力だけで歩いていた。

 正直、ここまで無事であるのが奇跡であるといえよう。

 音速を超えた回数二回。表皮がめくれたり悲惨な状況にならなかった奇跡、マッハを超えた事により起こる衝撃波の範囲外に位置できていた奇跡。

 命蓮寺に激突し、それを大破させたかと思えばなぜか全く怒らずただただ泣いているだけであった聖白蓮の手により尻尾をつかんでハンマー投げ。千切れなかった奇跡、首が折れなかった奇跡、粉砕骨折しなかった奇跡。

 魔理沙に激突し、普通は死ぬかそれでなくとも緊急を要する大怪我を負うはずの彼女はけろりとマスタースパークを椛に放射し。首の骨がつぶれなかった奇跡、焼ききれなかった奇跡。

 そのマスタースパークは異常な熱を持ち、地面を溶かしつくす。落ち行く先は旧地獄跡の、椛としては殺傷目標と似た種族、八咫烏。結局カラスはどんなカラスであろうとぶっ殺すと決めるに十二分な核の砲撃を喰らい、間欠泉に巻き込まれる。溶岩に触れなかった奇跡。砲撃を喰らいつつも最小のダメージだけで済んだ奇跡。溺れなかった奇跡。

 そのまま間欠泉から噴出され、霊夢で箒で引っ叩かれる。そのままどこをどう飛んだか八雲邸の何やら箱に激突、硬いものが大量に割れた音がした。全身火傷しなかった奇跡。首を折らなかった奇跡が再び。破片が刺さらなかった奇跡。

 ズタボロではあったが、生きていた。奇跡的に、生きていた。

「……見つかる前に逃げるなんて、無理かな」

 その霞む視界では己の能力チカラも通じない。嗚呼、ここだけなぜ奇跡が通じないかと椛は身勝手ながらそう思った。

 誰がいるのやら、もしや、八雲紫に見られているのではないか。否、彼女はよく寝ると噂であった。大丈夫に違いな――

「殺す」

 ひんやりと温度を感じる言葉が、椛の首筋をくすぐった。ぞくっと、己の毛がすべて逆立つ。一瞬にして彼女の肌は縮こまり、鳥肌で埋め尽くされた。

 嗚呼、……寒い。

 己の心臓の鼓動が、それがまるで氷を浮かべた血液を流しているかのようで、左胸から、全身を徐々に徐々に、冷やしていった。

 内から、外から。

 心臓の動きが、ひどく激しくなる。どく、どく、どくどくどくどくどくどどどどどどどどどどどどどどどどどど……!! それでいて、一回の鼓動の大きさも跳ね上がるから、大量に血液が回る。だから、酸素が足りなくなって、彼女は座り込んで荒く呼吸を繰り返す。

 気持ち悪い。喉の奥に何かが詰まってしまったかのよう。涙がじわり、浮かんですぐに頬を伝い始めた。

「殺す」

 嗚呼、寒い寒い寒い!!

 がたがたと彼女は震えだす。カランと音を立てたのは、椛が握っていたはずの大剣。その券を握るべき手はただただ必死に己の体を抱きしめ、摩っていた。ああ、暖かくならない! 寒い、寒い!!

 汗が気持ち悪くぶわっと流れ出す。涙と混ざって、顔はもうぐしゃぐしゃで、おまけに鼻水まで出てきた。

「あ、あ、ああああああああああ……!!」

 開かれたままの口は意味のないことしか口走らず。

 もし、彼女に少しでも尿意があったなら、彼女は賢者の目の前で粗相するという、末代まで語り継がれるであろう大失態を犯していたところであった。だが、それももう関係ない。滝のように流れる汗と、滝のように流れる涙と、開ききった口からあふれ出すよだれが、地面を濡らしてゆく。

「殺す」

 嗚呼、寒い。暑い。

 生きなきゃ、生きなきゃ生きなきゃ生きろ生きろ生きろッッ!! 立て、犬走椛!! 走れよ、はし……。

 彼女のどこがそんなことを考えられたのであろうか。

 しかしその必死な心の叫びも、椛自身にすら届かない。

 とめどなく、彼女の体から体液が流れ続ける。

「殺す」

 嗚呼。

「殺す」

 嗚呼……。

「殺す殺す殺す殺す」

 嗚呼……!!

