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東方作家萃 ~Phantasm Novel Union~  作者: PNU
第一回企画<咲夜の部>
12/20

十六夜の竜鯉<作者:紀璃人>

 紅魔館。ここでは満月の夜には必ずといっていいほどに宴が催される。いつも咲夜にこき使われている妖精たちもその日が料理当番でなけれは出席を許されるため、紅魔館の宴会ホールはいつも活気に満ち溢れていた。

 そして、満月の宴の翌日の深夜、月が出ているときには一人の少女が中庭のベンチで空を見上げている。これもまた、いつもの光景だった。妖精メイドの仲間内で「十六夜の月見」なんて名前をつけられる程度には。ただ、今日は少女の様子は違っているようだ。いつもならば爽やかな表情で月光浴を楽しんでいるように見えるのだが、今日に限って少女は物憂げな表情を浮かべていたのだった。


「風呂上りにはよく冷えた烏龍ウーロン茶もいいけど、少しずつ冷えていく体に染み渡るあったか~い茉莉花ジャスミン茶よねぇ…っと、あれは…?」


 風呂上りに廊下を歩いている時にそれを見かけた人好きの妖怪、紅美鈴はそばに居てあげることにしたようだった。


 ‡


 澄み渡る夜空にくっきりと、少しかけた月が浮かんでいる。十六夜の月。私の象徴になるのだろうか…。それこそ、お嬢様が赤い満月を背負うように。

「さっくーやさんっ。いくら最近暖かいからって、パジャマでそんなとこにいたら風邪引きますよ?」

「…美鈴。どうしたのかしら、こんな時間に」

 美鈴は髪の毛を二つのお団子にしてタオルと水筒を片手にニコニコと笑っていた。左右に分けた前髪からぽたぽたと雫が垂れている。「となり、いいですか?」と一言だけ言うと、返事も待たずにとなりに腰掛ける。別にいいけど。

「咲夜さんこそどうしたんですかぁ?って、頭も乾かしてないじゃないですか!?本格的に風邪引きますって」

「それはあなたも同じでしょう?それに貴女は湯上りじゃない。湯冷めするわよ」

「ななっ!なんで湯上りって知っているんですか!?まさか、のぞ――」

「髪の毛拭けてないわよ。水が垂れているわ」

 美鈴ははっとすると手元のタオルで前髪を拭き始めた。覗いてどうするのよ、まったく。

「え?あ…。で、ですよねー…。それで、なにを悩んでるんです?」

「何よいきなり。変な美鈴ねぇ」

 誰かに見られているなんて思っていなかったから…。やっぱり顔に出ていたのかしら?誰かに言うことでも無いと思うんだけど。

「隠し事するならもう少しうまくして下さいよぉ。さっき、いつもの”十六夜の月見”みたいな爽やかな顔じゃなくて、なんだか物憂げな表情してたじゃないですか。ね?なにがあったんです?」

「…そういえば、貴女って年上なのよねぇ」

「えぇ、少なとも咲夜さんの二百倍は生きてますよ?だから相談して下さいよぉ。気になるじゃないですかー」

 そういってまたしても人懐こい笑顔でにじり寄ってくる美鈴。二百って…。嘘を吐くならもう少しばれない様にしなさいよ。…でも、一人で考えても埒があかなかったのも事実。相談、してみようかなぁ…。

「私ね――」

「はいはい?」

「不安になるのよ。本当に、お嬢様がくださった名前に恥じない従者になれているのか。その素質があるのか。それに、お嬢様にとってはほんの僅かな時間しか共に過ごせない自分が、こんなにも身近になっていいのか。って。それに――」

 私は雲の流れを眺めつつ、悩んでいた事をかいつまんで話す。美鈴はそれを真剣な表情で静かに聞いていた。私が話し終えてとなりを見ると、押し黙っていた美鈴が頭を上げて、月を見ながら昔に思い馳せるように話し始めた。

「…『赤い満月を背負う夜の王とたる吸血鬼わたし、それに追従する十六夜の月を冠する従者このこ。それは、素晴らしい運命を見せてくれるわ』」

「……?」

「『この子はいずれ、自らの素質や存在意義に葛藤を抱えるでしょうね。その運命を見てしまったから。でも、それは彼女を私の真の従者足りうる存在に育て上げてくれるはずだわ』」