 目の前は、見えなかった。

 千里眼は、もう見えない。

「……だから犬走椛、そのだらしない格好を直しなさい」

 だからこそ、その言葉は響いた。


「……こうやって飛んできた、貴女は最初、どこから飛ばされた?」

「えあ……妖怪ろ山、れふ」

「そう、やっぱりね」

 紫は目の前にいる哀れな白狼天狗には殺意の欠片も持っていなかった。紫は分別のある妖怪、八雲紫であった。だから、だからこそ。この白狼天狗が被害者であることなど完全に理解していた。

 藍から聞いた、妖怪の山から飛来する超高速物体。それは確かに紫自身が命蓮寺に叩き付けた。だが、あの危険度極高の村沙水蜜がいる。あのアンカーで吹っ飛ばすなりなんなりした結果がこうなのであろう。寧ろ此処までピンピンとしている白狼天狗を、紫は讃えても良いほどと考えていた。

 ならば滅すべきは命蓮寺か? 否、違う。元々命蓮寺にこれを叩きつけたのは紫自身であるのだから。

 ならばどこか? 決まっているだろう。妖怪の山だ。全ての元凶である妖怪の山ほど暴れまくるにふさわしい場所も無かろう。

 それなりの力を持つ天狗に思いっきり力をぶつければ、鬱憤も少しは晴れるであろう。

 今さっきこの白狼天狗が悪ではないと真実を支持した紫も、妖怪の山の連中殆どがこれとは無関係であることまでは考えなかった。やはり、思いっ切りブチギレているのだ。

「さぁ顔を洗って。いや、風呂に入った方がいいかもしれないわね。……ああ、安心して、貴女に害意はないわ。貴女が被害者だということぐらいは分かっておりますわ」

 扇子で口元を隠すと全く笑っていない眼差しだけが残る。だが度重なるダメージで霞んだ視界と涙に濡れて揺らめく視界が合わされば、何も見えない。ただひたすらに暖かみのある紫のその声に安心して、椛は再び涙を流した。


 ◇


「痛いっ! 水が滲みあいたたたた!」

「我慢なさいな、洗い流さないと薬すら塗れないわ」


 ◇


 犬走椛は復讐に燃えていた。

 あの地獄のような日から丸々一週間、彼女は八雲邸で療養することを余儀なくされた。たまに藍や、同じ妖怪の山のメンバーである橙も見舞いに訪れ、順調に傷も治っていく。飯は美味いし、景色もなかなかだ。悠々自適な病人生活を送っていた椛だが、彼女は全くそれに満足していなかった。勿論普段あり得ない高待遇、最高の環境であり、文句の付け所など探すだけで一生が終わる。

 だが、違うのだ。彼女は復讐に燃えていた。動けぬ自分が歯がゆく、腹が立って仕方がなかった。

 早く立ち上がりたかった。

 早く飛びたかった。

 早く斬り伏せたかった。

 ようやくそれが、叶うのだ。

「準備は、整ったかしら?」

 八雲紫であった。彼女もまた、椛と意志を同じくする修羅だ。完全なとばっちりで死の恐怖を植え付けられた相手でもあるが、それ以上にその全てを理解した寛大さと、これまで世話をしてくれた感謝の方が、椛にとって強かった。

「はい。もう後は飛べば良いだけです」

 そのはっきりとした椛の答えに紫は目を細めた。

「貴女がこれからしようとしていることが、貴女は分かっているのかしら?」

「えぇ、私はこれから妖怪の山に討ち入り、全ての元凶を伐り潰します。それはつまり妖怪の山を裏切るということ。……しかし、八雲様が御理解して下さったのです。この行動の意を、天魔様もご理解していただけるに違いありません」