「美鈴…?」

「お嬢様が咲夜さんに名前をあげた時に言っていた言葉です」

「………」

 聞いたこともなかったエピソードに興味をそそられると共に、その言葉の意味を自分の中で探ろうとする。お嬢様には、今の悩みもお見通しだったのだろう。と、思うと少し情けなく思うと共に偉大さを再認識させられる。そんな私の心情を知ってか知らずか、美鈴は得意げに人差し指を立てると、とっておきの薀蓄うんちくを披露するように言葉を紡いでいく。

「中国の言葉に…と言うかこっちにも普及しているんですけど。登竜門という言葉がありますよね」

「えぇ、一応は知っているわ」

「あれは本来『竜門』という黄河上流の急流に集まった鯉の内、もし登るものがいれば龍になる、という言い伝えが元になっているんです。それが転じて『出世を決める関門』を指すようになったんです」

 言いたいことはなんとなく伝わるような…気がする。だけど、それを今言う意味は何かしら?私は無意識に首を傾げていた。

「そうね…。それと…これに、何の関係があるのかしら?」

「なんでこんなことを言うかと言いますとね。これの狭義には『運命を定める重要な試練』というものがあります。お嬢様の視た運命を確定させる事が出来るのは、真の従者さくやさんだけなんじゃないですかね?」

「………」

「私の言いたかったことはそれだけです」

 美鈴はそう言って手に持っていた水筒の蓋を開けると、その中に水筒の中身を注いでクイッと飲み干した。「はふぅ…」なんて気の抜けた声付きで。なんか達観した様なその佇まいにちょっとした反抗心が芽生えるのがわかった。私もまだまだ子供なのね。

「…門番のくせに、随分と偉そうなこと言ってくれるじゃない。……でも、ありがと」

「いえいえ、悩める幼子を導くのは年長者の定めですよ」

「幼子って…」

「たかだか数十年しか生きられない人間なんて四千年の時を一人前の妖怪として過ごしてきた私にとってみれば、いつまで経っても幼子ですよ。それこそ五百年でもね」

「あんまり調子に乗らない」

 私は手元にいつも置いているナイフを取り出すとその柄で美鈴の額を強かに打ち付けた。…思ったよりも芯を捉えたようでビリビリとした感覚が伝わってきて、ちょっとやり過ぎたかな?という思いが頭をよぎる。でもまぁ、いいか。美鈴だし。

「いっだぁ!?」

「お嬢様まで幼子扱いしてどうするのよ、立場をわきまえなさい?」

「本当の事じゃないですかぁ…」

 ふとここで美鈴が下らない嘘をついたことがなかったなぁ…。と思い出す。まさか、本当に言ってるのかしら?もし本当なら古参の妖怪どころの騒ぎじゃない。

「…本当なの?そんなに古い妖怪には見えないけど?」

「中国四千年の歴史は私の歴史ですよ?…と言っても色々あって今はこの程度ですけど」

「…どうだかねぇ」

 そう言ってこれ見よがしに肩を竦めて見せる美鈴。悪戯めいた言い方と明るい性格も相まってか、ちょっとしたドッキリを仕掛けているような印象を抱いた。うーん…。やっぱりそうは見えないんだけどなぁ…。まぁ、事実かどうかはさておいて”とりあえず”信じておいてみましょうか。

「まぁ、そうですよね。逆に信じられたらびっくりですよ」

「本当に…」

「はい?」

「本当に、ここでの年長者だっていうなら手本になって見せなさいよ。昼寝をしないとか」

「たはは…。そればっかりは。だってこんなに日差しの気持いい世界なんて、幻想郷ぐらいですよ?今のうちにおもいっきり浴びときませんと。損ですよ、損」

 美鈴は普段浴びた太陽の光を貯めこんで放出してるんじゃないかと錯覚するぐらいに明るく苦笑いした。苦笑いまで明るいなんて変な子だこと。おかげでせっかくのちょっとした皮肉もなんだか毒気を抜かれてしまった。