 すらすらと答えた椛に、紫は更に目を細めた。

「忠犬が飼い主の手を噛むとは。私も気をつけないといけないかもしれませんわね」

「私の飼い主は天魔様です。同僚から吠えられたら噛み付いて当然でしょう。ましてや噛みつかれてぶんぶん振り回されたのです。伐り潰さなければ仕方がないでしょう」

「……そうね」

 紫はすっと目を閉じ、しばらくの間立ちつくす。何を考えているのか、椛にはわからなかった。

「……さぁ、行きましょう、犬走椛」

「……えぇ」

 いかにもラスボスに立ち向かう正義の英雄のようなオーラをまとい、何の関係もなかった一般人をギッタンギタンにするために、彼女らは思いっきり地面を蹴り、飛び上がった。

 空中で体勢を整える。

 二人はお互いに顔を見合わせ頷くと、そこからものすごい勢いで飛び去ったのである。


 ◇


 ああ、そこから先を語れというのならば、私はいくらでも、悲劇的に語って見せよう。


 ◇


「てっ! 敵襲です!! 天魔様、敵しゅっ!!」

「慌てるな、戦況報告をしろ。敵はなんだ?」

「や、や、八雲紫です!!!」

「……何だと!?」

 天馬は深く座り込んでいた自らの椅子から、がたんと跳ね起きた。報告に来た哨戒天狗は儀礼も敬礼も知ったこっちゃないという勢いで、肩で息をしていた。

「理由を叫んでいたりはしないのか! 何も言わずに黙々と、か!?」

「はい、ただ、狂気に満ち、た、笑顔で、白狼を、鴉を、木々を、妖怪を、妖精を、蹂躙しつくして、います!」

「……血迷ったか管理者ッッ!!」

 ダン、と天魔は拳を机に叩き付けた。きっと鋭く、報告者を見据える。

「八雲紫のほかには、誰かいないのか!」

「そ、それが……ッ」

 言い淀む。語気を荒らげ、天魔は再度問う。

「言えぃッ! 言えぬか!!」

「……しょ、哨戒天狗、犬走椛ですッ!!」

 しん、一瞬でそこは静まり返る。お互いの荒い息だけがその沈黙を破ることを許されたかのようであった。

「……犬走、椛? 彼女は、名門犬走家であり、哨戒天狗長についぞ抜擢した、犬走椛、なのか?」

「お言葉ですが、犬走椛は、この妖怪の山、彼女一人しかおりません」

 再び沈黙。今度の沈黙を破ったのもまた、天魔であった。

「犬走椛と言えば先日、河童の作らせた機械で行方不明になったと聞いていたが、もしや、洗脳……?」

「……お伝えしておきたいことが御座います。犬走椛は、八雲紫の行動を止めこそしないものの、自らは剣を振ることなく、ただただ盾を構え耐えておりました。犬走椛は同僚の私から見た私見で御座いますが、非常にまっすぐでありました。そんな彼女が謀反を起こすことなどあり得ないのです。……しかし、それでも彼女はかみつくことをやめない狼でありました。彼女は決して、狗ではなかったのであります。……ですから、彼女はただ斬る相手を、探しているだけのようでありました」

「……ほう」

 長く続いた意見。通常なら、まごう事なき死罪であった。しかしそれでもまた、彼女は自らが唱えた狼だったのだ。くくっと、天魔は小さく笑い、やめやめと腰を下ろした。

「なら信じてみようではないか。そなた、名前は?」

「名乗るほどのものではありませぬ」

 一礼して、その哨戒天狗は天魔の部屋を出るのであった。

「……全天狗に告ぐ。最重要任務として、八雲紫を撃墜せよ。犬走椛、そなたはそなたの敵を探すといい」

 ゆっくりと、そう語りかける。それは山にいるすべての天狗に伝わり、彼女らは一斉に、八雲紫をおとさんと駆けた。

「さぁ、どちらが強いのか見ものであるな」

 くくく、そう噛み殺した笑いを浮かべ、彼女は目を閉じるのであった。


(……感謝します、天魔様、八雲様)

 犬走椛は駆けていた。そして彼女はまた、理解してくれた天魔を感謝した。囲まれていながらも、行きなさいと促してくれた八雲紫を感謝した。

「捕えろ……捉えろ」

 犬走椛は駆けていた。その目は濁ることなき赤の瞳、敵を撃ち落とさんと燃える赤き眼差し。その目は見えていた。霞みも歪みもせず、目は正確にとらえていた。

 先ほどの天魔の命令すら無視し、逃げ続けるあのにっくき鴉天狗の背が、犬走椛には見えていた。

「……すべての恨み、ここに討ち果たさん!!」

 犬走椛は駆けていた。幻想郷最速がなんだ。鴉天狗がなんだ。

 伐り潰す目的のためには、己の足すら砕いて見せよう。

 彼女は確かに幻想郷最速だ。空を飛ぶならば確かにそれは最速だ。

 だからなんだ? 空を飛べることが偉いのか?

「教えてやりましょう。……空では確かに貴女が最速だ。しかし――」

 飛びかかった。

「――地を蹴る力なら、私は貴女に負けません」

「……ッッ!!」

 復讐に燃える狼が、空を悠々と飛ぶ鴉を銜えた瞬間であった。

「……伐る」

 嗚呼、彼女はもはや鴉を生き物としてみていない。

 嗚呼、彼女は決して鴉を斬ることがない。

 ……無慈悲に、叩き伐ろう。

「取材のチャンス――」

 叩き下ろすッッッ!!!

「――ふいにしちゃって、申し訳無いです!」


 彼女は、見事復讐を果たしたのであった。


 ◇


(――ってしてやるからな、覚えておけよおおおおおおお!!!)

「はいゼロ! あとできっちり取材させてねー!」

「んんんんんんんんんんん――――――ッッッ!!!(ブッ殺ぉぉぉぉぉぉぉぉす!!!)」

 嗚呼、哀れ犬走椛はその発射台から空に飛ばされたのであった。




 了



どうも、夜光です。

というわけで本作品、いかがでしたでしょうか。

アンカーという大役を任されたはいいものの、いつかは落とさねばなりません。実は書いてるうちに楽しくなって、落とし所を見失った結果がこれだったりします。うん、つまりは今まで書いた(書いてもらった)内容をすべて水の泡にするオチでありました。なんだかねぇ。


それでは不憫な椛に多幸を祈ったところで、短いですがあとがきと代えさせていただきます。

読了、ありがとうございました。


夜光沙羽

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