「そう…。それじゃあ、私はおもいっきり月明かりを浴びることにするわ。だからあなたはさっさと寝て、”昼寝しないで”陽の光を浴びて頂戴」

「はいはい…満月を背負うお嬢様を知るために月明かりを浴びてくださいな。蛇の道は蛇ってね。おやすみなさい」

「おやすみなさい」

 美鈴はそういうと軽い足取りで帰っていった。本当に、陽気だこと。私は、もう一度空を見上げた。真っ白に輝く少しかけた月の端に薄い雲が掛かっている。


 お嬢様が視た運命。従者の素質。登竜門。龍になる鯉。運命を定める試練。――真の従者への試練。


 私の頭には様々な単語が浮かんでは消えていく。…駄目だ、何かを掴めるかな?とも思ったけど、それはあの月にかかる雲のように有耶無耶で、どうあがいてもこの手をすり抜けてしまった。

 ふと、視線を下ろすとベンチに一つの水筒が残されていた。さっき美鈴が手にしていたものだ。忘れ物だろうか…?半分開いた蓋を開け放すと中から微かな湯気を共に落ち着くような良い香りが漂ってきて、私の鼻孔をくすぐった。

「…一口ぐらい、ばれないわよね?」

 カップ状の蓋に中身を注ぐとふわっと更に良い香りが立った。一口すする。口の中に爽やかな風味が広がり、優しい感覚が私を包む。ゆっくりと少しずつ口に含んでいくと、心の中のもやもやがすぅっと晴れていくようだった。…もう一口、もう一口だけ……。

「ほ………。良いお茶ね……」

 私は無意識にそう呟いていた。ぜひともお嬢様にお出ししよう。そう決意する。と、気がつくと水筒は空になっており、最後の一口だけが、カップに入っていた。私はそれをぐいっと飲み干すと、立ち上がった。もう既に、ちょっと前までの憂鬱な気分はどこにもない。


 真の従者になれていないのならば努力すればいい。


 素質がないのなら更に努力すればいい。


 共にいられる時間が少ないのならば、その分濃いものにすればいい。

 

 それこそ、時を止めてでも。


「さしあたりは…」

 この謎のお茶の正体を突き詰めてお嬢様へお出しすること。となると手っ取り早いのは…。

「美鈴、今日はこのお茶の極意を手に入れるまでは、寝かさないわよ…」

 十六夜の月に背を向けて、私は美鈴の部屋へと足を伸ばした。



竜鯉…主人の愛を十分に受けた鯉の死後の姿で徳を積み龍となると言われている架空の生物。


 どうも。この度PNUの合同企画の管理、参加などを請け負った副代表の紀璃人です。執筆を始めた頃から連載していた「弾丸と幻想郷」を1月に完結させ、現在は「愛し、かなし、恋し。」と、弾丸と幻想郷のスピンアウトに当たる「幻想郷の百番さん」を執筆しています。知らなかった人は以後お見知りおきを。

 今日は咲夜の日(3/9)であり、十六夜だそうです。それに加え、第一回目の活動ということもありまして、「咲夜」「決意」「龍」をテーマに執筆を行いました。竜鯉…「りょうり」と読むのですが、この言葉を知った時に登竜門という言葉が頭をよぎりまして。このような短編に相成りました。楽しんで頂けたのならば幸いです。

 美鈴の年齢につきましては非想天則での「みんなまだまだね!四千年の歴史から見ればみんな子供のようだわ」というセリフを受けてのものです。所謂イメージです。自分は美鈴に「永い時を過ごしている間に力をつけすぎたため、人並みの力を残して封印されてしまった。だから仕方なく拳法を始めたらハマってしまい、やっているうちに気が使えるようになった」的なイメージを抱いてるんです。所詮イメージですけど。

 あまり長々としても何ですのでこのぐらいにしておきたいと思います。この作品を通してPNUの作家仲間の皆さんや自分、ひいてはPNUに興味を持っていただけたら、と思います。

  2012年3月。少しかけた月を眺めつつ。

    紀璃人

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